ガソリンスタンドで給油し、セルフ式うどん店で食事をとり、そして夢のマイホームを探す。岡山での生活において、このような多くのシーンを支えているのが、岸本株式会社だ。
同社は岡山県を中心に、石油販売、讃岐うどんチェーンの運営、不動産事業などを展開している。地域に根ざし、地域社会に貢献することを理念として、地域のお客様の生活を豊かにするために尽力しているのだ。
同社をけん引する代表取締役社長の岸本康嗣氏は、コロナ禍でもパート従業員の雇用を守りきり、さらに今後は社員登用への道を拓くという。詳細と今後の展望について、岸本社長にうかがった。
信金で鍛えた「親身に寄り添う力」で、お客様と地域を支える
ーー貴社入社前に、信用金庫でご勤務されていますね。
岸本康嗣:
大学卒業後に、地元の信用金庫に入庫しました。弊社の当時の社長だった父から「成果が出せないようでは、経営者としてやっていけないぞ」と厳しく言われ、「父から声がかかるまでは、認められていないのだという自覚を持って、信金で頑張ろう」と決意しました。
8年間の勤務中、私は上司に恵まれ、社会人としての基礎を徹底的に叩き込まれました。信金のお客様は年配の方が多いので、親身に接し、人に可愛がってもらえる言動を自然と身につけられました。これは、その後の営業活動において非常に役立ちました。
また、顧客の社長に、経営について質問をすることもありました。今だったらとても聞けないようなことも教えてもらうことができたのは、大変貴重な経験でした。
ーー貴社の事業内容を教えてください。
岸本康嗣:
弊社はもともと、ガソリンスタンドと車の整備工場を運営する会社でした。そこから1964年に整備部門を分離し、ガソリンスタンドをメインとした石油事業の会社として設立しました。
先代の会長が亡くなったタイミングで父から声がかかり、弊社に入社しました。そのとき、「新たな事業をひとつ作れ」といわれ、不動産事業を立ち上げたのです。現在は、石油事業、不動産事業、さらに飲食事業として「讃岐うどんむらさき」を展開しています。
「讃岐うどんむらさき」は、セルフ式のうどん店です。弊社はいままで「とりあえずやってみよう、ダメならやめればいい」というスクラップアンドビルドを重ねるスタンスで、飲食業や古着屋、産直市場など、さまざまな事業に挑戦してきました。その一つが「讃岐うどんむらさき」であり、この運営は現在も続いています。
多様な事業展開で、リスクを分散
ーー飲食業では、コロナ禍で大変苦労されたのではないでしょうか。
岸本康嗣:
その通りです。当初は、まさかここまで大きな影響が出るとは思っていませんでした。徐々に売り上げが落ち始め、会長と「いつまで持ちこたえられるだろうか」と話していました。しかし、「従業員の解雇は最終手段。石油事業で得た利益を全てつぎ込んでも、従業員だけは守ろう」との結論に至りました。
店に行くと、パート従業員たちが、飲食事業の行く末を心配していました。そこで、「あなたたちは気にしなくていい。それを考えるのはこちらの仕事。そんな顔をせず、お客さんにしっかりと接客をしなさい」と伝えました。
従業員のシフトを減らさずに雇用を守りきれたのは、石油事業の売り上げのおかげです。現在でも弊社の売り上げの8割は石油事業です。石油事業で蓄積してきた利益をうまく活用して、次なる事業をつくり、石油事業以外でも利益を出せるようにしていくことが今後の課題です。
――「讃岐うどんむらさき」では、給与体系の見直しを積極的に進めているとお聞きしました。
岸本康嗣:
私が専務だったとき、「讃岐うどんむらさき」は8店舗でしたが、今年18店舗目がオープンしました。
関西から広島までの全店舗で、同一の最低報酬基準を設けています。地域による報酬格差をなくすことで、地方でも優秀な人材を獲得できます。
パートやアルバイトの希望は、扶養内で働きたい方や、がっちりと収入を得たい方など、さまざまです。そこで給与体系を、年功序列から能力別に変更しました。入社歴が浅くても、成果を上げる方は高い時給となります。昇進や昇格が可能で、条件を満たせば社会保険に加入し、希望すれば社員として働くこともできます。
また、店長については、40時間以上あった残業時間を半分に削減することを目標としました。その分は基本給に反映し、ワークライフバランス向上を図りました。
従業員と共に成長していく
ーー今後の展望についてお聞かせください。
岸本康嗣:
現場経験を積んだパート従業員を、社員として登用していきたいと考えています。店長は複数店舗をマネジメントし、現場はその人に任せられるのが理想です。
また、ベトナム人実習生の受け入れを3年前から開始しており、現在は合計9名の実習生が在籍しています。彼らには調理センターと麺工場での活躍を期待しています。これらの拠点における生産性の向上は、全店舗に迅速に反映されるため、個々の店舗での成功事例を積み重ねるよりも、効率的に利益に貢献できるのです。
現在の会長である父は常々、「一人では何もできない。どんなに優秀でも、どんなにスキルがあっても、一人でできることは限られている」と言っています。私も、従業員に支えられているという意識が強くあります。彼らは信頼できる存在であり、もっと強い絆で結びついた存在でありたい。ときには従業員に厳しいことも言いますが、彼らと共に達成感を味わっていきたいと思っています。
編集後記
岸本社長は、従業員が「岸本で働いている」と胸を張れるような会社にしたいと語る。
筆者は同一の最低報酬基準の設置、能力別給与体系など、積極的に労務施策の改革を実施し、柔軟で魅力的な働き方が、従業員のモチベーション向上とワークライフバランス向上につながっていると確信する。
会長との信念の共有や、「従業員と共に誇りを持てる会社へと成長させたい」という岸本氏の力強い言葉には、将来の更なる発展への確かな手応えを感じずにはいられない。
岸本康嗣/1984年、岡山県生まれ、広島経済大学卒。備前日生信用金庫に入庫し、8年の修業期間を経て、岸本株式会社へ入社。2022年に同社代表取締役社長に就任。