
長年にわたり外科医として医療の最前線に立ち続けてきた杉本真樹氏。過酷な現場で医師たちの疲弊を目の当たりにした同氏は、医療の質を向上させるためにはデジタル技術の導入が不可欠だと確信し、2016年にHoloeyes株式会社を創業した。現在は現役の医師として活動しながら、立体映像を用いたナビゲーション技術やAIを駆使し、医療現場の課題解決に取り組んでいる。自ら枠を決めず、常に新しい可能性を追い求める同氏に、事業の軌跡とこれからの医療の未来についてうかがった。
現場の疲弊を救うため 医療のデジタル化へ踏み出す
ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。
杉本真樹:
私は外科医に憧れて医師の道へ進みましたが、実際の現場に出てみると非常に過酷なものでした。手術や外来、当直などに追われて、私含め医師たちは皆ひどく疲弊していたのです。私自身、そんな多忙な日々を過ごす中で、医療現場にはさまざまな構造的課題があると感じてきました。
その一つが、医療情報のデジタル化やデータ活用が十分に進んでいないことでした。医師の経験や技術だけに依存するのではなく、テクノロジーを活用することで医療の質と効率を高められるのではないかと考えたのです。このままデジタルの活用が遅れた状況を放置していては医療は良くならないと考え、自らギャップを埋めようと決意しました。そこでまずは業務を効率化するため、医師や患者、そして病院のITリテラシーを高め、デジタルデータの有効活用を進めるべきだとし、その成果を学会で発表しました。
ーーその後、どのようにして起業へと至ったのでしょうか。
杉本真樹:
当時、平面の画像ではなく、立体的に臓器や血管を見られる技術が必要だと感じていました。そんな中、私の学会での発表を見たエンジニアの方から、「あなたの持つ技術と私のアイデアを組み合わせれば、もっと面白いことができるはずだ」と声をかけられたのです。この、私の医用画像の三次元活用に関する研究成果に関心を持ったエンジニアとの出会いが、起業のきっかけとなりました。
そこから、ともに臨床現場で必要とされる機能の開発を進め、実際の手術での活用を目指しました。結果、その取り組みが製品化へと発展して、投資家からの支援も得られるようになり、そして2016年、Holoeyes株式会社を共同創業しました。
現場のニーズを最優先に 医療機器としての価値を追求

ーー創業後、Holoeyesを医療機器として展開された経緯を教えてください。
杉本真樹:
当初は医療機器ではない形でHoloeyesを提供していましたが、臨床現場からのニーズが高く、患者ごとの複雑な解剖学的構造の理解や、より適切な治療計画の立案に役立つ技術だと確信しました。そこで、より本格的に普及させるため、医療機器として販売すべきだと決断したのです。ただ、医療機器としての認証を取得するためには、品質管理や法規制への対応など、さまざまな要件を満たす必要があります。そこで、会社としての品質管理体制を整備し、研究開発と事業化を進め、継続的に提供できる事業基盤の構築に取り組みました。
※Holoeyes MDは、2020年2月28日に管理医療機器(クラスⅡ)として第三者認証を取得しています。(認証番号 302ADBZX00011000)
ーー医療機器としての認証を取得した後、普及に向けてどのような壁がありましたか。
杉本真樹:
認証の取得は大きな節目でしたが、それだけで医療現場に普及するわけではありません。臨床現場で本当に使われる製品にするため、開発や品質管理、法規制への対応に取り組みました。さらに医療機関への導入支援や保険適用に至るまで、一つひとつ課題をクリアしてきたのです。外科医として絶えず現場の課題の当事者でいること。そして経営者としてそれを継続的な事業にしていくこと。その両方が重要だったと感じています。
ーー事業を進める中で、どのようなターニングポイントがありましたか。
杉本真樹:
当初はテクノロジー企業という意識が強かったものの、徐々に医療現場の課題解決へと方向性をシフトしていった経緯があります。また、対象を1つの診療科に絞るのではなく、幅広い分野へと展開を図ってきました。さらに、ただ画像を立体的に見るだけにとどまらず、治療に直接使うためのナビゲーション機能も付加しています。
臓器や血管などの三次元画像を観察するだけでなく、術前シミュレーションや術中の解剖学的構造の把握を支援する機能へと発展させてきました。医師が患者ごとの複雑な解剖を空間的に理解し、より適切な治療方針を検討できるようになったことが、大きな転機だと考えています。
メスの限界を超える AIとロボットが拓く新しい医療の形

ーー今後、最先端の技術をどのように活用していくお考えですか。
杉本真樹:
これからは、さらにAIを活用したサービスへと進化していく見込みです。具体的には、医用画像解析にAIを活用するだけでなく、適切な同意や情報管理のもとで取得した手術手技や空間操作のデータを解析し、熟練医の判断や技術を可視化する研究を進めたいと考えています。将来的には、AIによる治療計画の支援や、手術操作に対するリアルタイムのフィードバックも視野に入れています。
さらに現在は、Physical AIを活用し、従来は言語化しにくかった外科手技の修練や、将来の支援技術の発展につなげたいと考えています。機械が間違いを未然に防ぎ、正確な処置を補助してくれるようになれば、医師はより感覚を研ぎ澄ませることに集中できるはずです。
ーー最後に、これからの医療を担う方々へのメッセージをお願いいたします。
杉本真樹:
私は以前、『メスを超える:異端外科医のイノベーション』という本を書きました。外科医として目の前の患者に最善を尽くすことは、私たちの仕事の原点です。一方で、メスを使って手術をすることだけが、患者を救う唯一の方法ではありません。現場で得た経験や課題を研究開発や教育につなげることで、より多くの患者や次世代の医療従事者に貢献できる可能性があります。若い医療従事者にも、自分の専門領域を大切にしながら、その枠を超える挑戦を続けてほしいと思います。
編集後記
医療現場のリアルな課題と向き合い、自らの手で解決策を生み出してきた杉本社長。現役の医師でありながら、テクノロジーの最前線に立ち続けるその姿には、医療の未来を変えようとする強い信念が感じられた。AIやロボットといった最新技術を取り入れ、従来の外科医の概念を打ち破る同社の挑戦は、医療そのもののあり方を根本から変革していくはずだ。枠にとらわれない柔軟な発想が生み出す、次なる展開に大きな期待を寄せたい。

杉本真樹/医師、医学博士。1996年、帝京大学医学部を卒業。肝胆膵外科を専門とし、国内外の医療機関や大学等で研鑽を積んだ後、現職。医用画像解析やXR(VR/AR/MR)、AI、3Dプリンタ臓器など、医工学分野における最先端技術の研究開発や医療機器開発、起業支援などを幅広く牽引する。2014年にはApple社「Mac誕生30周年記念サイト」にて世界を変え続けるイノベーター30名に選出。2016年にHoloeyes株式会社を創業し、医療用画像処理ソフトウェア「Holoeyes MD」の医療機器認証を取得して上市し、XR技術を活用した医療支援事業を展開。これらの取り組みは国内外で評価され、企業および関連技術について複数の受賞歴などの実績がある。現在では、帝京大学冲永総合研究所 Innovation Lab 教授、帝京大学大学院 総合データ応用プログラム 兼担教授も務め、帝京大学医学部外科学講座にて臨床にも携わっている。日本外科学会指導医、外科専門医。著書に、自身の思想とイノベーションの軌跡を綴った『メスを超える:異端外科医のイノベーション』(東洋経済新報社)がある。