
1861年(文久元年)、京都で小間物屋として創業した株式会社今与。160年以上にわたり「本物の身を飾る装飾品で心を満たす」という信念を貫き、ジュエリーの仕入れから販売までを一貫して手がける老舗企業だ。6代目となる代表取締役社長の今西信隆氏は、銀行員としての経験や米国での学びを経て家業である同社へ入社し、卸売中心の事業から自社の思いや世界観という付加価値を直接届ける自社ブランドの確立へと大きく舵を切った。業界に先駆けて「ラボグロウンダイヤモンド」を取り入れるなど、常識にとらわれない挑戦を続ける今西氏。伝統を受け継ぎながらも変革を推し進める真意と、これからの展望に迫った。
多様な経験とアメリカでの学びがもたらした「視野」
ーーまずは、家業である貴社に入られるまでのご経歴をお聞かせいただけますか。
今西信隆:
もともと大学卒業時点で家業を継ぐことは決まっておらず、広く社会を見るためにまずは銀行へ入行しました。銀行には9年余り在籍し、受信・人事・与信・マーケットという多様な4つの部署を経験しています。当時は一つの専門性が身につかない不安もありましたが、結果的にあらゆる方向から組織を俯瞰する視点を得られ、経営者として多角的に物事を見る力が養われたと感じています。
その後、勤めていた銀行の大型合併という身の回りの環境が激変する転換期を迎え、父親からの無言の期待も感じる中で家業へ戻ることを決意しましたが、すぐには入社せずに海外へ1年間留学しました。実務に必要な鑑定士の資格取得に加え、海外生活を経験したいという思いがあったからです。現地での学びや多様な経験を通じて、「将来、必ずビジネスでまたアメリカに来たい」という明確な目標を持つようになりましたね。
ーー貴社に入社された後はどのような業務を担いましたか。
今西信隆:
私が入社した頃の弊社は、お客様にお見せするカタログすら現場にない状態でした。卸売が中心であり、当時は商品を効率よく右から左へ流すという流通の手法が主流だったのです。そんな自分の常識が全く通用しない環境を目の当たりにし、このままでは生き残れないと危機感を抱きました。そこで、自社の思いや世界観という「付加価値」を添えて直接届ける、BtoCおよび自社ブランドの育成へと大きく舵を切ったのです。
しかし、ブランドの育成には時間と費用を要します。効率を重視する先代からは「なぜそこにお金を使うのか」と厳しく問われ、意見が対立することも多々ありました。そうした感覚の違いや葛藤を経たからこそ、自分の思いだけで突っ走るのではなく「父だったらどう言うだろうか」と一度客観視して、一呼吸置いてから物事を進める姿勢が身につきました。
テクノロジーを味方に新たな選択肢を示す「ラボグロウンダイヤモンド」

ーー「ラボグロウンダイヤモンド」のブランド化へ踏み切った背景を教えてください。
今西信隆:
弊社には「本物の身を飾る装飾品で心を満たす」という、165年貫いてきた揺るぎない軸があります。業界内でこれまでの常識を揺るがす存在として議論が起きる中、私は逆にテクノロジーの可能性に着目しました。ラボグロウンダイヤモンドは、天然ダイヤモンドが育つ環境を再現した専用施設で育成され、科学的に天然ダイヤモンドと同等の成分と構造を持っています。「本物」を扱う私たちの軸に照らし合わせても、お客様へ自信を持ってお届けできる素晴らしい素材だと確信したのです。
ーー業界からの反発もある中で、新たな挑戦を真っ直ぐに貫けたのはなぜでしょうか。
今西信隆:
この挑戦の根底に、「憧れのダイヤモンドを日常で気楽に楽しんでほしい」というお客様への強い思いがあったからです。当初は「天然の市場を崩すのではないか」という強い批判もありましたが、私はこれを市場を奪うものではなく、日常で楽しむためのポジティブな選択肢だと捉えました。天然ダイヤモンドとラボグロウンダイヤモンド、それぞれの魅力を正しく伝え、お客様自身が納得して選んでいただける環境をつくることこそが、私たちの役割だと考えています。
社員一丸で挑む未来と現場で活躍できる人材への期待
ーー組織づくりの変化や、今後期待される人物像についてお聞かせください。
今西信隆:
これまでは父と対立しながら、私が先頭に立ち、トップダウンで会社を変えようとしていました。しかし、その手法には限界があります。そこで、過去の反省を踏まえて、現在は外部の専門家や社員を巻き込み、チームとして連携する組織づくりのフェーズへと移行しました。新たな顧客層へ届けるため、ECやDXの活用にも積極的に取り組んでいますが、私たちもまだ学びながら進めている状態です。
だからこそ、現場で活躍できる人材には、物事に熱意を持って取り組む「ガッツ」と、地道な努力を続けられる「継続性」を期待しています。すでに女性比率が高い職場ですが、今後は女性がより中核として活躍できる体制づくりにも注力していきます。

ーー社員の皆様と一丸となって進む、これからの展望をどのようにお考えですか。
今西信隆:
10年後には業界内にとどまらず、自社の魅力がより一般の消費者へ浸透している姿を目指しています。私たちがつくり上げるブランドが独自の世界観を持ち、お客様から自然と選ばれる存在になること。それが一番の目標です。社員と一丸となって歩みを進め、国内市場を盤石にした上で、ゆくゆくは私がかつて思い描いたような世界的な市場へ展開できる企業へと成長させていきます。
編集後記
165年の歴史という強靭な背骨を持ちながらも、過去の成功体験に縛られず「お客様の心を満たす」という本質を追求し続ける今西氏の姿勢に深く感銘を受けた。先代との激しい葛藤を経て培われた冷静なマネジメント視点と、業界からの批判を恐れずにラボグロウンダイヤモンドというポジティブな選択肢を世に問う熱い想い。それらが絶妙なバランスで共存しているからこそ、同社は進化を続けられるのだろう。伝統を重んじながらも、チーム一丸となって新たな価値を届ける果敢な挑戦が、これからの消費者の心にどのような驚きと喜びをもたらすのか。その飛躍的な未来が今から楽しみでならない。

今西信隆/1969年7月18日、京都生まれ。1993年、東京大学経済学部経済学科卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。2002年みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)を退行し、GIA(米国宝石学会)留学を経て2003年、株式会社今与入社。2011年から現職。