
長年にわたり人材育成とコールセンター運営に携わってきた矢野ひとみ氏。同社は官公庁や民間企業を中心にコールセンター事業を展開し、業界の常識を覆す「ライフスタイルに合わせた多様な勤務形態」を実現。その革新的な取り組みは高く評価され、日本商工会議所から賞を授与されるなど多方面から注目を集めている。なぜ短時間勤務や急な休みに柔軟に対応し、リピート率90%という高品質なサービスを提供できるのか。数々の業界を渡り歩き、組織と人のあり方を根本から見つめ直した矢野氏に、起業の経緯と誰もが輝ける職場づくりの秘訣を聞いた。
異業種での経験が培った「人と向き合う」姿勢
ーーまずは、これまでのご経歴をお聞かせください。
矢野ひとみ:
もともとは短大で養護教諭の免許を取得したのちに、商社での営業事務を経てイベント業界に勤めていました。そこでは、コンパニオンの教育からイベントの企画・運営まで幅広く経験しましたが、次第に外見だけで判断される世界に対して違和感を抱くようになったのです。その後、多忙により体調を崩して休養期間を挟みました。その際、新聞の折り込みチラシで見つけた通信会社のコールセンターの短期アルバイトに応募したのです。
ーー短期のアルバイトから、どのようにキャリアを重ねたのですか。
矢野ひとみ:
任された業務でトップの成績を収め、正社員として登用されたことがキャリアの始まりです。最初は「1ヶ月半なら我慢して働ける」という軽い気持ちでした。当時は通信業界がアナログ回線から光回線へと移行する激動の時代であり、スーパーバイザーとして朝から晩まで必死に働き、さまざまな営業施策を考え抜きました。その結果、わずか1年半で部長にまで昇格したのです。
その後、事業の転換期などを経て、知人が経営する音響会社の自社ビルでコールセンター事業部を立ち上げましたが、会社の都合でビルを退去せざるを得なくなりました。それならばこれまでの経験を活かし、自らの手で理想の会社をつくろうと決意したのです。そうして1ヶ月半という短い期間で独立し、現在の会社を設立しました。
「13時までしか働けない」 一人の女性が教えてくれたこと
ーー「理想の会社」をつくる上でターニングポイントとなった出来事を教えてください。
矢野ひとみ:
外部企業の事業部としてコールセンターを運営していた頃のことです。ある近所の女性から突然「子どもが小さくて9時から13時まで、週3日しか働けないのですが、採用してもらえませんか」と電話がありました。それまではフルタイムで働ける人ばかりを採用していたので最初は驚きましたが、非常に話し方がしっかりしていたこともあり面接に呼びました。
その際、彼女は「この条件でも私を気に入ってくれたら採用してほしい」と真剣に直談判してきたのです。その覚悟を感じて実際に採用してみると、彼女は限られた4時間の中で必死に考え、勉強し、驚くべき成果を上げてくれました。「自分は何をすべきか、どうすれば最高のパフォーマンスを出せるか」を常に行動で示してくれたのです。
ーーその経験から、どのような気づきを得ましたか。
矢野ひとみ:
働くということを、時間の長さで評価してはいけないということに気づきました。それまでの私は、長時間働くことが当たり前だと思っていました。しかし、たとえ短くても、その時間内で最高のパフォーマンスを発揮するかが最も重要なのだと痛感したのです。世の中には、子育てや介護、夫の転勤など、働く意欲があっても働けない人たちがたくさんいます。そうした人たちが時間的な制約を理由に採用されないのは、社会にとっても大きな損失です。独立する際にはこの状況を徹底的に変え、意欲ある人を救い上げる仕組みをつくろうと固く決意しました。
ライフスタイルに合わせた勤務形態がリピート率90%を生む

ーー現在の勤務形態の特徴について詳しく教えてください。
矢野ひとみ:
弊社ではスタッフ一人ひとりのライフスタイルに合わせて、出勤や退勤の時間を柔軟に設定できるようにしています。たとえば、13時に退社する人もいれば、子どもの急な発熱や妊活などを理由に突然お休みを取る人もいます。また、配偶者の転勤や家族の介護などで一度退職しても、落ち着いたタイミングで復帰することを歓迎しています。重要なのは労働時間の長さではなく、限られた時間の中でいかに集中し、高い生産性を発揮できるかです。
私たちは時間で管理するのではなく人をしっかりと見ており、一人ひとりの個性や得意分野を分析し、それに合った業務を任せています。発信業務が得意な人もいれば、受電対応が得意な人もいます。パズルのピースを合わせるように、その人が一番輝ける場所を用意することが私の役割です。こうした取り組みが高く評価され、2023年には第22回女性起業家大賞の最優秀賞(日本商工会議所会頭賞)を受賞しました。
ーー柔軟な働き方と高いサービス品質を両立させる秘訣は何でしょうか。
矢野ひとみ:
お客様が求めていることを先回りして考え、全員が同じ高いレベルで対応できるよう徹底的に教育を行うことですね。コールセンターで働くにあたって大切なのは、相手の心情を理解すること。そして、美しい日本語に豊かな表情を乗せて対応する、血の通ったコミュニケーションです。
私たちは、単に数字を追うのではなく、「どういう言葉でアプローチすればよいのか」「どのような教育が必要なのか」を常に追求し続けています。その結果として、現在はお客様からのリピート率が約90%を超えました。現在は、電話による申込受付や問い合わせ対応、インサイドセールス、マーケティング支援など、多様な業務を受託しています。働きやすさを追求し、スタッフ一人ひとりのモチベーションを高めることが質の高いサービスへとつながり、そしてお客様の深い信頼を獲得することになるのです。
ーー最後に、今後の展望をお聞かせください。
矢野ひとみ:
誰もが自分のライフスタイルに合わせて、自由に働き方を選べる会社にしていくことです。会社を設立したこれまでの5年間は、女性が直面する健康問題や働きづらさに寄り添い、女性を中心とした組織づくりに注力してきました。しかしこれからは、男性や多様なバックグラウンドを持つ方々も含めていきたいと考えています。男性スタッフが加わることで、今後は平日だけでなく、夜間や土日の対応ができる体制も視野に入れています。
弊社では、特に年齢制限も設けていません。実際にスタッフの中には現在73歳の方がいて元気に活躍していますし、これまでには最高齢で76歳まで勤め上げた方もいます。長年のキャリアで培ってきたスキルを活かせる仕組みをさらに整えていく方針です。人生のさまざまなステージにおいて、誰もがキャリアアップを目指し、自己実現ができる環境をさらに広げていきたいと思います。
編集後記
60歳を前にして自らの理想とする組織を立ち上げた矢野社長。その言葉の端々からは、働く人々一人ひとりの人生に真摯に向き合う強い熱量があふれていた。「時間の長さではなく、時間内での生産性」という本質的な気づきを起点に、制約のある働き手たちの能力を最大限に引き出す手腕は見事としかいいようがない。年齢や性別、ライフスタイルにとらわれず、全員が自分のパズルピースを見つけられる株式会社シーダ。矢野社長が最前線でつくり上げる「誰もが輝ける場所」はこれからの日本社会における組織のあり方を示し、確かな希望と道筋を提供してくれている。

矢野ひとみ/1990年よりイベント業界で人材育成やイベントの企画・運営に従事。2000年にコールセンター業界へ転身し、事業部長・統括本部長として150席規模の組織運営や人材育成を担う。2011年にはコールセンター事業をゼロから立ち上げ、2021年に株式会社シーダを設立。人材育成や営業支援、女性活躍推進に取り組み、多様な働き方を実現する組織づくりを推進している。2023年、「第22回女性起業家大賞」最優秀賞(日本商工会議所会頭賞)を受賞。