※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

駅ナカという限られた空間と時間の中で、いかにして質の高い食のサービスを提供するのか。株式会社ジェイアール西日本フードサービスネットは、駅ナカの飲食店や駅弁販売、新幹線でのパーサー事業など、多角的な事業展開で人々の旅と日常を支えている。同社を率いる小林卓社長は、民営化直後のJR西日本に入社し、阪神・淡路大震災の復旧交渉や大規模な店舗転換プロジェクトなど、数々の修羅場を乗り越えてきた。長年の現場経験から導き出された「合理的な思考」の重要性と、サービス向上の鍵となる組織づくりの全貌に迫る。

民営化直後の入社と 震災復旧交渉で学んだ対話の重み

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

小林卓:
私は岡山県の出身で、大学卒業後の1991年に西日本旅客鉄道に入社しました。当時はバブル経済の只中で、金融機関などが人気を集めていましたが、私は東京一極集中ではなく、地方である西日本エリアの発展に貢献できる仕事に就きたいと考えたのです。入社後は京都駅での現場経験を経て、2年目からは駅ビルや高架下などの開発業務に携わりました。当時は国鉄が民営化されて間もない時期で、私鉄の経営を見習い、民間企業として生活関連の事業を開拓していこうという機運が高まっていた時代でした。

ーー入社数年後に直面されたという、震災でのご経験について教えてください。

小林卓:
1995年の阪神・淡路大震災は、私にとっても非常に大きな経験でした。当時、甚大な被害を受けたJR神戸線の早期復旧を進めるにあたり、三ノ宮から元町にかけての高架下で商売をされている店舗の方々にいったんご退去いただく必要があったのです。戦後から商売を続けてこられた商店主の方々に対し、補償などの説明を行いながらご協力を仰ぐという、非常に難しい交渉を約1年間にわたり担当しました。お店の再開も見通せない不安な状況の中、普段はお付き合いのない方々と正面から向き合い、対話を重ねた経験は、その後の社会人人生において大きな糧となりました。

ーーその後のプロジェクトでは、どのような業務に携わられたのでしょうか。

小林卓:
グループ再編に関わる仕事などを経て、物販事業を行う会社へ出向しました。そこでは、自社ブランドのコンビニエンスストアとキヨスクの物流網を統合し、常温とチルドの巨大な物流センターを立ち上げるという大規模なプロジェクトを6年がかりで完遂しています。その後、開発部門などを経て再び物販の会社へ戻ると、今度は西日本エリアの約400店舗をすべて大手コンビニエンスストアへ転換するというミッションを任されました。当初5年計画と言われていましたが、既存の取引先との関係や物流網の整理を急ぐため、前倒しして3年で全店転換を成し遂げています。

「QSCA」の徹底で 駅ナカの飲食・駅弁事業に新たな価値を

ーー現在の貴社の主な事業内容について教えてください。

小林卓:
大きく分けて3つの柱があります。1つ目は、駅ナカでの蕎麦屋や喫茶店、レストランなどの飲食事業。2つ目は、全体の売上高の4割近くにのぼる駅弁の販売事業です。そして3つ目が、新幹線のグリーン車などでサービスを提供するパーサー事業になります。これらに加え、子会社として「デリチュース」というチーズケーキの製造販売も手がけており、大阪のお土産として非常に有望なコンテンツに育ってきました。

ーー飲食事業において、貴社ならではの強みはどのような点にあるとお考えですか。

小林卓:
駅ナカの飲食店を利用されるお客様は、基本的には移動を前提としており、ほとんどのケースで時間に余裕がありません。そうしたクイックサービスが求められる環境では、素早さが最優先され、接客の愛想がおろそかになりがちです。そこで私たちは、「QSCA(クオリティ、サービス、クレンリネス、アトモスフィア)」の向上に強くこだわっています。素早く美味しいものを提供するだけでなく、高いサービスレベルと心地よい雰囲気を感じていただけるお店づくりを徹底しており、この点でも強い自負を持って努めているのです。

ーー好調な駅弁事業では、どのような新しい取り組みをされているのでしょうか。

小林卓:
駅弁事業は現在、非常に成長している分野です。従来の駅弁は、その土地の駅で地場のものを売るというスタイルが基本でした。しかし私たちは「にぎわい」というコンセプトのもと、全国各地の多様な駅弁を一箇所に集めて販売する店舗を展開し始めました。百貨店の駅弁大会のようなワクワク感を日常的に味わえる仕組みです。この事業において、これまでFAX中心だった発注業務のデジタル化を進めました。さらに、クーポン付きのアンケートで集まった膨大なお客様の声をAIで分析・整理し、客観的な課題発見につなげるDXの取り組みを全社へと広げています。

バリューカードがもたらす組織の変化と 離職率の低下

ーー「ミッション・アンド・バリュー」の浸透について、施策を教えてください。

小林卓:
私たちが提供するサービスのコンセプトとして「暮らしと旅をもっと素敵に」というミッションを掲げています。これを体現するため、1〜2年ほど前から「バリューカード」という取り組みを始めました。これは、たとえば「安心・安全をしっかり守ってくれたね」など、現場のスタッフがバリューを体現する行動をとった際に、従業員同士でカードを渡して称賛し合う仕組みです。現在、月に400枚ほどのカードが社内で流通しており、一人ひとりが自発的に良いサービスを作ろうというポジティブな文化が定着しつつあります。

ーーその取り組みは、組織にどのような変化をもたらしたのでしょうか。

小林卓:
飲食業において、現場を支えるパートナー(パート・アルバイト)の方々の定着は最大の課題です。短期間での離職が続くと、教える側の負担が増え、サービスレベルも上がりません。しかし、バリューカードを通じて一人ひとりの頑張りがしっかり評価され、伝わるようになったことで、これが隠れた離職防止策として機能し始めました。実際に、ここ最近で離職率が数パーセント低下するという成果も出ました。スタッフが誇りを持って長く働ける環境をつくることが、結果的にサービスの質を上げ、売上高の向上につながるという好循環が生まれつつあります。

考える力を武器に 西日本エリアの旅と日常を支え続ける

ーー今後の事業展開について、どのような展望を描かれているのですか。

小林卓:
まずは、現在提携を進めている大手コーヒーチェーンの店舗数を、西日本エリア全域を視野に入れてしっかりと増やしていきたいですね。また、駅弁事業については、全国の駅弁を集める物流網を活かし、地方の主要駅へも展開していくチャレンジを進めます。新幹線のパーサー事業に関しても、グリーン車の個室化やモバイルオーダーの導入など、サービス内容が大きく変化していく中で、お客様により高い付加価値を提供できる体制を強化していく方針です。

ーー最後に、今後どのような人材と共に働きたいとお考えでしょうか。

小林卓:
前提として、サービス業ですので「人が好き」であることが大切です。その上で、私が強く求めているのは「合理的な思考」を身につけた方だといえますね。上から言われたからただ作業をこなす、という「やらされ感」では人は成長しませんし、結果も出ません。何が目的で、どのような選択肢があり、どう実行すれば周囲がついてくるのか。こうしたプロセスを粘り強く考え抜くことができる方であれば、企業を牽引する力になり、ご自身の大きな成長も待っているはずです。そうした思考を持った方々と共に、より良いサービスをつくり上げていきたいですね。

編集後記

駅ナカという特異な環境において、スピード感とホスピタリティの両立を目指す株式会社ジェイアール西日本フードサービスネット。その根底には、小林社長が震災復旧交渉や大規模な店舗転換など、数々の困難な現場で培ってきた「徹底した対話と合理的な思考」がある。バリューカードというアナログな称賛の仕組みと、AIによる客観的なデータ分析。人間の温もりとデジタルの利便性を巧みに融合させながら、同社はこれからも西日本エリアの人々の旅と日常を豊かに彩り続けていくことだろう。

小林卓/1968年、岡山県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、1991年に西日本旅客鉄道株式会社に入社。2004年に株式会社ジェイアール西日本デイリーサービスネットへ出向し、2010年には創造本部サブリーダーを務める。2022年、株式会社ジェイアールサービスネット岡山の代表取締役社長に就任。2025年、株式会社ジェイアール西日本フードサービスネットの代表取締役社長に就任。