※本ページ内の情報は2025年2月時点のものです。

古くから受け継がれてきた技術は、世間一般のイメージ以上に大きな価値を持つことがある。しかし、伝統だけを強みにして時代の変化を乗り越えるのは容易ではなく、他社の新商品や変化したトレンドの影響を受けて衰退する業界も少なくない。伝統を守るか、時代に合わせて進化するか。二者択一になりがちな場面で両方を選んだのが金崎製菓株式会社の代表取締役社長である佐藤喜昭氏だ。

「かりんとう」一筋で歩んできた老舗製菓会社を受け継いだ佐藤氏は、伝統を未来につなぐための革新に心血を注いできた。今回は佐藤氏に、革新を進める上での原動力と、今後の展望についてうかがった。

料理人から老舗製菓会社の社長への転身

ーー佐藤社長の経歴や金崎製菓株式会社に入社したきっかけについてお話しください。

佐藤喜昭:
弊社の社長であった叔父が急逝して後継者問題に直面した際、私に声がかかったことが、入社するきっかけでした。私の叔母が弊社の創業家に嫁いだ縁で、当時社長であった叔父とは幼少期から親しい間柄だったのです。

私は調理師学校の出身で、もともとは料理に携わる仕事に就きたいと考えていました。料理人の道を歩むことができたのです。マレーシアで和食料理店の経営にも携わり、日本に帰国した後も料理人として経験を積んでいました。後継者問題が浮上したときは、料理人として成長を実感していたため、大いに悩んだものです。最終的には料理の道を離れ、金崎製菓株式会社に入社しました。

ーー入社後に取り組んだことはなんですか?

佐藤喜昭:
社長就任を見据えて入社しましたので、会社の改革すべき点について常に考えを巡らせていましたね。しかし、弊社が扱うかりんとうについての知識はまったくの素人でしたので、一から学ぶべく就任までの間に開発や生産管理の現場を経験し、営業担当とも積極的にコミュニケーションをとりながら、必要な知識を吸収し、経験を積んでいきました。

その後、当初の予定通り社長に就任しましたが、幸先が悪く就任当時の弊社は赤字状態に陥っていました。経営者として最初に取り組むべきことは財務体質の改善だと考え、赤字を黒字に転換することを最優先課題としたのです。

かりんとうづくりを知らないことを逆手に取った開発戦略

ーー貴社の事業内容についてご説明をお願いします。

佐藤喜昭:
かりんとうの製造と、製造した商品のスーパーマーケットや問屋への卸売が主な事業です。また、全国各地のお客様に弊社のかりんとうをお届けするため、新商品の開発にも積極的に取り組んでいます。

ーー貴社の強みについてお聞かせください。

佐藤喜昭:
商品開発において、私がかりんとうの常識にとらわれていないことが最大の強みです。20年にわたる料理人としての経験を生かして、これまでになかった味わいやスタイルのかりんとうを開発し、市場での差別化を図っています。伝統的な製法にこだわりつつも、既存の枠組みにとらわれない発想を大切にしています。

かりんとうは流行に敏感な世代には馴染みの薄い商品ですが、業界全体としてもこの世代へのアプローチは不可欠です。弊社では、さまざまなフレーバーのかりんとうを製造し、特に女性のお客様から高い支持を得ることができています。年に数回実施するセールも好調で、売り上げは右肩上がりです。

ーー佐藤社長が大切にしている考えについてお聞かせください。

佐藤喜昭:
弊社に入社してくれた従業員には、できる限り長く安心して働いてもらいたいと思っていますので、「会社は従業員あってのもの」という信念を持ち、皆が意欲的に仕事に取り組めるよう、福利厚生の充実や職場環境の整備に力を入れています。

製造においては、「伝統」と「革新」を両立させることを基本理念とし、古き良き伝統を守るだけではなく、常に新しい視点を取り入れ、変化を恐れずにチャレンジする姿勢を大切にしています。温故知新の精神を忘れず、伝統を土台にしながらも新たな価値を生み出す商品開発を続けていきたいです。

自分と周りを信じて夢に向かってがむしゃらに

ーー今後の展望についてどうお考えでしょうか?

佐藤喜昭:
既存の従業員やこれから入社する人たちを大切にしながら、商品開発に注力し、新規顧客の開拓に力を入れる方針です。昨今の原材料費の高騰は避けられませんが、その影響に負けることなく、良質な商品を適正価格で提供することで利益率を高め、従業員とその家族がより良い暮らしを送れるようにしたいと考えています。

また、さらなる売上拡大を目指した販路の開拓も重要な課題です。その実現のために将来的には小売店を展開し、イベントへの積極的な参加を通じて、かりんとうの販売機会を広げていきます。その一環として、お子様向けのイベントも積極的に展開し、幅広い世代をターゲットにかりんとうの認知拡大と新規顧客の獲得を進めているのです。

さらに、菓子業界外への進出も視野に入れています。特に注目しているのはおつまみ業界で、コンビニの「おつまみコーナー」に並ぶようなかりんとうを開発し、パッケージデザインにも力を入れていく予定です。

ーー金崎製菓株式会社の社長としての目標について考えをお聞かせください。

佐藤喜昭:
かりんとうは嗜好品のため、一般食品と比べると購買優先度が低くなりがちですが、菓子業界そのものが廃れることはありません。お菓子売り場はワクワクする空間であり、私はその価値を守り続けたいと思っています。パッケージやネーミングにも工夫を凝らし、思わず手に取りたくなる商品を生み出し続ける会社にすることが、私の夢であり使命だと考えています。

ーー最後に、皆さんに伝えたいメッセージをお話しください。

佐藤喜昭:
夢を持って生きることはとても大切です。夢に向かって努力する過程を楽しめるようになると、どんな苦労も乗り越えられると思います。私も料理人時代は苦労の連続でしたが、続けていくうちにさまざまな技術が身につき、仕事そのものを楽しめるようになりました。

金崎製菓株式会社に入社してからも、その姿勢は変わりません。同じ志を持ち、共感して協力してくれる仲間が増えることで、より良いものを生み出す力が高まりました。「美味しいかりんとうを作りたい」「美味しいからもっと売りたい」という思いが従業員一人ひとりの原動力になり、利益が出れば、その分社員の待遇にも反映できる会社にしていきたいと考えています。

自分自身と周囲の人たちを信じることは、何よりも大切な信念です。どんなに高い目標でも、夢に向かってがむしゃらに挑戦する気持ちを持ち続けてほしいと思います。

編集後記

同じ「食」の分野でありながら、料理人としての経験とかりんとう製造はまったく異なる領域である。しかし、佐藤氏はその違いを強みに変え、商品開発の原動力とした。伝統に縛られず、革新を恐れない姿勢が新たな市場開拓を可能にし、支持される商品づくりにつながっているのだろう。

佐藤氏の「伝統と革新」の経営方針は、従業員の共感を得て着実に形となっている。この価値観を基盤として、老舗製菓会社としての新たな地位を確立する未来が楽しみだ。

佐藤喜昭/1978年東京都生まれ、専門学校卒。懐石料理の料理人を20年経験し、2017年に金崎製菓株式会社に入社。2019年に同社社長に就任。