
特殊金属ワイヤの製造において、自動車のエンジン部品などで世界トップシェアを占めるトクセン工業株式会社。近年は媒体や面接に依存しない「採用活動しない採用活動」などを実施して注目を集めている。同社を率いる代表取締役社長の金井宏輔氏は、自身の信念を貫いた就職活動や、語学の壁を独自の思考力で突破した米国MBA留学、そして外部企業での厳しいビジネス経験を経て家業である同社へ入った独自の歩みを有する。金井氏がキャリアで培った論理的思考力と、技術を支える「人」への思い、そして未来を見据えた組織づくりの全貌に迫った。
成績以外の評価を求め独自の信念で挑んだ就職活動
ーーまずは、キャリアの原点をお聞かせください。
金井宏輔:
実は大学の就職活動が、自身のキャリアを考える最初のきっかけでした。自分の家が会社を経営していることはおぼろげに理解していましたが、会社のことを詳しくは把握していませんでした。自分は将来会社を継ぐという意識はあったので、大学は経営学部に進学しましたが、どういうキャリアを歩んでいくかは父とまともに話したこともなかったのです。そのような状態だったので、「周囲の友人も就職活動を始めているし、自分もとりあえず就職活動をしておこうかな」という感じで就職活動を始めました。
ーー就職活動では、どのようなことを意識して取り組みましたか。
金井宏輔:
初めて自分を「ちゃんと評価してもらえる場」だと感じて挑みました。母から「あなたはやればできる子」と育てられ、自己肯定感と自己有能感はいっちょまえにあったのですが、勉強をするタイプではなかったので、人から評価されるという経験をあまりしてきませんでした。ですから、就職活動が初めて金井宏輔という“人間”を評価してもらえるという場だったのです。非常にモチベーション高く就職活動に取り組みました。現在、採用を行う側の自分からすると最悪の就活生だったと思いますが、内定を10社とることを目標に就活をしていました。
ーー就職活動を終えた後は、どのような進路を選ばれたのですか。
金井宏輔:
最終的には目標どおり10社から内定をいただきました。しかし、将来的にはアメリカに留学したいという気持ちが就職活動中から常にありました。親の会社がアメリカと中国にあり、自分の会社の社員とは自分の言葉で喋りたいという思いもあり、アメリカで英語を勉強して、そのあとに中国に留学したいと当時は考えていました。先に就職してから留学するか、留学してから就職するかを迷い、語学習得をするには少しでも若いほうが良いかなと思い、留学することを決断しました。渡米当初はTOEIC300点程度で英語が全く話せない状態だったのですが、「とりあえず現金さえあればハンバーガーは買えるやろうから飢え死にはしないだろう」と、思い切ってアメリカへ向かったのです。
ーーアメリカ留学を通じて、どのような学びや成長がありましたか。
金井宏輔:
1つは論理的思考力です。全く英語が話せない状態で行ったので、自分が知っている平易な単語でコミュニケーションをとったり、複雑な感情を表現するということをしなければなりませんでした。平易な単語を一つひとつ積み上げて状況を順序立てて説明し続けながら、物事を分解して伝える行為は論理的思考力のまさに基本だったと今になって感じます。
2つ目は勝ち方です。MBAはディベート形式の授業が多くあり、意見を求められることも沢山あります。社会人経験がない私にとって、ビジネスの戦略や意思決定など、周りに比べると知識が足りなく、始めはあまり上手くいきませんでした。そんな中で、自分の強みやアイデンティティを活かして「日本のビジネスや経営戦略をベースに語る」ということをすることで、あまり反論はされなくなり、自分の意見を主張できるようになりました。自分にしかできないことがビジネスにおいて価値があると感じた経験でした。
外部企業での経験と「社内ニート」からたどり着いた独自の採用手法

ーー日本に帰国された後はすぐに家業に入ったのですか。
金井宏輔:
いえ、そもそも就職活動していた時もそうなのですが、“一番下っ端”の経験をしたいと思っていたのです。私はありがたいことに経営者の息子に生まれて、非常に恵まれた環境で育ちました。その為、普通の人というと非常に語弊がありますが、普通に就職活動をして、普通に新入社員として入社して、右も左もわからない状態で、悩み苦しみながら仕事をして成長していくという経験をしたいと思っていたのです。私自身、他者の気持ちには寄り添えるタイプだと思っていました。しかし、実際に自分が社員として働いた経験があるかどうかで、将来社員と向き合ったときの説得力が全く変わってくると考えたのです。自社の社員を深く理解するには、彼らと同じ経験をすることが大事だと思い、すぐには家業に入らず、外の世界で修業することにしました。
ーー社会人として最初に身を置かれた環境は、どのようなものでしたか。
金井宏輔:
まず、大手の鉄鋼商社に入社しました。ここでは、「できる社会人とは何か」というプロフェッショナルな姿勢のすべてを学ぶことができたと思っています。入社初日から「給料をもらっているプロフェッショナルなのだから、言い訳はいらない」といきなり洗礼を受け、仕事への本質的な向き合い方を叩き込まれたのです。海外営業を担当し、目の回るような忙しさの中で、メーカー様とお客様双方の間に立ち、厳しい要求に応え続ける日々でした。無茶苦茶大変でしたが、その苦労の分、非常に鍛えられ、成長できたと思っています。私が社会人として直接教育を受けたのは実質この2年間だけです。親の会社に入ってからは、なかなか後継ぎの息子に指導や教育をしてくれる人はいません。それでも今の自分があるのは、この2年間の厳しい環境で得た学びがあったからだと思っています。
ーーその後、貴社に入社されてからはどのような業務からスタートされたのでしょうか。
金井宏輔:
入社当初は新設された社長室の室長に配属されましたが、新設の部署だったため、既存の仕事や引継ぎがなく、実質的な業務がほとんどない状態からのスタートでした。もともと前職の経験から少なからず自信もあり、主体性もある人間なのですが、オーナーの息子が入社していきなりいろんなことをヤイヤイ言い出したら社員も嫌だろうなと思い、1年間は黙って観察しようと、最初の1年間はいわゆる「社内ニート」のような状態でした。さすがに1年経って黙っているのが限界になり、「誰かがやるべきだが、忙しくて手が回っていない業務」を探しました。その結果、2014年から採用活動の業務をやらせてもらえることになりました。
ーー採用活動を改革のテーマに選んだ背景を教えてください。
金井宏輔:
会社に入ったときに自社の社風と自分自身が全く合っていないと感じたからです。当社はメーカーで理系の社員が多く、机に向かってコツコツ真面目に取り組む社員が多くいました。一方私は文系でノリと勢いで仕事を進めるタイプでした。このギャップは将来自分が社長になった時に、自分も社員も苦しむだろうなと感じていました。そこで自分が採用担当になって、現在の社風と自分の間ぐらいの人を採用して、社風にグラデーションをつけていこうと考えました。10年後か20年後か、当時はいつ社長になるかはわかりませんでしたが、その先を見据えて採用を行う。自然と経営戦略としての採用活動が当時からできていたと思います。
ーー独自の採用活動を続けている理由や狙いについてお聞かせください。
金井宏輔:
私の入社前は一般的な採用活動をしていました。ナビに掲載し、学生側に見つけてもらい、応募してもらうスタイルです。そのスタイルだと必然的に、「メーカー」「関西」「理系」「安定」といったキーワードを好む、堅実で安定志向の学生が集まる傾向にありました。決してそれが悪いわけではないのですが、組織に多様性を持たせ、新しい挑戦をしていくためには、同じタイプばかりでは偏りが出てしまいます。自分たちが本当に採りたい学生と出会うためには、母集団形成から抜本的に変えなければならないと考えました。
そこで、まずはサイトへの掲載をやめ、こちらから直接学生に会いに行く手法へと切り替えました。しかし会えたからといって、普通の老舗メーカーにはなかなか興味を持ってもらえません。そこで学生に受けてもらえるような企業の価値をつくろうと思い、学生を教育する採用活動「採用活動しない採用活動」をコンセプトとして掲げ、志望動機を聞かない、面接をしないなど、既存の採用活動と全く違う「人を大切にする」という軸で、学生にPRを行うようにしました。採用活動というのは「企業力×採用力」です。その点をかためてから設計していったことは非常に良かったと思います。
技術の根幹は「人」 世界に誇る製品と組織づくりの展望
ーー貴社の事業についてお聞かせください。
金井宏輔:
弊社の主力は自動車タイヤの補強部品やエンジン部品に使われる特殊金属ワイヤの製造で、
エンジン部品のワイヤでは世界トップシェアを占めるまでになりました。現在は心臓カテーテルをはじめとする医療分野のワイヤ開発にも注力しており、新工場の建設も進めています。メーカーとして高い技術力を持つ点が強みですが、私はこれからのモノづくり企業には技術以上に「人」が重要だと捉えています。自動化、ロボット化、AI化が進む中で、差別化できるポイントが非常に少なくなっています。そこで自分たちの出せる強みは人の強みです。技術を受け継ぎ、進化させる、新たな着眼点や発想で技術を展開していく。それはロボットやAIにはできない領域だと思っています。
ーー組織づくりについてはどのような取り組みをされていますか。
金井宏輔:
長く人事を担ってきた経験を活かし、社長になってからも人を思う施策を一つひとつ進めています。弊社は拠点が複数に分かれているため、直接会う機会が少ない社員にも私の人柄を知ってもらい、心理的な距離を縮めることを目的として、毎日社長ブログで社員に対してメッセージを発信したり、週1回社内ラジオも配信しています。また、月1回私自身が研修コンテンツを考えて講師を務めるK2塾(管理職研修)も行っています。評価者としての心構えや1on1の進め方などを指導しつつ、グループリーダーに対して現状の課題をしっかりと認識してもらう内容となっており、その上で「具体的に何をすべきか」を明確にし、実際の行動変容へとつなげることを狙いとしています。
ーー最後に、読者へメッセージをお願いします。
金井宏輔:
ぜひ自分自身を正しく認識し、「メタ認知」を高めてください。日本人は自己認識能力が低く、自分の能力を高く見積もりがちです。だからこそ、まずは客観的に自分を把握することが重要です。その上で、自分が本当に活躍できるフィールドを打算的に選んでみてください。また最近はハラスメントの問題があり、上司が指導したり、教育したりする機会が著しく減少しています。つまり若手は自分で自分を律し、自分で成長していくしかありません。しかしそれはそんなに簡単なことではありません。そのために自分を成長させてくれる環境を自分でつくっていく必要もあると思っています。そういうフィールドをきちんと見つけていくことで、充実したキャリアを歩んでいけるのではないかと思います。
編集後記
「自分が勝てるフィールドを探す」。金井社長の放つ言葉には、自らの足で歩み、いくつもの壁を越えてきた者だけが持つ圧倒的な熱量と説得力が宿っていた。どんな環境にあっても思考を止めず、周囲の常識に流されることなく「自分の戦い方」を見極める姿勢は、あらゆるビジネスパーソンの背中を押すはずだ。一方で、極めて合理的で打算的な視点を持つ同氏が、何よりも「人」を信じ、社員と真摯に向き合う温かなリーダーシップを発揮している点にこそ、最大の魅力が隠されていると感じた。一人ひとりの熱量を引き出し、自律した組織を目指すトクセン工業株式会社。同社がつくる特殊金属ワイヤのように、強靭でしなやかな組織がこれからどのような未来を描くのか、ますますの飛躍に期待したい。

金井宏輔/1986年、兵庫県生まれ。2008年に甲南大学経営学部を卒業後、企業からの内定をすべて辞退して渡米。オハイオ州の大学院でMBA(経営学修士)を取得した後、2011年に帰国し、鉄鋼専門商社にて海外向け輸出営業に従事。2013年に金井グループに入社、2025年6月より現職。CHRO(最高人事責任者)としても組織・人材に関わる経営に携わり、現在は人的資本経営を軸に、より良い企業文化の形成に取り組んでいる。