
革新的な立ち食いスタイルと厚切り肉で、日本の外食産業に一大センセーションを巻き起こした「いきなり!ステーキ」。株式会社ペッパーフードサービスが展開するこの事業は、かつての急激な出店拡大に伴う自社競合や、コロナ禍という未曾有の危機を経たことで、深刻な財務状況に直面した。しかし現在、同社は「第二創業期」とも呼べる復活のフェーズに突入している。幼少期から実家のレストランを手伝い、外食ビジネスの現場を知り尽くす同社の代表取締役社長CEO、一瀬健作氏。CFOとして、自社の事業構造改革を断行した一瀬氏は、現在、徹底した品質向上と、デリバリー戦略を軸にした「攻めの経営」を牽引している。幾多の困難を乗り越え、堅実な出店戦略と次世代型店舗で再び顧客の心をつかもうとする一瀬氏に、これまでの軌跡と未来への展望を聞いた。
16歳で知った出前の原風景と現場で培われた外食ビジネスの原点
ーーまずは、外食ビジネスにおける原体験についてお聞かせください。
一瀬健作:
両親は私が生まれる前から町場の洋食レストランを営んでおり、私は2人がお店を切り盛りする姿を子どもの頃から見て育ちました。その流れから、将来は自分も飲食店の店主になるのだろうと漠然と考えていましたね。
実家は仕事中心の環境だったため、私自身も幼少期の頃から学校に行く前にハンバーグの仕込みや米研ぎをしたり、学校が休みだった日曜日には夕方からお店に入って自転車で周辺の事業所へ出前を届けるなど手伝っていました。洋食のデリバリーは当時としては珍しかったのですが、この出前の経験が今の仕事につながる原点になったと感じています。その後、16歳で高校を中退したことを機に、本格的に実家の手伝いをするようになりました。
ーーその後は、すぐに家業へ入られたのでしょうか。
一瀬健作:
すぐには入らずに、まずは親元を離れて20歳頃までさまざまな他業種で経験を積みました。同世代が学生生活を送る中で、私は一足早く社会に出て、先輩方から仕事の厳しさなどを学んでいったのです。その後、21歳になる年に「家業を継ぐためにしっかり修業をしよう」と決心し、当時お世話になっていた方とのご縁で、静岡にある人気ハンバーグ店「さわやか」へ就職し、修業を積ませていただきました。そして1999年に再び家業へ戻り、現場のスタッフから再スタートを切ったのです。
「いきなり!ステーキ」の誕生と急拡大の裏で起きた自社競合
ーー「いきなり!ステーキ」を立ち上げた背景を教えてください。
一瀬健作:
立ち上げ当時の弊社は、ペッパーランチで起きた食中毒事件による影響でかつてないほど厳しい事業環境に直面していました。金融機関からの借り入れや商業施設の契約更新が困難になるなど、会社の存続すら危ぶまれる局面でした。その危機的状況を打破するため、新しいビジネスとして着目したのが立ち食いスタイルだったのです。
高級店の手法と立ち食いを融合させる面白さを、ステーキで実現できないかと考えました。そこで、原価率を70%にまで引き上げてでも、立ち食いによる高い回転率でお客様数を確保し、粗利を獲得するモデルを役員たちとつくり上げ、2013年12月に銀座で1号店をオープンしたのです。結果、ご馳走である厚切りステーキを手軽に食べられるという話題性がヒットし、非常に多くのお客様にご来店いただくことが叶いました。
ーーヒット後の急速な店舗拡大の裏で、社内ではどのような変化が起きましたか。
一瀬健作:
急速な出店加速が成功の要因であった半面、最終的に深刻な自社競合を引き起こしてしまいました。ブームに乗ってお客様が来てくださっている間に、一気に出店を進め、2018年末には全国で300店舗を超えるまでの急拡大を果たしました。しかし、地方都市の大きな駅前などにも一気に店舗をつくりすぎてしまい、その結果、10キロ圏内に自社の店舗が複数ひしめき合い、自社競合を起こしてしまったのです。
また、独自のポイントシステムが引き起こす課題もありました。システムとしては食べたお肉のグラム数に応じてランクが上がっていきますが、次のランクに上がるための設定数値が高すぎたため、最初は目標ランクに到達するまで熱心に通ってくださってたお客様も、達成と同時に離脱してしまう現象が重なったのです。結果として、2019年の春頃には、新規出店した店舗の売上高が数ヶ月で急落するというデータが明確に示されていました。
最大の危機と社長就任の覚悟 CFO視点での事業構造改革
ーーそのような危機的状況に対し、どのような施策で立て直しを図りましたか。
一瀬健作:
規模を縮小してでも会社を存続させるべく、「守りの経営」に注力しました。まず、2019年後半から出店計画を取りやめ、既存店舗の適正化と自社競合店舗の閉店を決断しました。しかし、その直後に新型コロナウイルスが襲いかかります。休業要請などで売上高が半減し、数ヶ月で資金が底を突く危機に直面しました。民事再生も検討しましたが、関係者へ迷惑をかけるわけにはいかず、当時CFOだった私は海外展開していたペッパーランチ事業を売却し、約85億円の資金を確保する決断を下しました。その資金を返済や運転資金に充て、会社を存続させるための事業構造改革を進めたのです。
ーー事業構造改革を進める中で、ご自身の役割はどのように変化していったのですか。
一瀬健作:
財務面から適正な店舗数に整え、事業を立て直すという強い使命感を抱くに至りました。コロナ禍が落ち着き始めた頃、前社長は「攻めの経営」に出たいと考えていましたが、財務を見ていた私は、まずはマイナスを塞がなければいけない立場に置かれていました。自社の厳しい状況を前社長も理解はしてくれていたものの、社内に二つのトップの意見が存在することは望ましくありません。そこで話し合いを行い、その末に2022年8月に私が代表に就任し、抜本的な改革を推進する運びとなりました。
ーー代表就任後、黒字化に向けてどのような施策を実行されたのでしょうか。
一瀬健作:
まずは市場からの積極的な資金調達と、社内の資金繰り対策に注力しました。その結果、2024年の中間決算で「継続企業の前提に関する注記」が外れました。これは企業の存続に重要な疑義が生じた際に記載されるものです。これにより財務状況を大きく改善させることができたのです。
また、調達した資金を活用して“一本足の経営”からの脱却も図りました。これまでステーキ事業をメインに展開してきましたが、昨今の牛肉の原価高騰を受けて、リスク分散の必要性を感じていたのです。そこで新たな取り組みとして、すき焼き事業の立ち上げやM&Aによる海鮮居酒屋の買収を行いました。夏場と冬場で売り上げの波を補完し合える体制を整え、経営の安定化を進めているところです。
大復活への狼煙 次世代型店舗と失敗を資産に変える出店戦略

ーー事業の立て直しを経て、これからの未来に向けた展望をお聞かせください。
一瀬健作:
2024年の黒字化を経て、現在はまさに「第二創業期」として「いきなり!ステーキ」の復活を推進していくフェーズへと突入しています。その中で今後の展望として、1回の来店におけるお客様の「体験の満足度」を最大化することを目標に掲げました。これまではステーキを安く早く提供するモデルでしたが、お客様が求める価値も変化しつつあります。そこで、ゆったりとした空間演出と居心地の良さを提供する「次世代型店舗」の展開に注力していく方針です。
さらに大きな変革が、調理技術の均一化を目的としたスチームコンベクションオーブンの導入です。これは熱風と高温の蒸気を精密にコントロールして調理する機器で、肉の水分と旨味を閉じ込めながら均一に火を通すことができます。これまで焼き加減は職人の感覚や経験に頼る部分が少なからずありましたが、温度と調理時間を機械で一定に保つことで、どの店舗でもブレのない徹底した品質向上を実現できる段階まできました。
ーー次世代型店舗を広げるにあたり、出店戦略はどう描いていますか。
一瀬健作:
過去の失敗データを成功への資産へと転換し、確実な収益が見込める堅実かつ戦略的な展開を進めています。過去に大量出店し、撤退してきた膨大なデータと、現在の商圏人口や交通量などを照らし合わせることで、同じ失敗を繰り返さない仕組みが構築できました。現在では物件の判断基準を非常に厳しく設定し、堅実な出店戦略を行っています。
原材料高騰でも品質は下げない DXがもたらす体験の最大化
ーー昨今の原料高騰における品質へのこだわりについてお聞かせください。
一瀬健作:
価格改定はせざるを得ない状況ですが、品質や肉の等級を下げることは一切ありません。ハイクオリティな商品を提供するべく、私自身も海外の牧場視察から加工工場まで赴き、現地の取引先と情報交換を行いながら良質な原料確保に努めています。高品質の追求において妥協しないことは、全従業員が共有している弊社の文化です。品質を下げてしまえば、「おいしい料理を提供する」という、お客様との約束を破ることになるからです。
ーー品質維持のほかに、店舗運営で新たに取り組んでいることはありますか。
一瀬健作:
品質維持と並行して、店舗のDXを進めています。DXの真の目的は、お客様のために手を動かす時間を増やし、サービスの向上を図ることです。現在はスマートフォンでのオーダーやセルフレジなどを導入していますが、これは人件費削減だけが狙いではなく、オーダーや会計作業で削減できた時間をお客様とのコミュニケーションに充てています。DXを進める中でも、操作がわからないお客様には丁寧にご説明し、難しい場合は直接オーダーをお聞きするようにしています。DXは、顧客体験を最大化するための手段なのです。
原体験が生んだ新戦略 デリバリーとゴーストキッチンによる新市場開拓
ーー顧客体験の最大化を図る一方で、収益面での新たな戦略はありますか。
一瀬健作:
私の原点でもあるデリバリー領域を新たな収益の柱として本格化させています。「お店と同じ価格」でデリバリーを提供するという思い切った戦略で、新たな顧客層を開拓しているのです。これまで、ステーキは熱々の鉄板で食べるものであり、デリバリーには不向きだという固定観念がありましたが、外部のデリバリープラットフォームと連携して店舗と同価格での提供に踏み切りました。利益率は下がりますが、注文件数が劇的に伸びるため、結果として大きな収益につながります。現在は特に、今まで利用が少なかった20代の若年層が、新規のお客様として非常に多く注文してくださっています。
ーーデリバリー戦略をさらに加速させるための次なる一手は何でしょうか。
一瀬健作:
デリバリー戦略をさらに推し進めるため、新たにデリバリー専門のゴーストキッチン事業の展開を始めました。これは既存店舗がカバーできない深夜帯の需要を確実に取り込むための戦略です。
デリバリーのデータを分析した結果、夜の10時以降から深夜帯にかけての需要が非常に大きいことが判明しました。しかし、通常の店舗は夜にラストオーダーを迎えてしまいます。そこで、夕方から深夜まで営業するゴーストキッチンを立ち上げたのです。設備投資も実店舗に比べて極めて安く抑えられ、非常に効率の良い収益モデルとして機能しています。
攻めの経営を支える社内体制と求める人材像
ーー攻めの経営を支えるべく、社内の体制強化はどう進めていますか。
一瀬健作:
現在、採用から教育、労働環境の改善までをイチから見直す全社横断の「採用プロジェクトチーム」を稼働させています。これまで各部署に分散していた業務を見直し、従業員の声を真摯に吸い上げ、給与面や出張手当の改善、採用面接のスピードアップなどすべてにおいて改革を推進中です。
かつて事業縮小の過程で会社を離れざるを得なかった方々にも、ぜひ戻ってきてほしいと願っており、再び成長路線に乗った弊社で「もう一度働きたい」と思っていただけるような環境をつくっています。飲食店での経験がある方はもちろん、未経験の方でも活躍できるサポート体制を整えました。この「第二創業期」というエキサイティングなフェーズで、私たちとともに新たな未来を創り上げ、共に成長を目指す人材を広く迎え入れていきたいと考えています。
編集後記
「いきなり!ステーキ」の復活。それは単なる数字上の改善にとどまらない。取材を通して強く感じたのは、一瀬氏の持つ「現場への深い愛情」と、会社を存続させるための「冷徹なまでの財務的視点」の絶妙なバランスだ。16歳の頃、自転車のペダルをこいで洋食の出前を届けていた少年の原風景が、時を経て最新のデリバリー戦略やゴーストキッチンへとつながっているという事実に、不思議な縁を感じずにはいられない。スチームコンベクションオーブンによる品質の均一化も、次世代型店舗のゆとりある空間づくりも、すべてはお客様の「体験の満足度」を最大化するためのものだ。痛みを伴う過去の失敗を最大の資産に変え、確信とエネルギーに満ちた未来の展望を語る同社の「第二創業期」。このエキサイティングな歩みからは、目が離せない。

一瀬健作/代表取締役社長CEO。1972年6月26日生まれ。1993年4月、さわやかへ入社。1999年11月、株式会社ペッパーフードサービスに入社。2005年3月、取締役ペッパーランチ運営部長就任。2012年1月、取締役管理本部長兼CFO就任。2022年8月、代表取締役社長CEO兼管理本部長兼CFO就任。