※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

水産業界に魅了され、学生時代からその道を志した小澤祐司氏。輸入水産物の可能性にいち早く気づき、がむしゃらに駆け抜けた若手時代を経て、株式会社シーボーン・ジャパンに参画した。入社後はアナログ時代の厳しい環境下で新たな配送ルートを次々と開拓し、現在の基盤を築き上げた。2016年の社長就任後、直面したコロナ禍という未曾有の危機をいかにして乗り越え、過去最高の業績へと導いたのか。同社が展開する独自のビジネスモデルと、未来に向けた組織づくりの展望に迫る。

水産業界への「耽溺」とがむしゃらに駆け抜けた創業期

ーーまずは、水産業界を目指されたきっかけを教えていただけますか。

小澤祐司:
原点は幼少期の頃に遡ります。私の父は大の釣り好きで、私自身もよく連れて行ってもらっていました。また、父は転勤族で、行く先々に海があったため魚と触れ合う機会が多かったのです。

ただ、当時は身近な魚屋さんで売っているような魚よりも、未知の領域であった輸入水産物に強い魅力を感じていました。南方のエビやロブスターなどの輸入水産物に対して、大手の商社が輸入元になります。末端までの商流ができている仕組みを知ったとき、もっと深く知りたいという思いが湧き上がりました。調べていくうちに深くのめり込み、ついには大学を中退して水産業界に飛び込みました。まさに輸入水産物に「耽溺」するほどの熱量を持っていたと思います。

ーー京都の水産会社で働かれた後、貴社に入社された経緯を教えてください。

小澤祐司:
京都の水産会社では2年間がむしゃらに働き続け、少量ながら受注から加工まですべて一人でこなす力を身につけていました。そんな中、たまたま出会ったシーボーン・ジャパン創業者の古池会長(当時社長)から「一緒にやらないか」と誘われたのです。「明日からでもすぐ来い」と言われ、即座に弊社への入社を決意しました。入社直後には1ヶ月間カナダのバンクーバーへ渡り、現地の工場や加工の現場に触れる貴重な経験を積みました。

ーーカナダからの帰国後、当時の社内の状況はいかがでしたか。

小澤祐司:
当時はまだシステムが未発達で、すべてが手書きの時代です。ファックスや留守番電話で注文を受け、ホワイトボードで管理するというアナログな環境でした。その中で、何が必要かを自分で考え、複数の自社便配送ルートを構築しました。入社から数年後には役員になり、得意先が広がるにつれ、毎日寝食を忘れるほどの熱量で仕事に向き合いましたね。入社からの10年間は休む間も惜しんで働いていたんです。

また、販売するだけでなく、料理人の方々と同じ知識で会話ができるようになりたいと考え、独学で食材や調理技術の勉強をしました。食材がどのように形を変え、料理になっていくのかを理解することで、より深い提案ができるようになったと感じています。

コロナ禍の危機を乗り越え最高益を生み出した独自の強み

ーー社長就任後、過去最高の業績に至るまでにどのような壁がありましたか。

小澤祐司:
2016年に代表取締役社長に就任して4年後に直面したコロナ禍です。当時は業績が一時的に大きく落ち込みました。しかし、既存のお客様の中にはテイクアウトやお弁当で営業を続ける方も多くいらっしゃいました。そこで、私たちは在庫をしっかりと持ち、必要としてくださるお客様に食材を届け続ける道を選んだのです。地道な電話営業を全社員で続けた結果、お客様の営業が回復した2022年には見事にV字回復を果たし、過去最高の売上高を記録することができました。

ーー主力事業であるロブスターの輸入は、どのようなきっかけで始まったのですか。

小澤祐司:
カナダ産の活オマールに関しては入社時にはすでに直輸入が始まっていました。当時は超円高時代でしたので、現在と比較すると輸入品はとても安価に仕入れることができる時代でした。リテール業界では円高差益還元セールというワードが横行していたと記憶しています。カナダの仕入先、自社の水槽設備、国内販売先の多くの西洋料理シェフとの出会いに円高という時代背景が追加され急速に拡大しました。

アイルランド産の活オマールブルーは2019年にアイルランド水産物のマーケティング会社との出会いから始まり、アイルランド食糧庁全面協力による現地視察を経て直輸入が始まりました。コロナ禍や円安などの環境下でもインバウンド向け高級ホテルや高級レストランからの需要は伸びております。

ーー一般消費者向けの商品開発において、特にこだわっているポイントを教えてください。

小澤祐司:
BtoC(一般消費者)向けの商品開発も積極的に行っています。加工の過程でどうしても出てしまう端材を無駄にせず、美味しく提供したいという思いから、ドリアなどの商品の開発を手がけるようになりました。私自身が学生時代、喫茶店でよく食べていたドリアに思い入れがあったことも理由の一つです。現在では事業内容も広がり、お客様のレシピをもとにしたオリジナル商品の加工・販売など、OEMの領域も伸びてきています。

自律する組織づくりと業界の未来を切り拓く物流ネットワーク

ーー商品開発や組織運営において、社員の方々にどのような姿勢を求めていますか。

小澤祐司:
商品の原型やアイデアを出すのは私ですが、それを実際の形にしていくのは社員の役割です。また、自社内だけでなく、外部企業と協力しながら、容器の材質や形状にもこだわって試行錯誤を繰り返すことも少なくありません。その際、私は能力以上に「人間性」や「事柄に対して真摯に取り組む姿勢」を重視してきました。自ら考え、周囲を巻き込みながら行動できる人こそが、組織を強くすると信じています。

ーー最後に、今後の展望について教えてください。

小澤祐司:
私たちのような問屋業が今後も必要とされるためには、デリバリーの仕組みをいかに効率化できるかが鍵になります。現在は、異業種間でも連携をとり、共同配送のネットワーク構築に注力しているところです。これが実現すれば、コスト削減やドライバー不足といった業界全体の課題解決にもつながります。そして最終的には、こうした変革の中で自ら決断し、前へ進める人材を育成していくことが私の最大の使命です。

編集後記

未知なる輸入水産物への並々ならぬ探求心から、自らの手で道を切り拓いてきた小澤社長。インタビューを通して強く感じたのは、どんな逆境にあっても決して諦めず、常に現場と最前線で向き合い続ける覚悟の強さだ。自社の利益にとどまらず、異業種をも巻き込んだ物流ネットワークの構築や、端材を活かした商品開発に挑む姿には、業界全体をより良くしていきたいという確かな熱量が宿っている。次世代を見据え、変わり続けることを恐れない株式会社シーボーン・ジャパンのさらなる飛躍から目が離せない。

小澤祐司/1969年、奈良県生まれ。同志社大学在学中に水産業界に耽溺し京都市内の水産系企業に就職。2年後に、当時株式会社シーボーン・ジャパンの代表取締役だった古池氏(現会長)と出会い師事。同社の常務取締役を経て2016年(第27期)より代表取締役社長に就任。同社は、食品の輸出入、BtoB販売の卸売業務、BtoC販売の小売り業務、コロナ禍以降はクラウドファンディング、大津市ふるさと納税をはじめ地域イベントにも積極的に参加する女性活躍推進企業である。