※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

ニッポンハムグループの中で、ハムやソーセージをはじめとする加工食品の製造を担う日本ハムファクトリー株式会社。同社を率いる増田恒政氏は、大学で機械工学を専攻した後、食品業界へ飛び込んだ異色の経歴を持つ。製造の最前線である工場の現場からキャリアをスタートさせ、マネジメントの壁やシステム構築のプロジェクトリーダーなど、現場と経営の両面で豊富な経験を積んできた。同氏が掲げる「感動品質」への強いこだわりや、若手の挑戦を後押しする組織風土、そしてグローバルな視点を見据えた今後のビジョンについて詳しくうかがった。

現場からの出発とマネジメントの壁

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

増田恒政:
私はもともと大学で機械工学を専攻しており、自動車などの乗り物が好きでした。卒業後は生産技術などのものづくりに関わりたいと考えていましたが、当時は急激な円高の影響で機械メーカーの景気が良くありませんでした。そこで、業界を変えようと考え、需要が途絶えることのない食品業界を選びました。機械工学を学んだ人間が食品業界に進むケースは少なく、ある意味で重宝されて活躍できるのではないかと考えたことも、入社を決めた理由の1つです。

ーー入社後は、どのような業務からスタートされたのでしょうか。

増田恒政:
入社当初は生産技術職を希望していましたが、当時の工場長から「まずは現場を知らなければならない」と言われ、ソーセージをつくる最も前段の原料を扱う現場に配属されました。ものづくりにおいて、商品開発をするにしてもラインをつくるにしても、実際に作った経験がなければ始まりません。そのため、まずは現場でしっかりと揉まれながら学ぶことからスタートしました。

ーーご自身のキャリアの中で、一番のターニングポイントとなった出来事は何ですか。

増田恒政:
27歳の時に主任という役職に就き、包装の職場に配属された時のことです。そこには50人から100人ほどの従業員がおり、パートナーのベテランの方々を含め、私が一番年齢が下でした。プレイングマネージャーのような立場で現場に入りましたが、自分1人でバリバリと仕事をこなそうと思っても、広い職場では全く通用しませんでした。人をマネジメントすることの難しさを痛感した時期です。

ーー当時、どのようにしてその状況を乗り越えていかれたのでしょうか。

増田恒政:
定年間近の職人肌の大ベテランの方もいらっしゃいましたから、若造が偉そうに指示を出しても反発を招くだけでした。そこで、その方々のプライドを尊重し、気持ちよくモチベーションを保って頑張っていただけるよう、コミュニケーションの取り方を工夫しました。チーム全体が円滑に動くように働きかけることで、人はしっかりと応えてくれるのだということを学びました。この時に得たマネジメントの経験は、その後のキャリアにおいて大きな財産となっています。

システム構築と顧客の声から学んだ経営視点

ーーその後、どのような業務を経験されたのですか。

増田恒政:
31歳の時に、工場のコントロールタワーである本社の生産管理室へ係長として異動しました。現場から本社へ移ると、飛び交う会話が全く異なり、億単位の予算編成などを扱うため、最初はカルチャーショックを受けました。その後、異動してから2年後に、工場の基幹系システムであるERPの再構築プロジェクトが立ち上がり、私がそのプロジェクトリーダーを務めることになりました。当時はまだパソコンが1人1台行き渡り始めたばかりの時代でした。

ーー当時、どのようなやりがいを感じていらっしゃったのでしょうか。

増田恒政:
外部のシステム企業と連携し、1年ほどかけて要件定義や開発設計を行い、さらに1年かけて導入を進めました。係長時代に上司から大きな裁量を与えられ、仕事に没頭する環境ではありましたが、自分が納得するまでシステムをつくり上げることができるという点に非常に大きなやりがいを感じていました。現場の各工程の動きを管理するシステムに、さまざまな機能を盛り込んでいく過程は本当に楽しかったです。

ーーその後、お客様対応のご経験もされたとうかがいましたが、どのような学びがありましたか。

増田恒政:
食肉に関する過去の業界全体の大きな問題が発生した際、私自身も店頭での試食販売や、お客様サービスの電話対応を経験しました。厳しいお叱りの言葉をいただく一方で、激励してくださるお客様もいらっしゃり、深く胸を打たれました。お客様の生の声を直接聞いたことで、品質の重要性や、お客様からの信頼を裏切ってはいけないという思いを強く抱くようになりました。これらの現場と経営の両面を学んだ経験が、今の私の考え方の基盤となっています。

期待を超える感動品質とファクトリープライド

ーー貴社ならではの製造現場の強みは何でしょうか。

増田恒政:
私たちが追求しているのは「感動品質」です。単なる安全や安心の提供にとどまらず、お客様の期待を超える「美味しさの感動」をお届けしなければなりません。少し高い価格であっても、「これを買ってよかった」と心から思っていただける品質を実現することが、私たちの使命です。グループブランドの約束にもあるように、美味しさの感動と健康の喜びを分かち合うため、常に高いハードルを設定してものづくりに取り組んでいます。

ーー外部企業との競争において、どのような方針を持っていらっしゃいますか。

増田恒政:
BtoBの領域で外部企業様と商談をする際、価格競争で他社に負けることがあったとしても、品質や味では絶対に負けないという方針を貫いています。実際に、価格は他社よりも高くても「品質は日本ハムが一番良い」と評価していただくことも多くあります。この品質への徹底したこだわりこそが、私たちの誇りであり、決して譲れない部分です。

ーー社員の方々のモチベーションを高めるために、どのような言葉をかけていらっしゃいますか。

増田恒政:
従業員に対しては「ファクトリープライド」というスローガンを掲げています。これは決して天狗になることではなく、お客様から信頼され、褒めていただけるレベルにまで品質を高めることが、私たちの誇りであるという意味を込めています。このマインドを組織全体に浸透させることで、従業員一人ひとりが日々の業務に誇りを持ち、より良い商品作りに向かって努力する姿勢が育まれています。

社員の声に耳を傾け挑戦を後押しする組織風土

ーー経営者として最も大切にされている価値観を教えてください。

増田恒政:
一番は誠実であること、嘘をつかないことです。一度嘘をついてしまうと、後からほころびが大きくなり、取り返しがつかなくなります。また、社長という立場からの発言は、本人が思っている以上に強い指示として伝わってしまうことがあります。そのため、相手の言葉にしっかりと耳を傾ける「傾聴」の姿勢を常に意識しています。

ーー社員の声を拾い上げるための具体的な取り組みはありますか。

増田恒政:
正社員に対して「キャリアアップシート」という自己申告の仕組みがあり、自由記入欄を広く取っています。そこには仕事に対する思いだけでなく、将来のキャリアプランや悩みなども書かれており、私は従業員約500名分のシートを全て自分で熟読しています。社長が直接読んでくれるということで、特に若手社員はさまざまな熱い想いを書いてきてくれますね。その内容をしっかりとインプットし、彼らの挑戦機会や適切な人事異動に反映させています。

ーー若手社員の挑戦を促すために、どのような環境を提供されていますか。

増田恒政:
新しい食のカテゴリ創出については、20代の若手に思い切って任せています。たとえば、お肉を一切使わない一口サイズのトルティーヤなどの新商品を若手社員が開発し、外部の小売店様で先行販売して話題を集めるなどの成果が上がっています。私たちが口出しをして発想を制限するのではなく、失敗を恐れずに自由なアイデアでどんどん挑戦できる環境を提供することが、組織の成長につながると考えています。

ーー新入社員は入社後、具体的にどのような経験を通じて成長していくのでしょうか。

増田恒政:
入社する学生には、採用面接の段階から「最初は現場の泥臭いところからスタートする」と伝えています。どれほど優秀な大学を出ていても、現場に入れば最初は何もできません。ベテランの従業員に教わりながら、汗を流して現場の仕事を学ぶ期間を必ず設けています。こうした経験を通じて、周囲との接し方を覚え、挫折や共創を経て成長していくことが、ものづくりのプロフェッショナルになるための欠かせないステップなのです。

品質向上と業務効率化を両立するDXの推進

ーー工場における生産性向上のための最優先プロジェクトは何でしょうか。

増田恒政:
現在、最優先で取り組んでいるのは検品作業の効率化です。工場の人員の多くが検査や検品に携わっており、これをいかに減らしていくかが長年の課題でした。そこで、AIや高感度カメラ、X線検査機器などを積極的に導入しています。カメラで撮影した画像をAIに学習させ、良品と不良品を瞬時に判別させることで、品質向上と省力化を同時に推進することができるのです。検査機器に関する投資や優先順位は私が自ら判断し、積極的に進めています。

ーースタッフ部門での業務効率化については、どのような取り組みを行っていますか。

増田恒政:
スタッフ部門のデスクワークをいかに効率化するかという点で、進めているのが現場主導のDXプロジェクトです。2014年以降に入社した若手社員をリーダーに据えたプロジェクトチームを立ち上げ、外部の知見も取り入れながらスキルを向上させています。RPAなどを活用し、商品カルテの作成や配合表の転記作業など、これまで時間のかかっていた事務・管理業務の自動化を実現させました。

ーー取り組みの成果はどのように表れていますか。

増田恒政:
たとえば、これまで半日かかっていた作業が30分で終わるようになった事例もあります。また、品質保証の領域では、お客様からのお声やご指摘と、工場で日々行っている検査・分析のデータがシステム上で連携できるようになりました。これにより、どの製造ロットでどのような状態だったかを即座に逆算して確認でき、外部企業様からの問い合わせに対しても迅速かつ正確に回答できる体制が整っています。

新たな食の提案と世界で活躍するプロフェッショナル集団へ

ーー少し先の未来に向けて、どのような市場へのアプローチをお考えですか。

増田恒政:
日本の人口が減少していく中で、今後は在日外国人の方々やアクティブシニア層に向けた市場へのアプローチが重要になってくるでしょう。外国人の方々の食文化に合わせた商品の開発や、健康で元気な高齢者に向けて良質なたんぱく質を提供するなど、これまでの枠にとらわれない新たな食カテゴリの創出に取り組んでいきます。社会の変化に敏感に対応しつつ、私たちの強みを活かした提案を続けていきたいですね。

ーー今後、会社を担う人材にはどのような成長を期待していらっしゃいますか。

増田恒政:
グローバル展開に対応できる「ものづくりのプロフェッショナル人材」に育ってほしいと願っています。すでに日本の工場現場にも多くの外国籍の方がおり、多様な文化の中でのコミュニケーションはもはや日常です。若手社員の中には、語学力を活かしながら海外拠点への出張などで活躍している者もいます。今後、グループ全体で海外展開を強化していく中で、世界を舞台にマネジメントできる人材をどんどん輩出していきたいです。

ーー最後に、今後どのような人材とともに働きたいとお考えですか。

増田恒政:
何ごとにも前向きに取り組むチャレンジャーであり、同時に挫折を経験している方を求めています。順風満帆にエリートコースを歩んできた方よりも、部活動や受験などで壁にぶつかり、それを乗り越えてきた経験を持つ方のほうが、現場で粘り強く力を発揮してくれるでしょう。また、自分の意見を相手が誰であっても堂々と主張できる主体性を持った方と一緒に、これからも新しい挑戦を続けていきたいと思います。

編集後記

品質への一切の妥協を許さない「ファクトリープライド」。その根底には、現場での泥臭い経験やマネジメントの壁を乗り越えてきた増田社長の確かな裏付けがあった。自ら社員約500名分のキャリアシートを読み込み、若手へ大胆な権限委譲を行う姿からは、人材育成への並々ならぬ熱量が伝わってくる。AIやDXを駆使した最新の生産技術と、人の心に寄り添う温かなリーダーシップの融合。ものづくりの真髄を知る同社が、国境や世代を超えて新たな食の感動を創造していく未来が非常に楽しみである。

増田恒政/1964年、京都府出身。1987年、立命館大学理工学部機械工学科を卒業後、日本ハム株式会社へ入社。工場での勤務経験後に大阪本社、東京支社にてハム・ソーセージ事業部、生産管理室次長、管理統括室長を経て、2016年、日本ハムファクトリー株式会社代表取締役社長に就任。