※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

日本発のブランドリユース産業を牽引する株式会社コメ兵。戦後まもなくして創業した米兵商店が原点であり、長きにわたり成長を続け、現在では世界最大級の商品トラフィックを誇るまでに至る。その成長の裏には、個人の挑戦を後押しする組織風土と、逆境を超えて培われたリーダーの確固たる覚悟があった。本記事では、若手時代の現場経験からマーケティング部門の立ち上げ、M&Aを機に合流した新会社での社長就任など、多岐にわたる事業変革を牽引してきた山内祐也氏に、圧倒的なバリューチェーンの構築から、AIやDXを活用した「新たな所有の形」の創造、そしてグループ100周年に向けた「共感」と「圧倒的な顧客体験」への展望まで、同氏が描くリユース産業の未来に迫る。

若手の挑戦を支える環境と退職を思い留まらせた先輩の一言

ーーまずは、貴社に入社された当時の状況についてお聞かせください。

山内祐也:
私は2000年に入社しましたが、当時のコメ兵は売上高の規模が約150億円くらいの企業でした。しかし、入社して数年で200億円を達成するなど、会社全体が非常に勢いがありました。当初はカメラ部門に配属されたのですが、若手であっても「やりたいことを任せてくれる」環境でしたね。部署ごとの競争も激しく、考えた施策を現場ですぐ実行できる環境でした。

入社後は自ら毎年違った業務をさせてほしいと要望し、1年目は店舗接客、買取業務、2年目は商品管理、3年目は新品の仕入れや、中古カメラの法人仕入れと、さまざまな経験を重ねました。挑戦に手を挙げる人間に対し「ノー」と言わないのが、この会社の素晴らしいところです。

ーーご自身のキャリアにおいてターニングポイントとなった出来事は何でしょうか。

山内祐也:
入社3年目の頃、新規顧客獲得の企画を提案し続けてもなかなか通らない時期がありました。自分なりに考え抜いても状況が前に進まず、当時の上司とのマネジメントスタイルの違いなども重なり、「もうこの環境を離れるべきではないか」と思い悩んでいたのです。

そんな深い葛藤を当時の上司に打ち明けたところ、「お前みたいなやつは辞めさせない」と強く引き留めてくれました。自分のやりたいことばかりを主張していた社員を見捨てることなく、正面から向き合い、受け止めてくれたのです。その言葉にどれほど救われたかわかりません。この温かい一言に深く支えられ、その後も長く会社のために頑張り続けようと心に誓うことができました。

マーケティング部門の立ち上げと前社長への深い尊敬が導いた経営参画への思い

ーーその後はどのようなキャリアを歩まれましたか。

山内祐也:
しばらく現場で経験を重ね、2008年頃に全社課題となったマーケティング部門の立ち上げを担うことになりました。当時のコメ兵はビジネスモデル自体が優れていたため、純粋なマーケティング活動はほとんど行われていませんでした。

そこで私は、現場で独自に利用頻度の高いお客様を管理していた経験を活かし、ゼロベースからCRM(顧客関係管理)の仕組みを全社向けに構築したのです。予算が限られていたため、最初は一つのフロアから小さく始めました。そして徐々に結果を出しながら他フロアへと展開し、結果的にこのCRMの仕組みは全社で機能し、売上高の何十パーセントという非常に大きな割合を創出することに成功し、ビジネスにおいて極めて大きな成果を生み出しました。現場の知見を体系化し、会社全体に投資対効果をもたらした経験は私自身の大きな財産になっています。

ーーその後に異動された経営企画部では、どのような経験を積まれたのでしょうか。

山内祐也:
配属された当初はIR業務が主体でしたが、私は経営企画部はIRの対応だけでなく、会社の戦略を描くことこそが本来の役割だと考えました。そこでコメ兵の中期経営計画を数字の計画ではなく、戦略の計画として策定しなおしました。そして、その中期計画で描いた海外展開や新規事業モデルの構築などに自ら取り組んでいったのです。さまざまな戦略を練る中で深く理解したのは、「経営はチームで行うものだ」という事実でした。社長一人が万能である必要はなく、周りを固めるボードメンバーの構成によって実行できる戦略は大きな可能性を持つことを学びました。

当時の社長(現・コメ兵ホールディングスグループ社長)は「良い会社をつくれば、良い事業ができる」と信じて疑わない、非常に誠実な人です。その姿を間近で見るうち、「自分がこの人の“官房長官”になりたい」と強く思うようになりました。実務面は私たちが完璧に担い、全力でトップを支えようと考えた当時の思いが、現在の私の経営参画への原点です。

逆境からの社長就任 「巧詐は拙誠に如かず」の誠意で全役員の信頼を得た軌跡

ーーこれまでのご経験で特に印象に残っている出来事をお聞かせいただけますか。

山内祐也:
徐々に経営全体に携わるようになった頃です。2019年に弊社がM&Aによって新たな企業をグループに迎え入れ、私がその新会社の社長として赴任することになりました。私自身、合流した企業へ赴いて社長を務めるのは初めての経験です。就任初日に社員の前で「これから頑張ろう」と熱く語ったものの、私の言葉が彼らの半数にも心に響いていないことが痛いほどわかりました。当然、希望を感じてくれるスタッフからの肯定的な反応もありながらも、就任時のコミュニケーションの中には「まだ社長のことを信用していません」と直接言ってくる社員もいる、希望と苦難の入り混じったキャリアのスタートでした。

ーーその逆境をどのように乗り越えていったのでしょうか。

山内祐也:
徹底したのは「肯定的精神姿勢(PMA)」を保つこと、そして「巧詐は拙誠に如かず」という姿勢です。言葉巧みに取り繕っても、現場ではすぐに露呈します。言葉が拙くても、誠意を持って行動し続けることが何よりも大切だと実感しました。そのため、どんなに厳しい状況でもなるべく全社員の見える場所で意思決定を行いました。かっこ悪い判断や意見の衝突があっても、ありのままを見せ続けたのです。

その後コロナ禍が訪れて、一時は赤字の危機に追い込まれましたが、全員で考え、話し合い、一丸となって行動し、コロナ禍でも黒字化を達成しました。そして、その黒字化実現の報告を役員会で伝えた際、それまでの苦労や想いが重なり、役員全員が涙してくれたのです。その瞬間を目にしたとき、初めて本当の意味で社長として認められたと感じました。私自身、組織のメンバーに社長として育ててもらったことに深く感謝しています。そして、この逆境を乗り越えた実績が認められ、2025年にはグループの中核会社である株式会社コメ兵の社長に就任することとなりました。

圧倒的なバリューチェーンの構築 全チャネルを網羅することで生まれる最大の強み

ーー改めて、貴社の事業における最大の強みは何だとお考えですか。

山内祐也:
入り口から出口まで、ブランドリユースに関するあらゆるチャネルを網羅していることです。一般のお客様や法人からの買い取り、BtoBのオークションプラットフォーム、実店舗運営やECから海外展開に至るまで、すべてを自社グループ内で完結できるバリューチェーンを構築しています。一時的な効率を求め、収益性の高い事業に絞る選択肢もありました。しかし「リレーユースを思想から文化にする」というグループビジョンのもと、自らできることはすべて実行する方針を貫いたのです。このバリューチェーン全体を構築したことで生まれたのが、世界最大級の商品トラフィックです。

※注:「リレーユース」とはモノは人から人へと伝承(リレー)され、有効に活用(ユース)されてこそ、その使命を全うするというコメ兵HD独自の概念。

ーーその膨大なトラフィックは、今後の事業にどう貢献していくと見込んでいますか。

山内祐也:
ブランド品や時計、ジュエリーなどがグループを通過していく圧倒的な現物トラフィックは、今後のAIやデジタル領域の戦いにおいて最大の強みになります。オークションでのシェア拡大や、外部企業のプラットフォーム裏側での商品供給など、商品が動けば私たちのグループを通す構造が出来上がります。この膨大なデータと在庫量こそが、強力な競争優位性なのです。

アイデアはAIが担う時代 「一つの行動」を起こせる個の力を育む

ーーこれからの時代に向けた組織や人材の育成方法について方針をお聞かせください。

山内祐也:
私たちは常に「事業開発」「組織開発」「人材開発」という3つの開発のバランスを重要視しています。どれだけ優れた事業戦略があっても実現する個の力や組織風土がなければ意味がありません。そこで、現在目指しているのは、「バリュードリブン」と「クリエイティブ」と「コラボレーション」の体現です。

良い会社をつくるという不変的な価値観を根底に持ちながら部門を越えて協力し合います。そのためには、現場の社員一人ひとりが自ら課題を見つけ、主体的に解決策を提案できる環境が不可欠です。今後も失敗を恐れずに挑戦できる心理的安全性の高い職場づくりを進めていきます。多様なバックグラウンドを持つ人材が交わって、互いの強みを活かすことも重要です。そして新しいものを生み出す組織、仕事の楽しさを体現する組織へと進化させていきたいと思います。

ーーAIの台頭により人材開発のあり方はどう変化していくと思われますか。

山内祐也:
AIの進化により、MBA的なフレームワークの活用やアイデア出しは誰でも瞬時にできるようになりました。AIへの簡単な指示で、企画やアイデアがすぐに100個出てくるほどです。だからこそ、100個のアイデアを考えるよりも価値があるのは、「一つの行動」を起こせるかどうかです。

これからの時代に求められるのは、企画やアイデアを実行に移せる力です。それを踏まえ、現在は人事とも「100個のアイデアを考える」ための教育以上に、「一つの行動」を起こせる人材をいかに育てるかというオーダーを出しています。挑戦を後押しし、失敗しても減点されない、行動したことが称賛される組織風土の醸成がミッションです。さらに、テクノロジーが進化するほど、企業としてどこまで「共感」をつくれるか、いかに「推してもらえる存在」になれるかが、これからのAI時代において極めて重要になってくると考えています。

日本発のグローバル戦略とAIやDXによる「新たな所有の形」を創造

ーー今後のビジョンについてお聞かせください。

山内祐也:
私たちが目指すのは、日本国内での成長にとどまらず「日本発のブランドリユース産業のグローバル化」というビジョンです。日本はブランドリユースの先進国であり、コメ兵はこのノウハウを持って世界へ打って出る使命があると考えています。これまで培ってきた確かな真贋判定の技術や、丁寧な商品管理の仕組みは世界でも十分に通用する強みです。

特にメインターゲットに据えているのが、環境や社会問題に関心が高く、情報発信力を持つグローバルなZ世代です。彼らはモノを所有すること以上に、その背景にあるストーリーや環境への配慮を重視する傾向があります。そうした価値観を持つ彼らに対し、私たちは単なる物の売り買いを超えた新しい価値を提供したいと考えています。リレーユースを思想から文化へと昇華させ、世界中の人々の生活に根付かせる未来を描いているのです。

ーーそのビジョンの実現においてテクノロジーはどのような役割を果たすのでしょうか。

山内祐也:
世界最大級の商品トラフィックを活かし、AIやDXのテクノロジーを駆使することで「物の価値を見える化」ができます。価値が明確になれば、人々は商品を購入する際に将来の売却価値を前提とした「資産」としてモノを捉えるようになります。「物の価値を明確化し、人々の新たな『所有の形』を創造する」という構想は、これまでのリユース業界の常識を覆すほどのインパクトを秘めています。

そして今後迎える100周年に向け、事業の成長のみならず、社会や環境に対する真摯な取り組みを通じて、世界中の人々から「共感」と「圧倒的な顧客体験」を集める企業へと進化していくこと。それが、私たちがこれから社会にもたらすワクワクする変革の形です。

編集後記

これまでに数々の部署を立ち上げ、逆境のM&Aを乗り越えてトップに立った山内氏。言葉の端々からは前経営陣への深い敬意と、リユース産業の未来への確信が感じられた。「巧詐は拙誠に如かず」の精神で組織を束ね、AI時代においても「1つの行動」を起こせる人間の力を信じ抜く。圧倒的なバリューチェーンとテクノロジーを駆使し、リユースを世界の文化へと昇華させようとする同社の挑戦は、社会にどのようなワクワクする変革をもたらしてくれるのか、これからの飛躍が楽しみだ。

山内祐也/1977年、岐阜県各務原市生まれ。中学、高校、大学と陸上競技に打ち込む(全日本学生選手権4位など)。法政大学卒業。2000年に株式会社コメ兵に入社し、9年間カメラ部門の鑑定査定業務、商品仕入れ、マネジメントなどを担当。営業企画部、経営企画部、事業開発部を経て、経営戦略としてM&Aや海外進出を推進した。2025年に同社代表取締役社長に就任。