
佐賀県を拠点に、産業用テント倉庫の設計から製作、施工までを手掛ける山口産業株式会社。設立当初は炭鉱用資材を主力としていたが、時代の変化に合わせて産業用テントへと大きく舵を切り、現在では全国規模で事業を展開している。2025年に開催された「大阪・関西万博」においても14施設で同社のテントが採用されるなど、その高い技術力と提案力は国内外から注目を集める。自社で全工程を完結させる一貫体制を強みに成長を続けてきた同社の歩みと、次なる飛躍に向けた組織づくりについて、代表取締役社長の山口篤樹氏に話を聞いた。
一般企業から家業へ 20代での決断と組織の進化
ーーまずは、家業である貴社に入社されるまでの経緯をお聞かせください。
山口篤樹:
大学卒業後は外部の企業に就職し、営業職として大阪や東京で5、6年ほど経験を積んで、利益の考え方など営業という仕事の基本を学びました。一方、その頃の山口産業は炭鉱用資材の販売が主力でしたが、各地の炭鉱が閉山していく時代の流れを受け、廃業の危機に直面していました。そのような状況の中、「戻ってこられるか」と声をかけられたため、弊社へ戻る決意をした次第です。
ーー主力事業を産業用テントへと転換されたのはどんな背景があったのですか。
山口篤樹:
廃業の危機を受けて、新たな事業の柱を模索していました。その中で、炭鉱用資材の製造で培ってきたテント生地の加工技術がそのまま活かせると考えたのです。そこで、事業を移行しやすい産業用テントに着目しました。さらに、父が以前構造建築物の企業で培っていた設計や現場施工の知識を組み合わせることで、「テント倉庫」の開発にも着手していき、鉄骨の製造を含めて自社で対応できる体制を整え、事業構造を完全にシフトさせていきました。

ーーその後、社長に就任してからはどのように事業を拡大させていったのですか。
山口篤樹:
先代の急逝により急遽1995年に社長を引き継ぎましたが、その当時は工場の借入金が残り、私自身が営業と設計を兼任するような過酷な状況でした。そこで、局面を打開するべく、品質マネジメントシステムに関する国際規格である「ISO9001」を取得して組織的な仕組みを整え、さらに法改正でテント倉庫が建築物として扱われる流れに合わせて私自身も建築を学び直しました。大型スポーツ施設などを手掛けられる技術力を構築したことで信頼を獲得し、借金を返済しながら「産業用テントといえば山口産業」と呼ばれるまでに成長させることができました。
ワンストップによる強みと、万博に選ばれる技術力

ーー競合他社と比較した際に、貴社ならではの強みはどこにあるとお考えですか。
山口篤樹:
鉄骨製造、テント製作、設計、現場施工までの全工程を自社で完結できる「一貫体制」です。他社では設計や鉄骨づくりを外部へ発注するのが一般的ですが、弊社はすべて自社内で手掛けています。間に別の会社を挟まないため、時間のロスや無駄なコストが省け、「短納期・低価格・安定した施工」を実現できるのです。
こうした強みが高く評価され、2025年に開催された「大阪・関西万博」では、海外パビリオンを中心に日本関係の施設や休憩所などを含め、合計14施設で山口産業のテントが採用されました。これは、柔軟な素材を活かした高いデザイン性に加えて、短工期で施工でき、イベント終了後も低コストで解体できる利便性が評価されたからです。海外の設計事務所などから直接ご相談をいただき、設計段階から柔軟に対応したことで最適な空間利用をご提案できました。

ーー産業用テント以外には、どのような領域へ事業を広げていますか。
山口篤樹:
産業用テントは売上高の約7割を占めていますが、そのほか農業分野における畜産用途や、現在注目を集めている陸上養殖施設の建屋などにも力を入れています。さらに、建物の外壁にテントを設置するファブリックファサードの需要も増加傾向にあります。これは日射を遮蔽し空調効率を高める外壁装飾であり、近年は猛暑が続いているため多くの引き合いをいただいている状況です。


失敗を恐れない風土で新分野へ 100億円企業を目指す人材育成
ーー今後のビジョンと、目標達成に向けた成長戦略についてどのようにお考えですか。
山口篤樹:
弊社は設立50期で売上高53億円を達成し、現在は2034年に100億円企業となることを目標に掲げています。既存の産業用テント事業を軸にしながら、農業や防災、さらには防衛分野など新しい領域にも積極的に挑戦していく方針です。年平均7〜8%の成長を目指す中、東南アジアなどへの海外進出も視野に入れて準備を始めており、すでにベトナムからの正社員採用がスタートするなど、グローバル展開に向けた基盤づくりを着実に推し進めていきます。
また、こうした事業拡大や拠点の開拓を支えるのは「人材」に他なりません。そのため、新入社員や中途社員を対象に約3ヶ月間で全部署を回る研修を実施し、会社全体の流れを把握できる環境を整えました。さらに、中堅リーダー層には営業と製造などの配置を入れ替える大胆なジョブローテーションを行い、会社全体を俯瞰できる経営的な視点を持つ人材の育成に取り組んでいます。
ーー最後に、若い世代にとって貴社で働く魅力を教えてください。
山口篤樹:
現在弊社は平均年齢が低く、20代や30代の若手社員や中途社員が数多く活躍しています。実際に働いている社員が「うちの会社、いいよ」と友人を誘って入社するケースも増えており、高い定着率を維持できていることは大きな強みと言えるでしょう。その背景にあるのは、「挑戦して失敗しても一切咎めない」という、独自の組織風土だと感じています。
たとえば、全く別の部署の社員が新しいイベントを企画しても会社として後押ししますし、新製品の開発においても、失敗を恐れず成功へ繋げるための努力をしっかりと評価する文化が根付いているのです。最近では、お客様の要望や現場のアイデアを形にした「ソーラーカーポート」といった新製品の開発にも着手しています。部署の枠を越えて主体的に新しいことへ取り組める環境は、若い世代にとって大きな充実感を得られるはずです。これからもこの柔軟な社風を大切にしながら、次なる100億円企業という目標に向け、新たな仲間と共に挑戦を続けていきます。
編集後記
家業の危機に立ち上がり、時代の変化を捉えて産業用テント市場を切り拓いてきた山口社長。過酷な環境下でも組織改革と技術研鑽を怠らなかった決断力には、強い情熱と誇りを感じた。「失敗をとがめず挑戦を力に変える」という温かくも力強い社風があるからこそ、社員一人ひとりの自由な発想が形となり、万博をはじめとする大きな成果へ結びついているのだろう。100億円企業を目指し、世界へと躍進していく同社の未来が非常に楽しみだ。

山口篤樹/1959年、佐賀県多久市生まれ。専修大学卒業後、自動化機器メーカーの営業を経て、1987年に山口産業株式会社へ入社。1995年に代表取締役社長に就任。炭鉱閉山の危機を「設計・製造・施工の一貫体制」構築で乗り越え、主力製品を産業用テント倉庫へと転換した。現在は万博パビリオンなどの大型プロジェクトやDX、陸上養殖など、新領域に注力し、2034年度の売上高100億円達成に向けた「100億宣言」を掲げ挑戦を続けている。