
超高齢化社会を迎え、医療ニーズがピークに達する一方で、生産年齢人口が減少する「2040年問題」。この国家的課題に正面から立ち向かうのが、医療法人徳隣会の堤光太郎氏だ。佐賀や福岡を拠点に在宅医療を展開する同法人は、地域密着型のドミナント戦略ではなく、指数関数的な規模拡大を急務として進めている。2040年までに全国160拠点、2030年までに50拠点という目標を掲げ、日本の医療課題の根本解決を目指す。幼少期の憧れから医師を志し、がん治療の最前線を経て在宅医療へとたどり着いた堤氏。現場の意見調整すらも楽しむ強力なリーダーシップの源泉と、未来への構想に迫る。
在宅医療への道と指数関数的な規模拡大の理由
ーーまずは、医師を目指された経緯についてお聞かせください。
堤光太郎:
幼少期にテレビで見たドキュメンタリー番組で、救命救急医が身を粉にして従事する姿に憧れを抱いたことが出発点です。私の家系は土木業や運送業を営んでおり、周囲に医療関係者は全くいませんでした。しかし、家族が忙しく働く姿を見て育ったためか、テレビの中で寝る間も惜しんで立ち回る医師の姿が重なり、非常にかっこよく見えたのです。その後、母からの強い勧めもあり、医学部を目指すようになりました。私立の医学部に進学するための資金を捻出し、応援してくれた家族には今でも深く感謝しています。
ーーなぜ、在宅医療の道へ進まれたのでしょうか。
堤光太郎:
医学部を卒業してからは、2年間の研修を経た後に大学病院の腫瘍・血液・感染症内科に入局し、あらゆる臓器のがんを横断的に診る希少な環境に身を置いていました。根治が難しく命を落とす可能性が高い患者様と向き合う中で、緩和ケアをはじめとする終末期医療の経験を積んだのです。
その中で最大の転機となったのが、研修医時代に地域で出会った在宅医療でした。外来診療はどうしても流れ作業のようになりがちですが、ご自宅を一軒一軒訪問する在宅医療は私の心を洗い、気持ちを整えてくれました。気持ちが相手に通じたときの達成感が自身の性格に合っていると感じました。この実感と全身を診るがん治療の経験が結びつき、在宅医療の道へ進む決断をしたのです。
2040年に向けた指数関数的な規模拡大と動的平衡
ーー現在、指数関数的な規模拡大を急いでいるとのことですが、その理由は何でしょうか。
堤光太郎:
生産年齢人口が減少し、医療ニーズがピークに達する「2040年」に間に合わせるためです。特定の地域で少しずつ拠点を増やすドミナント戦略では、迫り来る事態に到底対応できません。だからこそ、2030年までに50拠点、そして2040年までに全国160拠点へ展開する目標を掲げました。この壮大な計画を支えているのは、緻密な戦略以上に「人との出会い」を大切にする姿勢です。同じ志を持つ医師やスタッフと出会い、共鳴した場所から新たな拠点を立ち上げます。このご縁を紡ぐ独自のスタイルが、急速な全国展開の原動力となっているのです。
ーー全国展開を支える組織の体制について、どのような構造を構築されていますか。
堤光太郎:
現在、我々の法人は大きく分けて、在宅医療を担う「医療部門」、訪問看護や介護を担う「介護・ナーシング部門」、そしてそれらを支える「本部機能」の三つの部門で構成されており、これらが三権分立のごとく相互にバランスを取りながら機能することを重視しています。一方で、組織の規模が拡大するにつれて、各部門のトップであるCXOがそれぞれの領域に閉じこもり、部分最適に走ってしまうことが懸念されます。そのような危険性を防ぐため、個別の指標に加えて組織全体に共通する評価指標を設定し、協働の設計を構築しました。
また、組織は固定化されると硬直化し、いずれ衰退へと向かってしまいます。それを避けるべく、状況に応じて縦の指揮命令と横の連携を使い分ける動的平衡、いわば「中庸」の姿勢を意識し、組織の代謝を促していく考えです。
足元を疎かにしない 失敗から学び、軋轢を力に変える基盤

ーー拠点を拡大していく中で、現場の医療の質や患者様からの信頼はどのように維持しているのですか。
堤光太郎:
拡大を急ぐあまり、足元の既存の患者様や関係各所への配慮を疎かにしては広げる資格がありません。我々の取り組みは口コミによって支えられている面が大きく、現場の質を担保することが最優先課題です。そのためには、現場で生じた失敗や課題を個人の責任に帰すのではなく、組織的な学習の機会とする「ブラックボックス思考」の徹底が欠かせません。
航空業界が事故の原因を徹底究明して安全性を高めてきたように、我々も成功や失敗の事例を即時に共有し合う仕組みを整えています。さらに、各拠点が限られた資源の中でどれだけの付加価値を生み出しているかを可視化する原価意識を持たせ、生産性とサービスの質を同時に高める努力を続けている最中です。
ーー2030年に向けた組織の基盤構築はどのように進めていくお考えですか。
堤光太郎:
「日本一働きたい医療法人」を実現するため、組織を動かす「OS」のような教育システムをつくる考えです。規模の拡大には、働く環境を整備し、組織の憲法ともいえる綱領を浸透させることが不可欠です。在宅医療の現場では、医療従事者や介護士、患者様のご家族など多様なステークホルダーが関わり、そこには立場や価値観の違いによる意見の相違、すなわち「軋轢」が必然的に生じます。しかし私は、この多様な意見を時間をかけて調整していく過程にこそ「生きている感覚」を見出しているのです。困難を避けず現場の軋轢を楽しむ姿勢が、強力なリーダーシップの原動力に繋がっています。
日本の医療を救う「産官学連携」と次世代へ継承するOS構想
ーー全国展開を目指す2040年には、どのような未来図を構想していますか。
堤光太郎:
2040年は、超高齢化と労働力不足によって医療の需給ギャップが最も広がる深刻な時期と考えられます。その課題に立ち向かうため、私たちが構想しているのは一法人の枠を超えた「産官学の連携」による仕組みづくりです。規模を拡大して多くの患者様に向き合うことで、これまで知見の少なかった在宅医療の貴重なデータが蓄積されていくでしょう。それらを個人情報に配慮した上で国へ提供し、EBPMに基づく政策立案の一助にしていただきたいと願っています。
また、全国規模のネットワークがあれば、医師の偏在を是正し、低コストで医療機器を配置できる利点も生まれます。さらに、この規模化の強みを「教育」の分野にも生かし、次世代の医療を支える一つの「OS」をつくることが最終的な目標です。在宅医療のOSとしての役割を果たすためには、「知見の集積」「教育」「地域連携」の3本柱を掲げさせていただいており、このうちどれが欠けても目標を達成し得ないと考えています。
ーー最後に、次世代の医療を担う若手や社会に向けて伝えたい思いはありますか。
堤光太郎:
人間の人生は有限であり、永遠に続くものではありません。だからこそ、限られた時間の中で他者に価値を与え、その関係性の中で自らの人生に価値を見出す営みが尊いのだと考えます。世の中を変えたいと思ったとき、既存の枠組みや常識に縛られず、自らの可能性に限界を設けない「勘違い」を恐れない姿勢が大切です。我々が構築する医療インフラも、いずれは私自身が役目を終え、次世代が新陳代謝を繰り返しながら、世代を超えて脈々と受け継がれる組織となる未来を思い描いています。そのために、今を真剣に生き、次代へ確かなバトンを繋いでいきたいですね。
編集後記
「軋轢すらも楽しむ」。堤氏の言葉の端々から伝わってきたのは、すさまじい熱量と覚悟だった。未曾有の危機に対し、想像を絶するスピードで立ち向かう姿勢は、まさに社会の希望である。効率や戦略を語る一方で、何よりも人との出会いや縁を最重要視する温かな姿に、筆者自身も強く心を打たれた。現場で生じる摩擦すら自らのエネルギーへと変えていく、その体温あるリーダーシップは本物だ。日本の医療を根本から変革するという壮大なビジョンが、同氏の情熱によって確実に現実のものとなる日を心待ちにしている。

堤光太郎/1981年、福岡県生まれ。2007年、福岡大学医学部卒業。2009年、同大学腫瘍・血液・感染症内科入局。がん診療を通じて在宅医療の重要性を実感し、2014年につつみクリニックを開設。現在は全国15拠点で訪問診療を展開。今後は在宅医療の価値を科学的に検証し、経営・教育・政策提言を通じて実践知を社会へ発信し、2040年を見据えた持続可能な地域包括ケアと、住み慣れた地域で安心して暮らせる社会の実現を目指す。