
繊維商社で勤務した後にアパレル事業で独立し、その後、異業種であるハウスキーピング事業へと舵を切った株式会社リップスカンパニーの林幸海氏。同社は早くから外国人材を登用し、30年近い歳月をかけて独自の品質管理システム「LQMS:リップス・クオリティー・マネジメント・システム」を2022年に確立した。深刻な人手不足に悩むホテル業界において、外部企業から教育を依頼されるほどの品質はいかにして生まれたのか。ビジネスの原点から、ハウスキーパーの地位向上に懸ける思いまで、同氏に話を聞いた。
商いの原点と繊維商社時代に学んだ「人間関係」の本質
ーーまずは、ご経歴についてお聞かせいただけますか。
林幸海:
実家がパン屋を営んでおり、両親の働く姿を通じて幼い頃から商いに触れて育ちました。その影響もあってか、ビジネスそのものに関心を持つようになり、学生時代のアルバイトも時給制ではなく歩合制の仕事ばかりを選んでいました。そんな中で大学卒業後は、かねてより興味のあった繊維商社に入社。当時から「将来は必ず自分で事業を行う」と決めており、入社当初から既に「いつまでに辞める」と期限を設けていました。
独立に向けて成果を出すべく意識したのは、「誰の真似をするか」ということです。そこで、社内でナンバーワンだった上司を模範とし、その働き方に少しでも近づけるよう必死に喰らいついていったのです。その結果、社内表彰を受けるなど多くの成果を上げることができました。そして、その後、31歳で独立し、約10年間にわたり自身でアパレルメーカーを手がけていました。
ーー独立の準備を進める中で、周囲の方々はどのような反応でしたか。
林幸海:
周囲にはあらかじめ辞めることを公言していたのですが、当時の上司や同僚は本当に協力的でした。普通であれば、会社を辞めていく人間には冷たくなるものかもしれません。しかし、いざ退職して独立する際にも、いち個人にすぎない私に対して、仕入れ先や取引先を快く紹介してくれたのです。この経験から、ビジネスにおいて最も重要なベースとなるのは「人とのつながり」であると心の底から学びました。
アパレルの流行り廃りからハウスキーピング事業への転換
ーー独立された後、どのような経緯でハウスキーピングの領域へ参入されたのでしょうか。
林幸海:
たまたまお客様から「ホテルの清掃をやってくれないか」と依頼されたことがきっかけです。私が独立したのはちょうどバブル絶頂期の頃でした。その影響も相まって、当時のアパレル業界には勢いがありましたが、流行り廃りが激しく、次第に売上高が落ち込んでいくのは目に見えていました。
そんな折にお話をいただいたのが、ハウスキーピングの事業だったのです。最初は右も左も分からない状態でしたが、現場にスタッフを連れて行き、コントロールしながら業務を形にしていくうちに、どんどん依頼が舞い込んでくるようになりました。
ーー当時から外国人材を登用されていた背景を教えてください。
林幸海:
当時は、「ハウスキーパーは日本人のスタッフでなければダメだ」という意識が非常に強く、外国人は受け入れられない時代でした。しかし、私たちは先駆けて多くの外国人材を登用したのです。そこで直面したのが、教育の難しさでした。言葉の壁や接遇マナーの面でコミュニケーションがとりにくく、いかにスタッフを教育してホテルの求める高い品質を保つかが、長年にわたる最大の壁となりました。
20年以上の歳月を結実させた独自の品質管理システム「LQMS」

ーーその壁を、どのように乗り越えていきましたか。
林幸海:
20年以上の歳月をかけて、2022年にようやく自社オリジナルの統一品質管理システム「LQMS:リップス・クオリティー・マネジメント・システム」を確立しました。それまでも毎月のようにアテンダントを会社に集め、多様なシチュエーションにおける基本的な対応方法を徹底的に講習してきましたが、それらを明確な基準として体系化したのです。
現在では選任の担当者がいる研修センターも構え、動画などの視覚的なツールやスキルアップのための資格認定試験も導入しています。これにより、未経験からでも確実に一流へと育っていけるアカデミックな仕組みが整いました。
ーー全国的な労働力不足の中で、貴社のLQMSを基にしたEBH(※)教育システムはどのように活かされていますか。
林幸海:
外部企業から「教育をお願いできないか」という依頼が急増しています。現在、全国レベルで労働力が不足しており、他社も外国人材を採用せざるを得ない中で、教育のやり方が分からず困っているのが実情です。
そこで、すでに教育体制を確立している私たちが指導する際、一番徹底しているのは、「身だしなみと挨拶」です。清掃技術の習得には時間がかかりますが、制服のボタンを留め、現場で気持ちの良い挨拶をすることはすぐにでも実践できます。これらを徹底するだけで、クライアント様からの評価や信頼は劇的に変わるのです。
(※)EBH:エビデンス・ベースド・ハウスキーピングの略称。科学的根拠・データ・現場経験・スタッフ特性を統合し最適な清掃整備オペレーションを設計する手法。
ハウスキーパーの地位向上と今後の展望
ーー今後の事業拡大に向け、組織づくりやマーケティングについてはどのようにお考えですか。
林幸海:
現在、ありがたいことに全国各地から多数の引き合いをいただいており、新規事業所の開設が急速に進んでいる状況にあります。それに伴い、各エリアを統括できる経営幹部候補の確保が急務となりました。社内での若手育成はもちろんのこと、外部からも優秀なマネジメント経験者を積極的に採用し、盤石な組織体制を構築していく考えです。
組織の拡大において何より嬉しいのは、スタッフの定着率の高さに他なりません。私たちが提供する研修や教育は、一度身につければ働き手自身の生涯の財産となります。そうした自己成長の実感が一人ひとりの高いモチベーションを生み、結果として離職を防ぐ好循環につながっているのでしょう。
またマーケティングの観点では、メディアへの露出やホテル業界全体への働きかけを通じて、弊社が構築したLQMSを基にしたEBH教育システムの価値を広く社会へ発信していきます。単なる清掃業務にとどまらないプロフェッショナルとしてのブランドを確立し、業界全体の地位向上を牽引していくことが私たちの次なる使命です。
ーー最後に、今後の展望をお願いします。
林幸海:
私たちが目指すのは、現場のアテンダントが自らの仕事に誇りを持てる環境をつくり上げることです。ハウスキーパーは、ホテルの中で最もゲストと接する機会が多い重要なポジションであるにもかかわらず、これまでの業界内では裏方として十分に価値を認められていない側面がありました。だからこそ、徹底した教育を通じてこの仕事の社会的地位を向上させたいと強く願っています。
今後は外国人材の採用によるコミュニティ拡大などを進め、より広範な受け入れ体制を整えていく方針です。こうした取り組みによって事業基盤をさらに固め、将来的には売上高100億円を達成できるような強固な組織構造を築き上げていきます。
編集後記
「ビジネスは人とのつながり」と語る同氏の言葉通り、同社の歴史は周囲からの信頼の上に築かれている。アパレルからハウスキーピング業への転換という経歴を持つが、一貫しているのは「人を育て、価値を生み出す」という強い信念だ。30年近くかけて構築された品質管理・教育システムは、外国人材に「誇り」という武器を与えている。労働力が不足する現代において、同社がホテル業界を支える存在としてどのように飛躍していくのか、引き続き注目していきたい。

林幸海/1955年、鹿児島県生まれ。1978年、京都産業大学法学部卒業後、繊維商社に就職。1986年に退職し起業。2000年、株式会社リップスカンパニーとして会社組織に移行し代表取締役社長に就任。