
家具の問屋として90年以上の歴史を持つ株式会社吉桂。同社の代表取締役社長、吉田浩一氏は、総合商社での経験を経て、父親の経営する吉桂に入社した。厳しい経営状況の中で社長に就任し、組織改革を断行。現在は自社ブランド「source(ソース)」の展開に注力し、家具にとどまらないライフスタイル全般を提案する企業へと変革を遂げつつある。独自のエンゲージメント向上施策や「学びは翼、遊びは風」という独自のフィロソフィーのもと、同社がいかにして自律型組織を築き、海外展開などの新たな挑戦に向かっているのか、その軌跡と展望に迫った。
大手商社の子会社出向で見出した現場への共感と経営の原点
ーーまずは、吉田社長のファーストキャリアについて教えてください。
吉田浩一:
キャリアのスタートは、総合商社である伊藤忠商事です。もともと子どもの頃から、いずれ吉桂に入社するように教育されていましたが、その思いは周囲に伝えず、まずは東京で自分の力を試したいと考えていました。そんな中、当時は特定の志望業種がなかったため、どのような商売にも役立つ経験を積める総合商社を就職先に選んだのです。伊藤忠商事では物資部門のセラミックス資材部に配属され、住宅建材をはじめとする物資の輸出入や、国内の在庫管理などを担当しており、その後は当時10数人規模だった子会社へ出向しています。
ーー商社から一転して10数人規模の環境に移ったことで、どのような学びを得ましたか。
吉田浩一:
中小企業経営の基盤となる、現場の方々の気持ちを肌で理解できました。規模の大きな組織の本体にいると、仕事の全体像のほんの一部しか経験できません。しかし子会社では、雑用から実務まであらゆる業務を任されました。何より、そこで一日中ともに働き、人生の師と呼べる2人の先輩に出会えたことが最大の財産です。この時の経験がなければ、吉桂に入社してもうまくやっていけなかったと思います。
暗闇の10年を経て「やるしかない」と挑んだ組織改革と学び
ーー吉桂にご入社後、社長に就任されるまでの歩みをお聞かせください。
吉田浩一:
入社当初から会社を改革すべき状況でしたが、当時の私にはまだ力がなく、今思えば吉桂に入るのが少し早すぎたのかもしれません。最初はとにかく1,000社以上ある販売先へ挨拶に回り、その後は仕入れ部門を担当しました。しかし業績は悪化していく一方で、社長になるまでの最初の10年ほどは、メンタル不調や十二指腸潰瘍になるほど目の前が真っ暗に感じる日々でした。
ーー思い悩む日々を経て、社長就任後にまずはどのようなことに取り組まれましたか。
吉田浩一:
当時の社内は挨拶や掃除も行き届いておらず、部門が違えば目も合わせないなど、環境と文化が乱れ、社員のモチベーションも低い状態だったのです。そこで、まずは挨拶の徹底やトイレ掃除など、働く環境の足元を固めることから組織の立て直しを図りました。その上で、「私一人では何もできないから力を貸してほしい。そうしないと会社が駄目になってしまう」と、朝礼や個人面談を通じて繰り返し伝え続けました。徹底的なコミュニケーションによって社員と向き合い、皆にやる気を出してもらうことに注力したのです。
ーーその後、2017年には南山大学でMBAを取得されましたが、その理由は何でしたか。
吉田浩一:
常に学び続ける姿勢を自らに課しており、何かアカデミックに勉強をしたいと考えていた時期でした。そんな折、先輩の経営者がMBAを取得したと聞いて「経営者でもそんなことができるのか」と衝撃を受けたのです。それがきっかけで私自身も挑戦し、南山大学でMBAを取得しました。
規模の追求を捨て「source」の会社としてブランドの幹を太くする

ーー90年の歴史を有する家具問屋として長く続いている要因は何だとお考えですか。
吉田浩一:
販売チャネルの多角化と自社ブランド展開による業態転換、そして長年にわたる堅実経営に基づく信用性です。一般的な家具問屋は家具店へ卸すのが主流ですが、弊社は住宅メーカーやインテリアショップ、アパレルショップなどへ販売先を広げ、輸出にも取り組むことでチャネルを数多く開拓してきました。
また、自社ブランドである「source」を立ち上げ、直営店などを通じて消費者に直接販売するSPAへ業態転換したことも大きな要因となっています。これら2本柱の強みに加え、「堅実経営のもと」という理念を掲げてコンプライアンスを徹底し続けてきたことで、取引先から安心できる企業として信頼を得られている点も大きいと感じています。
ーーその強みを活かし、今後はどのような事業展開やビジョンを描いていますか。
吉田浩一:
今後は「source」の幹を太くしていきます。これまでの経験からあえて規模の追求はせず、売上高が少し上がり、しっかりと利益が出せれば十分だと考えています。家具だけでなくライフスタイル全般の提案へと「source」のテイストの幅を広げ、何をするにしても「『source』の会社」というイメージを定着させる考えです。国内はもちろん、アジアを中心に海外にもファンを増やしていきたいと思います。
ーー海外進出には様々なハードルもあるかと思いますが、どのような苦労がありましたか。
吉田浩一:
実は今年、中東のドバイで「source」の店舗を開く予定があったのですが、現地情勢の影響でプロジェクトが頓挫してしまいました。我々も現地へ行けず、荷物を積んだ船も立ち往生する事態になっていました。しかし、情熱溢れる社員たちが「なんとかして届けたい」と、隣国のオマーンに荷物を降ろし、そこから陸路でドバイへ運ぶという離れ業をやってのけたのです。現地の状況もあり私の方でストップをかけていますが、そこまでの熱量を持った社員がいることを本当に心強く感じています。
「学びは翼、遊びは風」 自律と情熱を持った社員が育つ環境づくり
ーー社員の皆さんを支えるために、どのような環境づくりに取り組まれていますか。
吉田浩一:
会社の進む方向が明確になってきた今、従業員エンゲージメントの向上と離職率の低減に力を注いでいます。具体的には待遇の見直しを図るほか、中小企業としては充実した独自の休暇制度を設けました。さらに、メンタルヘルスケアも重視しており、スマートフォン等から簡単なアンケートに答えてもらう仕組みを導入し、定期的にスコアを確認し、希望があれば社外の専門家と面談できる体制を整えました。その他、先輩と後輩の接し方などにも注意を払うよう心がけています。
ーー今後の吉桂をともにつくっていく人材について、求める要素を教えてください。
吉田浩一:
明るく元気で、家族のように接することができる方です。私は求める人物像を「学びは翼、遊びは風」と鳥に例えて伝えています。目的地へ飛ぶには知識や教養という「翼」が必要ですが、飛び続けるには流行や世の中の流れという「風」に乗らなければなりません。家具の仕事にはその両方が不可欠です。新卒を毎年1名から2名採用するほか、オンラインショップ担当など必要なタイミングで中途採用も行っています。同じ方向を向いて、ブランドの未来をともにつくり上げていける方とお会いできることを楽しみにしています。
編集後記
目の前が真っ暗になるような困難な10年を乗り越え、自らの手で社員の心に火を灯してきた吉田氏。その歩みの根底には、前職で培った現場への深い共感がある。「規模の追求はしない」という言葉の裏にある確かな自信や、ドバイ出店における社員の凄まじい情熱のエピソードは、社長の思いが組織の隅々まで浸透している証左だろう。「source」ブランドの会社として、吉桂がこれからどのようなライフスタイルを世界に提案していくのか、その展開から目が離せない。

吉田浩一/1966年、愛知県生まれ。上智大学卒業。1990年、伊藤忠商事株式会社に入社。1992年、株式会社吉桂に入社。2003年に同社代表取締役社長に就任。2017年、南山大学にてMBA取得。