※本ページ内の情報は2026年10月時点のものです。

1662年の創業以来、長野県諏訪の地で酒造りを営む宮坂醸造株式会社。全国で広く使われる「七号酵母」発祥の蔵として知られ、銘酒「真澄」は長きにわたり愛され続けている。現在は、先人たちが築いた確かな品質を基盤に、世界市場への進出やツーリズム拠点の形成など、業界の枠にとらわれない挑戦を続ける。伝統を重んじながらも次世代の感性を取り入れ、常に革新を追求する代表取締役の宮坂直孝氏に、同社が掲げる「4つの夢」と未来への展望を聞いた。

「七号酵母」の発見と急成長 先人たちが築いた真澄の原点

ーーまずは、貴社のこれまでの歩みと歴史について教えてください。

宮坂直孝:
弊社の創業は1662年ですが、江戸時代は小規模な酒蔵にとどまっていました。大きな転機となったのは、1920年代に祖父が20代の若さで蔵を継いだ時です。当時の経営は大変厳しく、酒造りも素人だった祖父は、同年代の職人(杜氏)と共に全国の酒蔵を巡り歩きました。そこで広島のある酒造の技術を学び、それを持ち帰って設備や技術を改良し続けたのです。その結果、1940年代には全国の品評会で1位を獲得し、蔵からは後に全国の酒造りで広く使われる技術的基盤となる「七号酵母」が発見されました。

ーーその後、お父様の代でさらなる飛躍を遂げられたのでしょうか。

宮坂直孝:
酒造りの職人だった祖父に対し、父は販売に力を入れました。大規模な広告宣伝を展開し、八ヶ岳(富士見)に新たな工場を設立するなど、県内市場で圧倒的なシェアを誇るまでに会社を急成長させました。しかし、私が1980年代に入社した頃、長野県内では広く認知されていたものの、東京や県外市場の開拓には遅れをとっていました。東京での営業を通じて全国の名だたる酒蔵と接する中で、このままではいけないと強く課題意識を持つようになったのです。

フランスでの衝撃とVINEXPOの洗礼 世界基準への挑戦

ーー東京進出の後、海外へも目を向けられたきっかけは何だったのですか。

宮坂直孝:
1990年代半ばになり、地酒ブームが落ち着きを見せ始めた頃、知人の紹介でフランスのワイナリーを視察する機会がありました。そこで大きな衝撃を受けたのです。彼らは品質の見直しはもちろん、ワイナリーを観光拠点化する「ツーリズム」や「海外輸出」に真剣に取り組んでいました。これを機に、私たちもこの3軸を経営テーマに設定しました。1999年からは20年間にわたり、プロが集まる世界的な展示会「VINEXPO(ヴィネクスポ)」への出展を始めました。厳しい評価を受けながらも、味やパッケージの改革、そして国際人材の採用を進め、ガラパゴス化からの脱却を図りました。

ーー現在、ご子息への事業承継を進められる中で、意識されていることは何でしょうか。

宮坂直孝:
数年前から、息子の世代の感性を取り入れ、商品の味やデザイン、売り方といったリブランディングを任せています。時代の変化に寄り添うためには、次世代の考えを尊重することが重要だからです。ただし、これまでの歴史の集大成として私が整理した「4つの夢」だけは堅持してほしいと伝えています。それは「日本一旨い酒をお届けしたい」「人々の食卓を和やかにする」「諏訪を楽しく賑やかにする」「日本酒を世界水準に進化させる」という、弊社の根幹となる理念です。

「4つの夢」を軸に描く 食卓の豊かさと地域共創の未来

ーーその「4つの夢」を実現するための具体的な戦略について教えてください。

宮坂直孝:
まず「旨い酒をお届けする」ために、休止中の諏訪蔵を復活させ、需要が高まるスパークリング日本酒などの量産体制をハード面や人手も含めて強化したいと考えています。また、酒はただ造るだけでなく、私たちの理念を共有できる小売店やパートナー企業と協力し、お客様の元へ適切にお届けすることが不可欠です。「食卓を和やかにする」という点では、派手なことではなく、料理に寄り添い、食事の時間を豊かにする品質を追求しています。ゆくゆくは、直営ショップに加えて、食卓の魅力を体感していただけるレストランを展開していきたいですね。

ーー地域社会や海外市場に対しては、どのような展望を描いているのでしょうか。

宮坂直孝:
「地元である諏訪を賑やかにする」ために、地域の他酒蔵や発酵文化を持つ企業と連携し、ツーリズムを通じた地域経済の循環に貢献したいと考えています。目指しているのは、世界中から諏訪へ足を運んでいただき、町全体が楽しくなるような仕組みづくりです。海外展開においては、アメリカを中心にしつつ、ヨーロッパ市場への本格展開を進めています。世界に学び、常に国際競争に耐えうる商品とブランドを育てていく。この志を持ち続け、日本酒の枠を超えた新しい価値を創造し続けていきます。

編集後記

幾多の困難を乗り越え、時代ごとに変革を遂げてきた「真澄」。その裏には、先人たちの血のにじむような努力と、常に外の世界へ飛び出し学び続ける姿勢があった。特に、フランスのワイナリー視察から持ち帰った「品質・ツーリズム・輸出」という軸は、日本酒業界の旧態依然とした常識を打ち破る原動力となっている。自社の利益にとどまらず、食卓の豊かさや諏訪地域の活性化までを見据える「4つの夢」は、次世代へと確実に受け継がれ、日本酒の世界的な進化を牽引していくに違いない。

宮坂直孝/1956年、長野県諏訪市生まれ。慶應義塾大学商学部卒。米国ワシントン州ゴンザガ大学にてMBA取得。2004年、香港に子会社を設立。2016年まで諏訪商工会議所副会頭や日本吟醸酒協会理事長を務めるなど、海外進出や観光振興、日本酒業界の発展にも尽力。2022年に長野県酒造組合会長に就任、長野県の酒蔵のイメージアップに取り組む。趣味は老舗巡り、カヌー、読書、登山など。清酒「真澄」蔵元・宮坂醸造株式会社代表取締役。