※本ページ内の情報は2026年3月時点のものです。

IT技術を武器に、歯科医療の構造的課題に挑むオーガイホールディングス株式会社。3Dプリンターによる「デジタルデンチャー(デジタル義歯)」の製作や、医療設備を搭載した車両で過疎地を巡る医療MaaS(※1)を展開している。同社が展開するソリューションは常識を覆すものばかりだ。変革を牽引するのは、一度は歯科の世界を諦めた野田真一氏。その原動力は、歯科技工士として苦労を重ねた父への思い。なぜ困難な道を選ぶのか、その情熱と経営理念に迫る。

(※1)医療MaaS:通信機器など必要な機材を搭載した車両が地域を訪問し、患者の自宅付近でオンライン診療やオンライン健康相談などが受けられるサービス。

挫折を越えて ITで築いた揺るぎない経営基盤

ーーこれまでに、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか。

野田真一:
もともとは、父と同じ歯科技工士の道を志していました。父の背中を見て育ち、自然と同じ道を決めたのです。家が裕福でなかったため、学費は奨学金をもらいました。

しかし、生活費や実家への仕送りも、自分で稼ぐ必要がありました。そのため、技工の研修先で平日は夜中まで働き、土日はガソリンスタンドで働く毎日でした。文字通り365日休みなく働いていましたが、一流になりたい一心で没頭しました。その甲斐あって学校の成績は常にトップでした。

そんな中、研修先の歯科技工所の社長から「君ほど努力できるなら、別の業界へ行った方がいい」と言われました。現場で懸命に働く社長自身が、業界の先行きに限界を感じていたのです。「この業界はこれからもっと厳しくなる」という言葉は重く、私の心に深く刺さりました。現場の切実な声を聞き、このまま進むべきかどうか真剣に悩みました。しかし、信頼する方の助言であれば別の道で力を試そうと、退学を決意したのです。

しかし、突然目標を失い、当時は将来への不安でいっぱいでした。とにかく働かなければならない状況の中、20歳で結婚して家族を持ったことで「守るべき存在」ができたのです。責任感が芽生え、家族を養うために営業職など、未経験の仕事にも懸命に取り組みました。そうした経験が、のちの起業へとつながる基盤となったのです。

ーーそこからどのような経緯で現在の事業へ繋がったのですか。

野田真一:
転機は、専門学校時代の知人から「会社を立ち上げたい」と相談されたことです。彼を支援しようと出資を決めましたが、併せて「社長をやってほしい」と頼まれたのが経営者としてのスタートでした。当初はパソコンの修理やリユース事業から始めましたが、ある優秀なエンジニアとの出会いがすべてを変えました。彼のプログラミング技術に衝撃を受け、ソフトウェア開発への転換を決意したのです。

その後、自社開発体制を整え、クラウドPBX(※2)の「IZUMO-PBX」を開発。これが大手からも評価され、上場企業を含む約300社に導入されるなど、会社の安定基盤となりました。

(※2)クラウドPBX:オフィスに物理的な交換機を置かずに、インターネット経由で電話交換機の機能(内線・外線・転送など)をクラウド上で利用できる電話システム。

メンバーへのリスペクトが組織を強くする

ーーこれまで、社員の方々とはどう向き合ってこられましたか。

野田真一:
事業の成長は、卓越した技術を持つエンジニアたちのおかげです。私には開発の技術はありません。だからこそ、私は彼らの一番のファンでありたい。一人ひとりへ心からリスペクトを持ち、彼らの才能を最大限に活かす環境をつくること、それが私の役割だと考えています。メンバーもその思いに応え、創業期から今日まで共に歩んでくれています。

ーーその「リスペクト」をどのようにして体現されているのですか。

野田真一:
彼らが生み出したサービスの価値を安売りしないことです。目先の契約のために不当に価格を下げることは、開発に心血を注いだ彼らの努力への裏切りになります。彼らの能力を背負う立場として、常に価値に見合った対価をいただく毅然とした態度を貫いています。その姿勢こそが、結果として会社のブランド価値を守り、優秀な人材が集まる組織づくりにつながっているのだと思います。

父への思いが原動力 デジタルデンチャーで歯科業界に革新を

ーーその後、どのような事業展開をされたのでしょうか。

野田真一:
一度離れた歯科業界への参入を決意しました。IT事業の安定後、諦めた夢への思いと、何より父の存在が影響したのです。父は歯科技工士として、男手一つで私たち5人の子どもを育て上げてくれました。しかし、長年の献身に対し、引退時の待遇が報われるものではなかった現実を目の当たりにします。その時、「父が人生を捧げたこの業界をもっと良くしたい。歯科技工士が正当に評価される仕組みをつくりたい」という強い思いが芽生えたのです。

ーー具体的にはどのような仕組みを目指されたのですか。

野田真一:
歯科医師と歯科技工士が、対等なパートナーとして連携できる環境づくりを目指しました。従来の構造は役割分担が固定化され、力の差が生まれやすいものでした。そこで私たちは中立的な立場で、患者様と歯科医師、歯科技工士をつなぐ新しいプラットフォームをつくれないかと構想しました。IT事業で培った技術と資金力を活かせば実現できる。事業再構築補助金への採択も後押しとなり、本格的にデジタル歯科技工事業へ参入しました。

ーーその事業において、中核となる技術は何だったのでしょうか。

野田真一:
「デジタルデンチャー」です。日本の入れ歯研究の第一人者・山崎史晃先生との出会いがあり、3Dプリンターで製作するこの技術に衝撃を受けました。

当時、父は病気の影響で歯を失い、食事に苦労して元気をなくしていました。「これなら父を救える」と直感した私は、ラボ開設後、製作第一号の入れ歯を父へ贈りました。すると父は、その日のうちに固いおせんべいを食べられるほど活力を取り戻したのです。父は末期がんでしたが、最期まで家族と同じ食事を楽しむことができました。親子三代で食卓を囲めたことは何よりの宝物です。

「医療は国防」 誰も取り残さない未来へ

ーー貴社の技術は、業界の課題をどう解決し、どんな未来を描くのでしょうか。

野田真一:
現在、歯科技工士業界は深刻な人手不足という課題を抱えています。しかし、デジタルデンチャーなどを活用すれば、生産性を劇的に向上させられます。これにより、少ない人数でも高品質な医療を提供でき、歯科技工士の働き方改革にもつながる。患者様は良い治療を受けられ、歯科医師と技工士は適正な対価とやりがいを得られる。まさに「三方よし」の関係を構築し、業界全体を活性化させたいと考えています。

ーーその他に、歯科医療を通じて実現したいことはありますか。

野田真一:
「誰も取り残さない医療」を実現するため、歯科医療設備を搭載した車両で患者様のもとへ赴く医療MaaS事業も展開しています。きっかけは、能登半島地震で何もできなかった無力感です。災害時に入れ歯を失い、食事ができずに衰弱死するという二次災害が後を絶ちません。この車両があれば、災害時にも迅速な支援が可能です。また、歯科医院がない無歯科地域へ定期的に訪れ、治療や検診を行うことで、医療格差の解消も目指しています。これらを通じて日本人の口腔健康への意識を向上させることも重要な使命です。

ーー最後に、今後の事業展開に向けてどのようなビジョンをお持ちですか。

野田真一:
あるとき、弊社役員の一人が「医療を守ることは国防である」と言いました。言葉通り、地域医療を守ることは、人が住み続けられる国土を守ることと同義だと考えています。弊社の事業は、そうした前例のない課題への挑戦の連続です。決まった正解はありません。だからこそ、新規事業の立ち上げ経験がある方や、未知の領域を切り拓くことを楽しめる方なら、年齢を問わず活躍できるはずです。「たった一人を助けたい」という思いが、やがて多くの人を救う事業になります。私の場合はそれが父でした。医療で社会を変えたい、日本の未来を守りたいという志を持つ方と、ぜひ一緒に働きたいですね。

編集後記

歯科技工士として苦労した父を助けたい。野田氏の挑戦は、その切実な思いから始まった。しかし、その根は深く、いつしか業界の構造問題、さらには無歯科地域や災害支援といった普遍的な社会課題へとつながっていく。IT事業で培った「突破力」と、人を惹きつける「人間力」。それらを武器に「医療を守ることは国防である」と力を込める同氏の姿は、「たった一人を救いたい」という思いが、やがて世界を変える力になることを力強く示している。歯科医療の常識を覆し、誰も取り残さない未来を切りひらく同社の挑戦。歯科DXがもたらす業界の変革から、今後も目が離せない。

野田真一/1984年大阪府堺市生まれ。父の影響で歯科技工の道を志すも、業界の限界を痛感しITへ転身。23歳でクラウドシステム開発会社を創業。事業を成長させた後、医療DX領域に参画。デジタル義歯と医療MaaSを軸に、オーガイホールディングス株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。医療とテクノロジー融合の仕組みづくりに取り組んでいる。