※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

全国のセブン-イレブンとファミリーマートに設置され、生活インフラとして機能するATM。株式会社セブン銀行は、業界の常識を根底から覆し、圧倒的な利便性を社会に提供し続けてきた。同社の歩みは単なる金融サービスの拡張にとどまらず、技術を駆使した生活の刷新そのものである。かつて技術者としてコンビニATMの原型をつくり上げ、現在は代表取締役社長として同社を牽引する松橋正明氏。驚異的なスピードでの黒字化を支えた開発力や、業界の常識を疑い続ける独自の視点。そして次世代ATMの構想や、銀行が持つ機能を「銀行以外の事業者」に提供するBaaS事業を通じて描く未来の展望について、その軌跡と経営の信念に迫る。

業務のデジタル化推進から革新的なATM開発の道へ

ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。

松橋正明:
弊社に来る以前はNEC(日本電気株式会社)に勤めていました。NEC入社直後は、カード処理やプリンターといった機械設計から始まり、その後は図書館の検索システムや銀行の窓口端末の製品企画などに携わりました。当時の銀行窓口ではお客様の伝票を人が処理しており、それを機械で読み取り電子化する仕組みをつくるなど、業務をデジタル技術で刷新する仕事に一貫して取り組んできました。その後、ATMプロジェクトに参画し、そこでの経験を通じて、お客様の要望を形にするダイナミズムに惹かれ、正式に弊社へ転籍をした次第です。

ーーそもそも、どのような経緯でATMプロジェクトに関わることになったのですか。

松橋正明:
NEC在籍中に、新規プロジェクトの担当者を募っていたのがきっかけです。当時、NECはATMのシェアがとても低い状況でした。そんな中で、セブン-イレブン様の店内に設置するATMのプロジェクトが始まるという話を聞き、これまでにない革新的な事業ができると可能性を感じました。そこで自ら手を挙げて参画し、ATM自体をコンビニに合う形へと再定義することになりました。

常識を疑い生み出したコンビニATMの新たな形

ーーコンビニにATMを設置するにあたり、どういった工夫を凝らしましたか。

松橋正明:
最も意識したのは、スペースの経済合理性とプライバシーの確保です。コンビニは限られたスペースで営業しているため、商品棚と同様に坪単価に見合うメリットを出さなければなりません。従来の銀行ATMの面積を半減させ、機能の削減と効率実装を実現するとともに、画面を立たせるデザインにしました。これにより、操作中はお客様ご自身の体で画面が完全に隠れ、後方や斜めからの覗き見を防止できます。また、暗証番号を入力するテンキーも周囲から見えにくいよう深く配置するなど、プライバシー保護を最重視した設計を施しました。

ーー機能面の設計に関しては、どのような意識をされましたか。

松橋正明:
業界の常識を捨て、必要な機能だけを組み上げてコンパクトにつくり直しました。おおよそ半分の機能を削り、コンビニと親和性の高い新たな機能を追加して現在の原型を完成させています。代表的なのが、カードの取り忘れへの対応です。従来は別の場所に回収するのが一般的でしたが、お客様の立場を考え、一時的に機械へ引き込み、戻られた際に本人確認をして返却する仕組みを実装しました。まっさらな素人視点でATMを見つめ直し、業界の常識を疑うことで独自の形を生み出したのです。

ーー限られた店舗空間で運用する上で、こだわった点を聞かせてください。

松橋正明:
特にこだわったのは「絶対にATMを止めない」ということです。銀行の支店と違い、コンビニには通常1店舗につき1台しかATMがありません。そのため、機械の停止はその店舗でのサービスの完全な停止を意味します。だからこそ稼働率には徹底的にこだわり、現在は99.98%というおそらく世界最高水準の数値を誇っています。

現金の枯渇を防ぐためにリアルタイムで稼働データを把握し、AIを用いてお金が減るタイミングや最適な補充オペレーションを予測しています。稼働初期は紙幣の詰まりなども課題でしたが、すべての稼働データをメーカーのエンジニアに共有し、新素材の開発やテストを十数年かけて粘り強く繰り返してきました。これが現在の安定稼働を支えています。

抜本的なシステム改革で挑んだ「3年で黒字化」

ーー貴社へ転籍されてからはどのようなキャリアを歩まれましたか。

松橋正明:
最初はATM端末の開発担当として着任し、事業を「3年で黒字化」するという大きな目標に取り組みました。達成には100を超える金融機関とのシステム接続が必要不可欠であったものの、従来の仕組みでは1行つなぐのに数千万円の費用と8ヶ月の開発期間を要し、目標には到底間に合いません。そこでソフトウェアの構造をゼロからつくり直し、標準プログラムに提携金融機関ごとの動作パラメーターを入力するだけで動く仕組みを構築しました。その結果、1年間で約50の金融機関との接続を実現し、無事に3年での黒字化を達成しています。

その後、接続作業が一段落してからは、サービスの多角化や海外案件を牽引しました。例えば、訪日外国人向けのインバウンド施策として海外発行カードへの対応を進めるなど、日本への観光促進という国家レベルの取り組みにも貢献できたと感じています。転籍して以来、新しいサービスを次々と生み出すことに夢中になりながら、ビジネスに直結するダイナミズムを今日まで追求し続けてきました。

「ともに悩みともに育つ」 変革の先頭に立つ経営の信念

ーー現場での数々の成果を経て、社長就任の打診を受けた際の心境はいかがでしたか。

松橋正明:
自分たちがどう変革していくかを真剣に考えているうちに役員になっており、2022年に代表取締役社長へ就任することになりました。当時はATM事業をメンバーに任せ、私自身はデータ活用など、仕事の進め方を抜本的に変える領域に注力しているところでした。事業そのものをAIで再構築しようと本気で取り組んでいた時期だったため、社長就任の打診はまさに突然のことで、心の準備をする間もないほど大きな驚きでした。

ーー組織のカルチャーや、トップとして大切にしていることを教えてください。

松橋正明:
社長就任以降も変わりませんが、常にお客様目線を持つことと、チャレンジし続けることです。お客様が何を望み、どのような場面でお金を下ろすのかを徹底的に考える姿勢を重視しています。また、新しいサービスを生み出す上で、最大の資産はやはり人材です。トップダウンで指示を出すのではなく、ともに悩みながら完成させていくプロセスを大切にしており、これが結果として人材の強みにつながっています。

弊社は多様なキャリア経験を重視しており、銀行業界の出身者だけでなく、元学校の先生などさまざまなバックグラウンドを持つメンバーが集まっています。特に直近は若手社員が躍動しており、20代が活躍する企業として『第6回 CSA賞~20代に薦めたい「次世代型人材」創出企業~』を受賞しました。ともに悩み、ともに育つ風土のもと、テクノロジーを駆使して社会に貢献したいという強い意志があれば、前例にとらわれず自由にチャレンジできる環境が弊社には整っています。

生活インフラを担う「圧倒的なATM網」の優位性

ーー現在のセブン銀行が持つ事業の強みや優位性について教えてください。

松橋正明:
最大の強みは、全国に広がる圧倒的なATM網と銀行との連携です。ただハードウェアを置いていくだけではなく、テクノロジーを活用して業界全体の利便性を上げていくことに注力しています。

たとえば、銀行支店の窓口で行っていた口座開設などをコンビニのATMで完結できる「ATM窓口」サービスを提供しています。日々の生活動線であるコンビニで、銀行業務も行政の手続きもすべて叶う環境をつくることが私たちの優位性です。

ーー生活インフラとしての利便性は、具体的な実績にも表れていますか。

松橋正明:
自治体様での給付金の受け取り方法を従来の銀行口座振込とATMでの現金受取りから選べるようにしたところ、日常の動線にあるATMでの受け取りが多く選ばれました。この「ATM受取」サービスを導入いただいている自治体様は2025年度末で58先へ広がっています。また、弊社が特許を持つ、カードを使わずにスマートフォンのみでATM入出金ができる「スマホATM」サービスも、すでに約30の金融機関様に導入されています。日々の生活動線で手軽に完結する環境づくりを、今後もさらに進めていきます。

ーー今後の展開についてお聞かせください。

松橋正明:
現在、ファミリーマート様へのATM設置を進めており、ユニバーサルサービスとしてより多くの方にご利用いただくための取り組みを開始しました。2030年までに約1万6,000台を設置する予定で、今後は全体で4万4,000台を超える規模になり、国内ATMシェアの約30%を担うことになります。これにより、さらに多くのお客様へ生活に根ざした金融サービスを提供できる基盤が整うと同時に、新たな行政サービスなどを展開しやすくなるという大きな可能性も秘めています。

「小売×金融」を加速させる3つの新たな挑戦

ーー直近で注力している新たな取り組みやトピックを教えてください。

松橋正明:
大きく3つのトピックがあります。

1つ目は、おこづかいを通じた親子向け教育サービス「money ring」です。電子マネーの普及で現金に触れる機会が減る中、親子で会話しながらお金の仕組みを学べる取り組みを2026年7月より開始しました。

2つ目は、来年度から参入を予定する銀行BaaS事業です。小売事業者へセブン銀行のシステムを提供し、独自の経済圏と絡めた新しいサービスを展開していただきます。

そして3つ目は、グループ会社の株式会社セブン・カードサービスが2026年8月より提供開始した「nanacoクレジットカード」です。スマートフォンアプリから申し込んで、最短3分で即時発行され、その場ですぐに決済に使えます。また、月間のご利用金額に応じてセブン銀行ATMから現金を受取れる「現金リワード」を予定しています。ポイントではなく現金をお渡しすることで、お買い物を自由に楽しんでいただくことができる且つポイントへ変換する手間も省けるため、お客様にとって非常に利便性の高いサービスになると考えています。

ーー中長期的なビジョンについてはどのようにお考えですか。

松橋正明:
中長期的には、「かつては銀行業務がメインだったね」と言われるほど、企業として変容を遂げたいと考えています。その要となるのが、現在開発を進めている第5世代のATMです。サイバーセキュリティの脅威が深刻化する中、顔認証や多要素認証など、より安全な多重認証のシステムを取り入れた次世代端末の開発を進めています。展開時期は2029年から2030年頃を見据えており、従来の利便性を維持しながらも一人ひとりにパーソナライズされた、お客様に「これが欲しかった」と言っていただけるような新しいサービスを提供する端末へと生まれ変わっていく予定です。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いいたします。

松橋正明:
現在、私たちの取り組みが広く認められ、国からデジタル変革の優良企業として評価される「DX銘柄2026」に選定されました。これは、私たちが自社の業務効率化にとどまらず、銀行業界や行政機関のデジタル戦略を支援し、お客様の利便性を向上する社会インフラとしての役割をご評価いただいた結果だと受け止めております。

これからも多様なパートナー企業との協業の可能性を拡げ、現状に満足することなく、さらなるチャレンジを続けていくつもりです。私たちは多様な経歴を持つ人材が集まり、テクノロジーを活用して枠を超えた挑戦ができる環境を整えています。これからも生活に便利な新しい価値を社会へ提供していくため、私たちが仕掛ける次なる変革にぜひご期待いただければと思います。

編集後記

「素人発想で常識を疑う」。松橋社長の言葉に宿る、業界の慣習に縛られない視点と技術への探求心が深く印象に残った。かつて稼働率の極限に挑み、システム構造を根底からつくり変えた熱量は、今も同社のDNAとして受け継がれている。自らが築き上げたATMを再定義し、生活を包み込むサービスへ昇華させる姿勢はまさに変革者である。トップ自らが生成AIを試し、現場と「ともに悩む」体温のある組織。その熱量が私たちの生活をどう塗り替えていくのか。第5世代のATMがお披露目される日が楽しみだ。

松橋正明/1962年北海道釧路市出身。1983年釧路工業高等専門学校卒業後、日本電気エンジニアリング(現NECプラットフォームズ)入社。図書館の蔵書検索システムの開発等に取り組む。1998年よりアイワイバンク銀行(現セブン銀行)のATM開発に参画。2002年日本電気入社。2003年セブン銀行に入社(転籍)。2015年常務執行役員、2018年専務執行役員を経て、2022年より代表取締役社長に就任。