※本ページ内の情報は2025年4月時点のものです。

近年、インバウンド需要が高まっている日本。2024年の訪日外国人の総数は3680万人(2019年比+15.6%)と、過去最高を更新している。そうした中、客室内にキッチンや洗濯機が備え付けられ、家族や友人などグループ利用向けのアパートメント型ホテルの開発・運営を行っているのが、カソク株式会社だ。

大学在学中にホテル企画・運営事業を始めたきっかけや、アパートメントホテルならではのメリット、不動産開発を通じた街づくりにかける思いなどについて、代表取締役社長の新井恵介氏にうかがった。

大学在学時に事業を売却して得た資金でホテルサービス事業を開始

ーーまずは新井社長のご経歴についてお聞かせください。

新井恵介:
私の家は代々医師をしていたので、中学生くらいまでは自分も医者になるものだと思っていました。しかし、そのうちビジネスの方に興味を持つようになり、大学では政治経済学部 経済学科に進学しました。

こうして文系の学部に進んだものの、もともとは理系だったため、今も経営戦略を立てるときは統計的に分析してから方針を決めています。数字ベースで予測を立て、感覚ではなく論理的に「この事業は伸びる」と判断できるのは、経営者としての強みだと自負しています。

ーー起業の経緯を教えていただけますか。

新井恵介:
大学に入って時間を持て余していたので、自分でなにかしようと思い立ちました。そのときに、中学3年から高校3年までの4年間、ニュージーランドに留学して身に付けた語学力を活かせないかと考えたのです。

また、私の周りにも留学経験者が多かったため、せっかくなら自分たちのスキルを活かそうと、英語塾と通訳・翻訳プラットフォームサービス事業を立ち上げました。起業したきっかけは、アルバイトよりも稼げるだろうといった単純な考えでしたね。

ただ、思いのほかこの事業は順調に伸びていきました。その後、大学2年生のときに事業を譲渡して得た資金を元手に、ホテル企画・運営事業を始めたのです。

訪日観光客の需要を見込み、アパートメントホテル事業をスタート

ーーホテル企画・運営事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

新井恵介:
私が以前住んでいた、いくつかの英語圏の国々では、アパートメントホテルやレジデンシャルホテルのような、グループ向けかつ長期滞在者向けのコンドミニアムやCo-livingといわれるライフスタイルホテルが多くありました。ただ当時の日本には、こうしたキッチンや洗濯機が備え付けられているホテルはほとんどなかったのです。

そのため、自炊や洗濯が可能な宿泊施設を求める需要に、供給が応えられていない状況でした。また、その頃ちょうどインバウンド需要が伸び始めており、これから日常生活型ホテルの需要が増えていくだろうと考えていました。

そこで、ゲストハウスのようなシェアキッチン付きのグループ向け簡易宿泊所をつくろうと考えたのが始まりです。まずは物件を探すため、新宿や渋谷、池袋などの主要エリアにある不動産会社や仲介会社を片っ端から回りました。そして希望条件に合った物件を見つけ、運営会社としてオペレーションを始めていったのです。

最初は私一人でホテルのセットアップから家具の調達、申請の手続き、資金調達、集客、清掃、電話対応まですべて行っていました。こうしたアパートメントホテルが当時は日本に少なかったこともあり、訪日外国人を中心に利用客が増え、事業は順調に伸びていきました。

2013年に当事業を開始し、2015年に法人化、カソク株式会社を設立した次第です。

ーーお一人ですべての業務を行うのは大変だったのではないですか。

新井恵介:
特につらいとは思っていなかったですね。私は、宿泊施設をつくって人を呼び、交流人口を増やすことで地域の活性化につなげる事業を、街づくりのゲームのようにとらえていたからだと思います。

質の高い宿泊体験を提供し、旅行客の方々に喜んでもらう。それによりホテルの評判を高め、さらに人が集まってくる。こうして街が活気づくことで経済が潤い、交流人口の増加につながる。このように、事業を通して街づくりをすることで、地域の方々に貢献したいという思いが大きなモチベーションになっていましたね。

ホテルを賃貸として転用することで、稼働率の低下を回避

ーーコロナ禍では多くの宿泊施設が苦戦した中、貴社はどのように危機を乗り越えたのですか。

新井恵介:
弊社のお客様は95%が海外の旅行客が占めていましたが、直ぐに他の転用策を模索しました。当時、既に日本人向けマンスリーマンション事業を行っており、弊社の運営するホテルはキッチンや洗濯機が備え付けてあるアパートメントホテルだったため、ウィークリーやマンスリーといった家具付き賃貸マンションに転用したことでリスクヘッジアセットになりましたね。

また、主要エリアに物件を構えていたため賃貸需要も高く、観光需要がなくなっても補填できました。

そのため当時、国内のホテルの客室稼働率は30%前後まで落ち込んでいましたが、幣社が手がける物件の稼働率はコロナ禍でも平均で81%と高水準を維持していました。さらに、このタイミングで組織体制やオペレーション、コスト構造を見直したことで、利益率のアップにもつながったのです。

顧客の体験価値を高めるため、不動産開発に着手

ーーホテル運営だけでなく不動産開発事業を手がけるようになった経緯を教えてください。

新井恵介:
最初は運営会社として、既存の建物を借りて運営するスタイルでした。しかし、どこにでもある画一的なものでは、顧客体験の価値や満足度を高められないと気付いたのです。それが結果的に、集客力が向上し、賃料、不動産利回り、延いては不動産価値に反映されます。そこで、土地の選定から建物の設計、プロジェクトマネジメントまで自社で行うことにしました。

現在は大手ハウスメーカーと共同で企画したホテル「hotel aima」をはじめ、大手ゼネコンやディベロッパー、大手ハウスメーカーとのタイアップも増えていますね。

hotel aimaは、「さまざまな文化が交差するエリア・上野の街を暮らすように宿泊できる」をコンセプトにしたアパートメントホテルです。各部屋に人気の六本木ブックカフェ「文喫」が選書した書籍を配置しており、新しい本との出会いもお楽しみいただけます。

このように、開発の段階から参画することで、建物に最適化されたさまざまなサービスを提供できるのが強みです。また、これまでのノウハウを活かし、相続対策や老朽化した建物の建て替え、土地有効活用としてアパートメントやマンションをホテルとして提案も行っています。

不動産としての価値を高めることで、ホテルや旅館の運用を最適化し、収益を最大化できるようサポートしています。さらに、最近始めたのが、ホテルの価値に合ったソフト面のサービス提供です。

グループ会社の株式会社TriXでは、ラグジュアリーツアーサービス「Luxe Japan」を展開しています。マレーシアやシンガポール、香港、台湾、中国など、アジア各国の富裕層を誘致するために企画しました。最高品質の訪日旅行を提供することで、旅行者の体験価値をさらに高めることを目指しています。

次々と新たな事業を展開し急成長を実現している秘訣

ーー貴社の強みを教えてください。

新井恵介:
ホテルの開発から運営まで、一連の流れをすべて自社で行っている点ですね。ホテル運営のフィードバックを開発に活かしているからこそ、顧客へ価値を提供できるのが最大の強みです。

また、弊社は自己資本経営型で、上場を目指していないため、収益の最適化に集中できるのもメリットですね。ホテル運営会社で上場を目指してしまうと、バリュエーションを高めるために、純粋なホテル収益の最大化だけでなく、他のことにリソースを割く必要があります。

結果として、弊社は事業の要であるホテルの不動産価値を上げることに注力でき、坪当たり賃料の最大化につなげることができます。

ーー新規事業を次々と生み出す秘訣をお聞かせいただけますか。

新井恵介:
弊社では3ヶ月に1つのペースで、新しい事業を立ち上げています。こうしたハイペースで新規事業の立ち上げが出来るのは、役員のほとんどが過去に自分で会社を運営していた経験があるからです。自分で事業を創造できる人材が豊富なのは強みですね。

別会社の経営を行っている役員も多く、執行役員の安田は、デジタルマーケティングサービスとインバウンド向けツアー事業を行う株式会社TriXの代表をしています。ちなみに私自身も、別会社の代表を兼任しています。

なお、こうした事業開発ができるプロ経営者が集まっているのは、弊社が「オペレーショナルアセットの企画・運営領域で国内トップになる」という明確なビジョンを掲げているからです。実際に2028年には宿泊部門の年間売上高300億円の達成は見えており、10年以内に売上1000億円も視野に入れています。

さらに将来的には、世界的なホテルブランドを目指しています。こうした大きな成長を見込める企業で自分の実力を試せる点を魅力に感じ、自然と経験豊富な人材が集まっている状態ですね。

観光客だけでなく地域の方々も住みやすい街づくりをしたい

ーー売上拡大を目指す中で、今後の上場についてはどのようにお考えですか。

新井恵介:
土地建物の開発や、資金の調達スピードを早めるために、本体は上場せず、不動産の箱(リート)の上場も将来的には検討していますが、あくまで事業を成長させる手段のひとつと考えています。上場以外にも資金調達の方法はさまざまあるので、タイミングに応じて、それぞれの事業に合った最適な手段で成長させていきたいと考えています。

ーー最後に今後の展望についてお聞かせください。

新井恵介:
売上に関しては、3年後は売上300億円を突破する見込みです。10年、20年後の長期ビジョンとしては、地域に合わせた不動産の開発や企画、運営をしていきたいと考えています。具体的にはホテルだけでなく、賃貸住宅や住宅、オフィス、店舗、商業施設など、さまざまな不動産の提案をしていきたいですね。

特に地方に行くと、「なぜこのエリアにこの建物があるのだろう」「人が集まる施設をつくったらこの街はもっと活性化するのに」と思うことがあります。そのため私たちは、地域の方々の暮らしを考えた街づくりをしたいと思っています。

今後は地主や金融機関、開発会社、ハウスメーカーの方々を集めて勉強会を開催し、土地有効活用、開発についてお話する機会を増やしたいですね。

私たちは旅行客にとっても、不動産や土地の所有者にとっても、より魅力的な街づくりを目指しています。そのためには安かろう悪かろうではなく、各地域に最適な建物やサービスを提供していくことが重要です。地域の特性を活かしながら、旅行者の体験価値を高める不動産開発をしていきます。

編集後記

自身が海外で暮らした経験から、アパートメントホテル事業の立ち上げに至った新井社長。今回のインタビューを通じ、世の中にまだない価値に目を付ける審美眼と、緻密な分析をもとにした経営戦略が、同社の急成長につながっているのだと感じた。カソク株式会社はこれからも不動産の価値を高め、世界的ホテルブランドとして名をはせることだろう。

新井恵介/1991年富山県生まれ。中学・高校時代にニュージーランドで4年間を過ごす。早稲田大学政治経済学部1年のときに多言語サービス事業を起業。大学2年のときに事業を売却して得た元手で、2013年ホテル企画・運営事業を開始。2015年にカソク株式会社を設立。カソクグループとして、不動産開発事業、旅行事業を展開している。