※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

長年、法人向け商材を主力としてきたサンビー株式会社。しかし2020年、新型コロナウイルスの感染拡大と“脱ハンコ”という未曾有の逆風が同社を直撃した。困難な時期に社長に就任したのが山本忠利氏だ。家業であることを知らずに育ったという異色の経歴を持つ同氏は、スピーディーな組織改革を推進。クリエイターとのコラボレーションや小ロットOEM、海外展開といった新たな事業の柱を打ち立てた。老舗企業を率いる山本氏に、原点と変革の舞台裏、新理念「こころをひと押し」に込めた思いを聞いた。

実家が会社を経営していることを知らなかった学生時代

ーーまずは、貴社に入社した経緯についてお聞かせいただけますか。

山本忠利:
きっかけは、就職活動の時期に母親から家業に入らないかと誘われたことです。実は私自身、大学生になるまで父親が会社を経営していることを全く知りませんでした。周りより少し遅れて就職活動に動き始めた頃、実家で母親から初めて弊社のカタログを見せられ、「うちはこういう会社をやってるんだ」と説明を受けました。さらに「今入社すれば、一緒になったばかりの関連会社で経験を積めるから、よかったら入らないか」と誘われ、そこで初めて家業の存在を知りました。

思いがけない事実に驚きましたが、そのときにふと小学校の頃の文集に「将来の夢は社長」と書いていたことを思い出したのです。「周りの人を一番幸せにできる職業が社長だ」というイメージを持っていたのでしょうね。家業については知らなかったものの、かつて抱いたその夢を叶えるべく、入社を決めました。入社後は関連会社に出向し、そこで製造現場や経理を経験して会社の全体像を学んでいきました。

ーー社長に就任したとき、会社はどのような状況だったのでしょうか。

山本忠利:
コロナ禍と世間の“ハンコ不要論”により、当時の主力事業の売上高が2割ほど減少する厳しい状況にありました。2020年7月に就任したものの、緊急事態宣言で出社制限がかかった真っ只中です。また当時からハンコそのものが不要であるかのような風潮が強まっていました。私たちも業務の無駄を省くことには賛成ですが、事務用スタンプを主力商品とする私たちへの影響は甚大と言わざるをえませんでした。

ーーその困難をどのように打開していきましたか。

山本忠利:
まずはスピーディーに組織改革を実行に移しました。具体的には、複数あった拠点を集約し、在庫管理などの効率化を図るとともに、企画や研究開発を行う新部署を設立しました。新しい商品を生み出すための開発体制を整えることが急務だったからです。加えて、組織の根幹となる企業理念の刷新にも取り組み、「こころをひと押し」という新たな言葉を掲げました。ただ、これは最初からうまくいったわけではありません。当初は数人のチームで「ものづくりを通じてシーンをつくる」といったミッションも設定し、いざ社内で取り組もうとしたのですが、当時は通常業務もまだ落ち着かない中で、理念浸透の時間まで取れず実行まで至りませんでした。

しかし、事業を進めながら「私たちが本当に提供しているものは何だろうか」と考えるうちに、私自身が一番しっくりきた言葉が「らしさ」だったのです。もともと印鑑は、その人の名前という「唯一無二の個性」を形にするものです。現在注力しているクリエイターさんとの協業も彼ら・彼女らの良さをどう引き出すかが鍵ですし、OEM事業も裏方として企業様の「らしさ」を表現する仕事です。このように、事業内容と理念が少しずつ結びつき、「らしさをつくる」という本質を私自身が自分の言葉で納得できるようになるまで、数年の時間を要しました。

社内メンバーの発案から生まれた「BtoC」という新たな柱

ーー新体制を構築し、どのようなことに注力したのでしょうか。

山本忠利:
法人向けの事務用品だけでなく、一般消費者向けの商品を新たな事業の柱として強化していきました。たとえば、社内メンバーの発案から生まれたのが、クリエイターのデザインを取り入れたデザイナーズスタンプです。従来の事務用スタンプ台の印刷デザインや日付印の印面デザインを変え、手帳やノートを彩るアイテムとして販売したところ、大きな反響をいただきました。特に日付印のデザイン展開は大きな広がりを見せ、現在では数百種類以上にまで広がっています。

ーーその他に、新たに取り組まれたことはありますか。

山本忠利:
100個という小ロットから対応できるOEM事業も始めました。これによりスポーツチームや有名キャラクターとの協業が実現しています。また、社内メンバーのアイデアで生まれた「マルチステッカー」も画期的な商品です。これは、布やプラスチックなどに貼って洗濯機や食洗機にも対応できるもので、現在、新たな軸として成長しています。

さらに、私自身も大きく関わった開発商品として、伊勢神宮の「式年遷宮」で使われる伊勢ヒノキの端材を活用した印材も開発しました。本来、ヒノキは柔らかいため印材には不向きなのですが、木材を圧縮して比重を高めることで、印鑑に不可欠な高い堅牢性と耐久性を実現しました。

実は発売当初、私が社長になりたてで気合が入りすぎたのか、デザインにこだわりすぎた高価なセットをつくってしまい、あまり売れなかったという「しくじり経験」もありました(笑)。しかしその後、スタンダードな丸棒の形に変更したところ、ヒノキ特有の豊かな香りや希少性がお客様に高く評価され、現在では大変ご好評をいただいています。

日本の「技術力」と「デザイン」を武器に世界へ

ーー販路開拓についてはどのように進めていますか。

山本忠利:
日本の卓越した「技術力」と「デザイン性」を武器に、少しずつ世界への足がかりを掴んでいます。たとえば日本の文房具は、細部まで情熱を注ぐ技術力が詰まっており、海外でも非常に高く評価されています。

それに加えて、日本のクリエイターが生み出す「個性あふれる」デザインも、世界で広く受け入れられています。3年ほど前から韓国や台湾で展開を始め、直近ではサンフランシスコで展示会を行いました。今後はロサンゼルスでの展開も予定しており、日本の技術とデザインをさらに世界へ発信していきたいと考えています。

ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。

山本忠利:
さまざまな外部企業やクリエイターとともに新しい価値をつくり出し、世の中のためになる企業であり続けたいと考えています。その基盤となるのが、新たに掲げた「こころ(らしさ)をひと押し」という企業理念です。

この理念には3つの意味が隠されています。1つ目は物理的なスタンプを押す「ひと押し」。2つ目はコラボやOEMを通じてクリエイターの多様な個性を応援する「人推し」。そして3つ目は、他者と情熱を重ねてともにモノづくりをする「火通し(共創)」です。今後もこの3つの「ヒトオシ」を大切にしながら、枠にとらわれない挑戦を続けていきます。

編集後記

創業から100年という長い歴史を持ちながらも未曾有の危機において過去のやり方に固執せず、柔軟かつスピーディーに組織を変革した同社の代表取締役社長、山本忠利氏。現場の社内メンバーから上がるアイデアを積極的に採用しクリエイターの個性を尊重する姿勢からは、関わる人すべてを大切にする人柄が感じられた。「周りの人を一番幸せにできそうな職業」として社長を夢見た少年の思いは今「らしさをつくる」という言葉になり、新たなモノづくりを通じて世界へ広がろうとしている。さらなる同社の飛躍が楽しみだ。

山本忠利/1982年、三重県生まれ。2005年に大学卒業後、サンビー株式会社に入社。株式会社東京製版への出向、営業企画室長、専務取締役 製造本部長などを経て、2020年7月に代表取締役社長に就任。経営学修士(MBA)。TOKYO STATIONERY WEEK・文紙フェア等をはじめとする文具関連展示会の企画・運営にも携わり、日本の文具文化の発信と業界活性化にも取り組んでいる。