※本ページ内の情報は2026年5月時点のものです。

1988年に外食チェーン「京樽」に入社し、現場の店長として倒産を経験。その後、吉野家ホールディングスの傘下で再建に奔走し、商品本部長や社長を歴任した人物がいる。激動のキャリアを経て、2025年に株式会社銚子丸の代表取締役社長に就任した石井憲氏だ。同社は職人を全店に配置し、独自の「グルメ系回転寿司」として異彩を放っている。効率化や機械化が進む業界で、あえて「人」に投資し、良質な外食体験を追求する真意とは何なのか。波乱万丈な経歴から得た学びと、銚子丸が描く未来のビジョンについてうかがった。

倒産と事業再編 激動のキャリアで培った「食へのこだわり」

ーーまずは、貴社に入社される前の経歴について教えていただけますか。

石井憲:
1988年に、お持ち帰り寿司やファミリーレストラン事業を展開していた株式会社京樽に入社しました。当時は海外のレストランチェーンの買収なども行い、非常に元気のある会社で、未来を見据えた時にいろいろな仕事ができるのではないかという思いで扉を叩いたのです。入社後はレストラン部門に配属され、現場で店長を務めておりました。しかし、1997年に会社が倒産し、会社更生法の申請を行う事態を迎えます。

私は当時も現場の店長でしたが、これは大きなターニングポイントでしたね。同期の退職や他社からの引き抜きなどもありましたが、お店は残って営業を継続する方針でしたので、私は店長として引き続きお店を守る決意を固めました。取引先の魚屋さんや八百屋さんから、「今日は伝票のツケじゃなくて現金じゃなきゃ売っちゃいけねえって言われているんだよ」と迫られるなど、現場がドタバタする騒ぎも起きました。ただ、本業の負債ではなくバブル期の不動産投資の失敗が原因だったため、会社に残って頑張ろうという思いを抱いていました。その後、吉野家ホールディングスの傘下に入り、再生を目指していくことになります。

ーー吉野家グループでの経験はその後のキャリアにどう影響したのでしょうか。

石井憲:
私自身も1年間、株式会社北日本吉野家で働きました。同じ外食チェーンでも、売るものが違えば会社の歴史や風土、こだわりも全く異なることを肌で学びました。特に印象的だったのは、シナジーを生むための商品部統合の時です。同じ米だから一緒に仕入れた方が良いという話になるのですが、牛丼に合う米と、お寿司に合う米は全く違います。吉野家はタレ通りがよい米を研究し、一方で京樽はテイクアウト用と店内飲食型で米やお酢の設計を変えていました。製造から喫食までの時間が長いテイクアウトにおいて、どういう寿司飯が最適かを突き詰めて研究していたのです。同じ米飯事業でも、それぞれが持つ食材へのこだわりは全く違うのだと身をもって経験しました。

その後、2016年に商品本部長を務め、自社の炊飯工場や物流の最適化にも携わりました。ドライバー問題を含め、いかに効率的に運ぶかという物流問題にも向き合いましたね。

ーーそこから貴社へ移られたのは何故でしょうか。

石井憲:
社長就任後、コロナショックという非常に厳しい状況が重なりました。その中で模索を続けていましたが、親会社が吉野家ホールディングスから、スシローブランドを持つ株式会社FOOD & LIFE COMPANIESに変わることが決まりました。

また、本社が東京と大阪で分かれており、社内調整など悩ましい部分もありました。そうしたやり取りが一巡して落ち着いたタイミングで、一旦卒業という形をとり、ご縁があって銚子丸へ入社することになったのです。

「劇団員」がつくり出す感動 銚子丸が提供する良質な外食体験

ーー入社後に感じた、貴社の課題や強みについてお聞かせください。

石井憲:
社長室長として入社し、まずは社内のさまざまな会議に出席して、部門長のリーダーシップの取り方や組織の決め方を観察しました。銚子丸はもうすぐ50周年を迎えますが、トップダウン式の組織から脱却し、「属人的な力」から「仕組みの力」へと進化させる必要があると感じたのです。個人の直感や判断に頼るのではなく、会社が健全に回るガバナンスと再現性のある意思決定プロセス構築のステージに入らなければなりません。3代目の社長として、現在もその変革を牽引している最中です。

その上で最大の強みだと感じたのは、やはり職人が全店にいる「人財力」と「調理技術力」です。もともと100円均一のグループとは異なり、お皿ごとに価格帯を設けて付加価値のある商品を売る「グルメ系回転寿司」という立ち位置で戦ってきましたから、食材を磨き上げる力が社内に根付いていました。

ーー貴社ならではの店舗運営の独自性について教えていただけますか。

石井憲:
銚子丸では、お店のことを「舞台」、働く従業員の方を「劇団員」と呼んでいます。お店には「4役」と呼ばれる役職者がいて、店舗運営のすべてを仕切る「店長」、握り場の責任者を「座長」、調理技術のスペシャリストを「料理長」、そしてホールのサービス全般を担う「女将」がいます。

この独自のモデルが非常に特徴的です。弊社の経営理念には、「私達の『真心』を提供し、お客様の『感謝と喜び』を頂くことを私達の使命と致します」という言葉があります。たくさんのお寿司を売って儲けるという話ではなく、真心を込めた良質な外食体験を提供することで事業が成り立っているという考え方を、大切にしています

ーー機械化や効率化が進む中であえて接客に力を入れているのは何故ですか。

石井憲:
人手不足の中でDXや機械化に振り、入店から退店まで人と会話しない外食チェーンも増えてきていますが、私たちはそのスタイルとは異なります。「今日銚子丸に来てよかった」と感じていただける良質な外食体験を提供するためには、やはり弊社独自の「人による接客」が不可欠だと考えているからです。たとえば、お客様の前で焼き上げた、熱々の玉子焼きをおすすめしたり、魚を捌く職人が解体ショーなどのパフォーマンスを行ったりします。

また、オリジナリティのある商品を豊洲からお店ごとに調達できる力も強みです。商品部のバイヤーが豊洲市場で買い付けた鮮魚が当日のオープン前に届き、店長が「こんなお魚が届きました!」とお店ごとにオリジナリティのある販売をしています。全国に600〜700店舗あるチェーンでは難しいことでも、弊社の規模であれば小回りが利くため、店舗独自のメニューやイベントが可能なのです。

人財への積極投資と「働き方改革」がもたらす好循環

ーー良質なサービスを支えるための、人財への投資や環境づくりについて教えてください。

石井憲:
以前の銚子丸は長時間労働が当たり前でしたが、前社長の時から働き方改革を推進し、人財への投資を積極的に行なっています。営業時間を短くして、今は11時オープン、21時閉店という形にしています。さらに、年間公休日数を増やし、店舗一斉休業日などを設けて働きやすさにも気をつけています。

実は、年に6回、3連休の休業日を設けています。お客様にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、従業員がリフレッシュ休暇を取りやすい環境をつくることで4〜5連休を取ることも可能になりました。一度辞められた方が「働きやすくなった」と戻ってきてくれることもあります。

ーー従業員への教育面でのサポートはいかがでしょうか。

石井憲:
現在、さらに人財戦略を強化するため、人財戦略本部を立ち上げて教育を拡充しています。たとえば、未経験の中途入社の方に向けては、安心して働けるよう弊社の研修店舗へ入っていただき、魚のおろし、握りなどの練習ができる環境をつくりました。これにより、お寿司の基礎を学べる取り組みを推進しています。

また、評価制度の見直しも進めています。何をどう頑張れば評価され、処遇に反映されるのかという新人事制度をつくり、やりがいを持って長く働ける会社にしていきたいと考えています。そうした取り組みの成果もあり、アルバイトから社員になってくれる方も増えています。女性の店長も誕生しており、性別や経験を問わず活躍できる土壌が整いつつあります。

さらに、未経験からでも「100日で職人を確立する仕組み」の構築を目指しています。たとえば、握りや仕込み、所作などを動画で学べる環境も整備しました。また、2025年の11月には弊社の強みである職人の技術力を生かして鮪解体ショーのギネス記録を達成し、従業員の大きな自信につながりました。こうした確かな技術力の裏付けと充実した教育体制があるからこそ、安心して挑戦することができました。

「握り寿司」の価値を再定義し国内外の新たなステージへ

ーー今後5年後や10年後に向けてどのようなビジョンを描いていますか。

石井憲:
まずは国内既存店舗の強みを改めてちゃんと打ち出し、「銚子丸ブランド」を徹底的に磨き上げることです。現在展開している1都3県での出店余地を検討するとともに、千葉県出身のブランドとして他県への出店も視野に入れています。

また、社内では「私たちはロボットでシャリにネタを乗せているのではなく、職人が握っている『握り寿司』なんだ」とプロ意識の徹底を働きかけています。銚子丸の強みを徹底的に磨き上げ、”握り寿司”という価値を、お客様に伝え感じていただくことを大切にしています。

ーー既存店への拡充や新たな業態へチャレンジされる予定はあるのでしょうか。

石井憲:
2026年2月にオープンした「すし銚子丸 Shinjuku 新宿サブナード店」は、既存店の拡充における新しいチャレンジの1つです。これまでの郊外ロードサイド型とは異なり、都心の施設内に出店しました。入り口付近には立ち寿司に近いカウンター席、奥にはレーンがある「ハイブリッド型」の店舗で、シャリには千葉県産のブランド米「多古米」を使用し、すしネタでは勝浦産金目鯛、銚子産つぶ貝など千葉県産の食材にこだわりを強めています。おかげさまで非常に好調で、都心のお客様にブランドを知っていただくよいきっかけになっています。

そして新業態へのチャレンジとしては、2025年12月30日に米国カリフォルニア州ハンティントンビーチに「SUSHI NIGIRIBA」がオープンしました。これは、弊社とロイヤルホールディングス株式会社、双日株式会社の3社で2024年3月に設立した現地法人によるものです。店内の客席はすべてカウンターで、目の前で握る臨場感の高い、お寿司を提供しています。国内市場が縮小していく中で、海外でのチェーン展開のノウハウを蓄積し、今後も成長していきたいと考えています。

ーー最後に、読者へのメッセージをお願いします。

石井憲:
今後さらに事業を拡大していくために、採用もしっかりしていく必要があります。外食産業は、まさに人財産業です。数ある選択肢の中から銚子丸を選び、お金を使っていただくからには、「今日来てよかった」「大事な人に紹介したい」と言われるような感動体験を提供しなければなりません。そのためにも、未経験者や女性、さらには外国人の方々も含めて、広く人財を迎え入れたいと思っています。

充実した教育システムと働きやすい環境を用意していますので、ぜひ安心して銚子丸の扉を叩いてほしいですね。私たちの舞台で、一緒にお客様へ喜びを届ける「劇団員」として活躍してくれる方をお待ちしています。

編集後記

激動の飲食業界において、倒産や買収劇という荒波を乗り越えてきた石井氏。その経験の根底にあるのは、揺るぎない「食への探求心」と「現場を支える人へのリスペクト」だ。効率化が叫ばれる現代において、あえて職人の技術やライブ感といった「非効率」な価値に投資する銚子丸の姿勢は、単なる食事を超えた“エンターテインメント”を生み出している。「外食産業は人財産業」と言い切る石井氏の舵取りのもと、老舗グルメ系回転寿司が国内外でどのような新たな航海を見せるのか、今後の飛躍から目が離せない。

石井憲/1965年12月26日生まれ。1988年4月に株式会社京樽へ入社後、2016年3月に執行役員商品本部長を務める。2018年9月、株式会社吉野家ホールディングス執行役員および株式会社北日本吉野家代表取締役社長に就任。2019年9月には株式会社京樽の代表取締役社長に就任。2023年9月に株式会社銚子丸へ入社し、社長室長、2024年8月取締役副社長を経て、2025年5月より代表取締役社長(現任)。