
株式会社DDグループは、1996年の創業以来、圧倒的な企画力とエンターテインメント性を武器に、外食産業に新たな旋風を巻き起こしてきた。現在は飲食事業にとどまらず、アミューズメント施設やホテル事業など多岐にわたるブランドを展開し、常に時代の一歩先を行く価値を提供し続けている。同社の代表取締役社長 CEOであり、主要事業会社である株式会社ダイヤモンドダイニングの代表取締役社長を務める松村厚久氏は、自身の難病や未曾有のパンデミックという幾多の試練に直面しながらも、グループを力強く牽引してきた。創立30周年という大きな節目を目前に控え、非公開化(MBO)という大きな決断を下した同社。そこには「原点超越」を掲げ、さらなる高みを目指す強烈な覚悟がある。次なるステージへと向かう松村氏に、これまでの歩みと未来への展望をうかがった。
試練を乗り越えた「執念」と人を大切にする経営
ーーDDグループ創業から30年を振り返り、最大の転機となった出来事は何でしたか。
松村厚久:
この30年間で大きな困難はいくつもありましたが、私にとって最大の転機となったのは、2006年に若年性パーキンソン病と診断されたことです。当時は治療法のない難病と真正面から向き合うことになりましたが、私は「神様は乗り越えられない試練は与えない」という考えに至りました。トップである私が前線から退くことなく、病気に立ち向かいながら走り続ける姿を背中で見せることで、全社員の士気が高まり、組織がより強固になっていったと感じています。
そして、もう一つの大きな試練が、正解がまったく見えないコロナ禍(新型コロナウイルスのパンデミック)でした。本気で会社が立ち行かなくなるのではないかと危ぶむほど苦しい時期でした。しかしわたしたちは、まずは事業の足場を固めることを最優先に考えました。具体的には、当時進めていたハワイなどの海外展開を一度見直し、私たちが最も強みを持つ国内事業、特に東京へ注力する決断を下したのです。あわせて固定費の削減などを徹底し、DDグループが揺らぐことのない無駄のない「筋肉質な経営体制」へと組織を再構築したのです。パーキンソン病、そしてこのコロナ禍という大きな危機を乗り切ったことが、現在の私たちの確固たる基盤につながっています。
ーー困難を乗り越えた中で、ご自身が経営において最も大切にされている信念は何ですか。
松村厚久:
私が経営において最も大切にしているのは、何よりも「人を大切にする」姿勢です。病の発覚後は、本当に多くの方々から温かいご支援をいただき、人のつながりに幾度となく助けられてきました。だからこそ、コロナ禍で会社の存続が危ぶまれた際にも、真っ先に考えたのは、社員一人ひとりとその家族の生活を絶対に守り抜くということでした。
また、故郷である高知県への恩返しとして「よさこい祭り」に参加し続けるなど、これまで支えてくださったすべての方々への感謝が、私の経営の原点にあります。その感謝を胸に、自らの限界を定めず理想を徹底的に追い求める「執念」を持ち続けること。途中で諦めず、退路を断って自らの手で正解にしていく気合と覚悟があったからこそ、今日まで挑戦を続けてこられたのだと確信しています。
エンターテインメント性を追求する圧倒的な店舗企画力

ーー多様なブランドを展開する貴社ならではの強みや、こだわりを教えてください。
松村厚久:
私たちはレストラン、居酒屋などの飲食事業にとどまらず、ビリヤードやダーツといったアミューズメント事業、さらにはホテルなど、さまざまな事業を展開しています。中でも空間づくりや演出を含めた総合的なプロデュース力は、他社には決して負けない絶対的な強みだといえるでしょう。単に効率や利益だけを求めて同じチェーン店を増やすのではなく、そのとき、その場所で求められているお店をゼロから生み出していくのが私たちのスタイルです。
お客様が心の底からワクワクするようなエンターテインメント性を追求し、私たち自身が本気で楽しめるか、カッコいいと思えるかどうかも重要な判断材料にしています。今後も世の中に対して驚きと感動を与える新しい価値を提案し続ける方針です。
ーーニーズを捉えた斬新な店舗を生み出すための人材育成についてお聞かせください。
松村厚久:
手取り足取り教えるような、マニュアル通りの人材育成はまったく行っていません。基本的には「好きなことをやれよ」と伝え、現場のスタッフに大きな裁量を与えて権限委譲をしています。代表の私からああしろこうしろと細かく指示を出すのではなく、現場の人間が自ら考え、アイデアを出し合いながらクリエイティブをつくり上げていくのが私たちの社風です。
時代の変化が激しい中では、若い世代の感性や現場の肌感覚が非常に重要になります。そうやって一人ひとりが自分の力を存分に発揮し、責任を持ってお店をつくり上げることができる環境があるからこそ、時代に合った魅力的な店舗をスピーディーに生み出せているのだと思います。
「原点超越」を胸に挑む新たなステージと攻めの業態開発
ーー連続してオープンされた店舗の特徴や、新たな事業への挑戦について教えてください。
松村厚久:
今年の7月と8月に連続で、これまでにない新しいブランドの店舗をオープンさせました。まず7月には、東京・銀座の一等地に、定額制で好きなものを心ゆくまでお召し上がりいただき、お好きなドリンクを楽しんでいただける新しいスタイルの店舗「銀座 恣時(SHIJI)」を展開しました。続いて8月には、品川に目の前の囲炉裏で焼き上げる炉端焼きの店舗「炉端会席 KAKU 品川」をオープンしています。単に食事を提供するだけでなく、焼き上げる音や温度感、香り、そして料理人との会話といった「体験価値」を存分に楽しんでいただけるお店になっています。
さらに、DDグループ創業から30年経った今だからこその新しい挑戦として、中食事業にも本格的に注力し始めました。渋谷スクランブルスクエアに、焼き鳥とお弁当の店「YAKITORI STAND IPPON (ヤキトリ スタンド イッポン)」を出店しました。本格的なたれ焼き鳥や、惣菜のテイクアウトと立ち飲みを気軽に楽しめる、新しいスタイルの焼き鳥店です。今後は組織的に専門の事業部を立ち上げ、中食事業にもさらに力を入れていく予定です。
ーー今後のビジョンや次なるステージへ向けたメッセージをお願いします。
松村厚久:
これまで私たちは、飲食業の社会的地位をメーカーや金融機関と同等に引き上げることを一貫して目指してきました。そして創立30周年を迎えるにあたり、「原点超越」というテーマを掲げています。今回、MBOを実施して非公開化に踏み切ったのも、決して守りに入ったわけではなく、次のステージへ上がるための「攻めの意思決定」です。短期的な株式市場の評価や四半期業績のプレッシャーに左右されることなく、より迅速かつダイナミックに、私たちが思い描く理想を追求するためです。
過去の成功体験をはるかに超え、日本にとどまらず世界中に熱狂的な歓喜を呼び起こすような、攻めのブランド創出を打ち出していきます。創業30周年の今年、これを一つの大きな区切りとして、「原点超越」の言葉を胸に、社員一丸となって気合を入れ、限界を超えていきます。
編集後記
難病や未曾有のパンデミックという、企業存続を揺るがすほどの大きな試練に直面しながらも、決して諦めることなく前を向き続けてきた松村氏。インタビューの中で語られた「退路を断って自らの手で正解にしていく」という言葉には、これまでの壮絶な道のりを自らの力で切り拓いてきたトップとしての、並々ならぬ覚悟が滲んでいた。利益や合理性だけでなく、「自分たちがワクワクするか」「カッコいいか」を基準に理想を追求し続ける強烈な執念。そして、社員や関わるすべての人を家族のように大切にする温かさ。その両輪が力強く回っているからこそ、同社は多くの人々を魅了するエンターテインメント空間を生み出し続けているのだろう。MBOという大きな決断を下し、「原点超越」を合言葉にさらなる高みへと駆け上がる同社。圧倒的な熱量で次なる挑戦へと向かう未来からは、決して目が離せない。

松村厚久/1967年生まれ、高知出身。大学在学中に「サイゼリヤ」でアルバイトを経験後、1996年に創業。2001年銀座に「VAMPIRE CAFE」をオープンし飲食業に本格参入。エンターテインメント性溢れる個性的な店舗を次々と展開し、2010年業界初の“100店舗100業態”を達成。2015年、東証1部上場(2022年に東証プライム市場へ移行)。同年に発行された書籍『熱狂宣言』にて若年性パーキンソン病を公表。その後M&A等によって事業ポートフォリオを広げ、アミューズメント事業やホテル事業なども展開。現在ダイヤモンドダイニング・エスエルディー・湘南レーベル、DDプラス、ビッグゲート等の会社を有し、グループ全体で300店以上となり幅広く事業を展開中。