※本ページ内の情報は2026年11月時点のものです。

新幹線の洗浄から海外の地下鉄まで、大規模な車両洗浄機で日本のトップシェアを誇る日本車輌洗滌機株式会社。同社を牽引する増田尚弘氏は、学生時代のDJ活動から大企業での購買業務を経て、中小企業である同社へと飛び込んだ異色の経歴を持つ。「120%やり切ることで本質が見える」と語る増田氏に、過去の失敗から得た「会社の看板」への謙虚な姿勢や、同業他社から「すごい」と認められる組織づくりへの情熱、そして未来を見据えた経営哲学について詳しくうかがった。

華やかな世界からの転身と「会社の看板」への気づき

ーーまずは、これまでのご経歴を教えてください。

増田尚弘:
学生時代は、全国展開しているディスコグループでチーフDJを務めていました。バブル期ということもあり、非常に華やかな世界で、当時はチヤホヤされて少し調子に乗っていた部分もあったと思います。しかし、そのままエンターテインメントの道へ進むのは将来の可能性が限られると考え、大学卒業後は自動倉庫などを扱う物流系の大手企業へ就職しました。

ーー全く異なる業界への就職ですが、どのようなギャップを感じましたか。

増田尚弘:
生活環境から仕事内容まで、すべてにおいて大きなギャップがありました。どちらが上ということではありませんが、華やかな表舞台と、裏方として現場を支える仕事とでは、まさに正反対です。入社後は築40年ほどの寮に入り、まずは工場での現場業務からのスタートでした。その後、購買部門へ配属され、20代前半で毎月何億円もの発注を任されるようになりました。

ーー大きな金額を動かす中で、印象に残っている出来事はありますか。

増田尚弘:
取引先の営業の方から丁寧な扱いを受けるうちに、自分自身が偉くなったと勘違いしてしまった時期がありました。そのとき、上司から「あなたは会社の看板で仕事をしているんだよ」と厳しく諭されたのです。会社の看板とは、過去に何百人もの先輩たちが何十年もかけて築き上げてきた信用の証です。その重みを理解せず、自分の実力だと勘違いしていたことに気づかされ、ハッとしました。このときの「会社の看板」に対する謙虚な姿勢は、今でも私の根底にあります。

自らの裁量を求めて中小企業へ 「行きたくない取引先」をつくらない営業

ーー大企業で順調にキャリアを積む中、なぜ現在の会社へ転職されたのでしょうか。

増田尚弘:
前職は非常に規模が大きく、やりがいもありましたが、決裁権を持てるようになるまでに長い時間がかかると感じたからです。成し遂げたいことを提案し、実現できるポジションに就くにはあと15年から20年は待たなければならない。それならば、規模は小さくても自分の考えが直接伝わりやすい環境の方が合っていると考えました。当時、取引先の一つであった日本車輌洗滌機は洗浄分野で高い専門性を持っており、やり方次第でまだまだ伸びしろがあると感じて入社を決めました。

ーー実際に入社されて、どのようなことに取り組みましたか。

増田尚弘:
最初は営業部門に配属されました。そこで私が一番心に決めていたのは「絶対に行きたくない取引先をつくらない」ということです。言われたことをやっていなかったり、過去に大きな失敗をしてそのままにしていたりすると、どうしても足が遠のいてしまいますよね。そうではなく、いつでもフレンドリーに会いに行ける関係性を築きたかったのです。そのためには、日々の電話応対一つから誠実に向き合い、地道な信用を積み重ねていくことが不可欠でした。

120%で「やり切る」から本質が見える 従業員が家族に誇れる仕事への挑戦

ーー2016年に社長に就任されてから、会社をどのように変えていきたいと考えましたか。

増田尚弘:
日本一から世界一を目指せる会社にしたいと考えました。歴史ある中小企業は安定している分、その状況に甘んじてしまう空気が生まれがちです。しかし、私はこの業界でトップを取りたかった。私にとっての一番とは、売上高や従業員数といった表面的な数字ではありません。同業他社から「あの会社はすごいよね」と認められることこそが、本当の意味でのトップだと考えています。

ーーその熱量の源泉や、困難を乗り越える原動力は何でしょうか。

増田尚弘:
「やり切らなかったらすっきりしない」という思いです。どんな結果になろうと、120%でやり切った先には必ず得るものがあります。途中で諦めてしまうと何も残りませんが、最後までやり切ることで、一生付き合える仲間や深い知識、そして物事の本質をつかむことができるのです。中途半端な経験からは、上辺だけのアドバイスしか生まれません。だからこそ、常に全力で向き合うことを大切にしています。

ーー経営者として、従業員の方々と接する際に意識していることはありますか。

増田尚弘:
人の立場になって考えることですね。従業員にはそれぞれの家族やプライベートがありますから、彼らが気持ちよく働ける環境を整えることが私の責任です。たとえば、従業員の子どもが「うちのお父さんの会社の機械が、海外の地下鉄を洗っているんだよ」と自慢できたら嬉しいじゃないですか。そうやって、従業員自身が家族に誇れる仕事をつくっていきたいのです。

仕事の枠組みを広く捉え、先を読む「センス」で世界へ

ーー今後の組織を担う次世代リーダーの育成については、どのようにお考えですか。

増田尚弘:
実務のノウハウは後からいくらでも教えられますが、一番重要なのは「センス」だといえるでしょう。ここでいうセンスとは、少し先の危険や空気の変化をいち早く察知する力のことです。ビジネスの現場でも、相手の些細な反応から状況を読み取り、先手を打つことが求められます。この先を読むセンスは、日々のさまざまな経験の中でどれだけ真剣に物事と向き合ってきたかによって、研ぎ澄まされていくものだと考えています。

ーー事業のさらなる展開について、どのような構想をお持ちですか。

増田尚弘:
私たちは「洗浄機屋」ですが、洗浄機を単に「水で洗う機械」と捉えるのではなく、「綺麗にする仕事」と広く捉えるようにしています。空気を綺麗にするのも、環境を良くするのも同じ「綺麗にする」ことです。この枠組みで考えれば、私たちの可能性は大きく広がります。海外市場を見ても、人口の多い国にはそれだけ大きなチャンスがあります。常に広い視野を持ち、グローバルな舞台でさらに挑戦を続けていきたいですね。

ーー最後に、記事を読んでいる20代の読者へメッセージをお願いします。

増田尚弘:
どんなことでも、思い切り120%の力でやり切ってほしいです。私のこれまでの経歴は、現在に至るまでの第一章、第二章に過ぎません。会社としても、私自身としても、まだやり切ったとは思っておらず、道の途中です。だからこそ、今目の前にあることに全力を注ぎ、そこから本質をつかみ取ってください。その積み重ねが、必ず次の扉を開く力になります。

編集後記

若き日の華やかな経験から一転、裏方の仕事で「会社の看板」の重みを知り、確かな信用を築き上げてきた増田社長。「120%やり切る」という言葉には、彼自身の人生に裏打ちされた強い説得力があった。表面的な数字を追うのではなく、従業員が誇りを持てる「すごい会社」を目指すその眼差しは、常に人へ向けられている。洗浄という枠組みを超え、先を読むセンスで世界へと挑み続ける同社の未来が、これからも非常に楽しみだ。

増田尚弘/1974年生まれ。北海道札幌市出身。工学部専攻。1990年~1997年、ディスコ・クラブにて学生をしながら最年少DJとなる(マハラジャ(NOVA21)グループ)。1995年~1997年、FMDJとして数番組に出演。1997年~2005年、大手マテリアルハンドリングメーカーに勤務。2005年~2016年、現勤務先(日本車輌洗滌機北海道支店取締役支店長兼海外事業部部長)。2016年~現在、日本車輌洗滌機株式会社代表取締役社長。