※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

一般貨物自動車運送業を中心に事業を展開する株式会社宮田運輸。食品関係の配送や共同配送などで実績を重ねる同社は、「人を大切にする」という創業時からの文化を根底に持つ。現在では、子どもたちの絵やメッセージをトラックに飾るなどして、全国の企業や地域を巻き込んだ独自の安全啓発活動で注目を集めている。高校時代のアルバイトを機にトラックドライバーとなり、現場から経営のトップへと就任した代表取締役社長の宮田哲治氏。同社を象徴する「こどもミュージアムプロジェクト」や「みらい会議」に込めた思い、そして会社を通じた人づくりの思いに迫る。

現場の最前線から経営層へ 立場が変わって気づいた「感謝」

ーーまずは、キャリアの原点についてお聞かせいただけますか。

宮田哲治:
高校卒業後に宮田運輸へ入社して、現場のトラック運転士として働き始めたのが私の原点です。そこでトラックに乗る楽しさを知りました。当時は小型トラックに乗り、早朝4時に出発して和歌山まで往復する毎日で、睡眠時間は少なかったものの体力があったため苦労は感じませんでしたね。当時の本社には寮のような部屋があり、そこで仲間たちと寝食をともにするなど、仕事と遊びが一体化した感覚がありました。その頃から、弊社には「人を大切にする」という創業時からの文化が根付いていたと感じます。

ーーその後、経営に携わるようになっていく中で、考え方に変化はありましたか。

宮田哲治:
現場に対する「感謝」の気持ちが強く湧き上がるようになりました。かつて配車担当を務めた際、指示を出す立場として同僚との間に壁を感じ、精神的に厳しい時期を過ごしたことがありました。その後、前任者の退職に伴い経理を担当することになり、夜間の勉強会に通いながら独学で経営の基礎を学び始めたのですが、その過程で「多くの人たちが頑張って現場を支えてくれているからこそ、会社は成り立っている」と心から実感したのです。トラックに乗る人、フォークリフトに乗る人、指示を出す人。それぞれの気持ちがわかる現場での経験は、現在の経営にも大きく生きています。

悲しい事故を乗り越えて 世の中から事故をなくす「こどもミュージアムプロジェクト」

ーー現在「こどもミュージアムプロジェクト」を主催されていますが、きっかけは何でしたか。

宮田哲治:
2013年8月に、弊社の社員が起こした死亡事故がきっかけです。その際、ご遺族へ謝罪にうかがったときに「どっちが良い悪いとかは分からない。ただ、息子には小学四年生の娘がいたことだけは覚えておいてくれ」とお言葉をいただきました。それを受けて、命を奪うトラックの存在意義に深く悩み抜く中、先輩経営者から「車両をなくすのではなく、生かす発想に変えられないか」と助言をいただいたのです。

その後、ある工場で子どもが書いた安全標語を目にしたことを機に「こどもミュージアムプロジェクト」を着想しました。トラックの背面に子どもが描いた絵とメッセージを飾ることで、運転士の心が優しくなり、周囲の車にも思いやりの輪が広がって事故が減るのではないかと考えたのです。

ーーその活動が社会全体の取り組みへと発展したのはどういった経緯があったのですか。

宮田哲治:
世の中から事故を無くしたいという思いに、同業他社や異業種の皆さまが深く共感してくださったからです。最初は自社の1台から始まった活動ですが、現在では全国約365社に参画いただき、約1,700台の「子どもの絵をラッピングしたトラック」が走っています。この取り組みが広がることで、世の中の事故を1件でも減らすことができると信じています。

感謝と承認が溢れる「みらい会議」 社外からも参加者が殺到する理由

ーー社内の組織づくりにおいて、独自に取り組んでいることを教えてください。

宮田哲治:
「みらい会議」という経営会議を、日曜日に完全自主参加で開催しています。これは、社員の日々の頑張りを褒め、感謝と承認を伝えるための場です。社内から50名以上、社外からも同数ほどが参加して毎回100名を超える規模になっており、一般の主婦の方や外部企業の経営者など参加希望者が多く、現在はキャンセル待ちが出る状態です。会議では各事業所からの報告を行いますが、数字の未達を責めることは一切ありません。参加された方の中には、主体的に参加する社員たちの姿や温かい雰囲気に触れ、感動して涙を流される方も多くいらっしゃいます。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。

宮田哲治:
入社してくれた人が社会で輝けるようにすることが一番の展望です。私は、会社を大きくすること自体が経営の目的だとは思っていません。雇用を通じてその人が社会人として成長し、活躍するために経営があると考えています。現在、福島県の産業団地に物流拠点を設け、復興支援や地域の雇用創出に関わっているのも「目の前の困りごとを解決したい」という思いからです。これからも社員一人ひとりの人生がより良くなり、「宮田運輸に来てよかった」と思える会社をつくり続けていきたいですね。

編集後記

自社の事故から目を背けることなく、「こどもミュージアムプロジェクト」という希望を生み出した宮田社長。その姿勢の根底には、自身が現場で汗を流した経験と、ともに働く仲間への深い愛情が存在する。「みらい会議」に社外からも多くの人々が集うのは、数字や効率の追求を超えた「感謝と承認」の温かな体温がそこにあるからだろう。困っている人に寄り添い、人の可能性を信じ抜く宮田運輸の歩みは、これからの企業が目指すべき誠実な姿勢を力強く示している。

宮田哲治/1972年7月4日生まれ。高校卒業後、株式会社宮田運輸に入社。2トン車乗務から4トン、大型車と9年間トラックに乗務。配車担当を経て経理担当に着任。2006年に取締役総務部長に就任し、2012年に常務取締役就任。2024年に代表取締役社長就任。人が輝ける会社を目指して現在に至る。