株式会社GENOVA ~診療も支払いもスマホ1台で完結。医療×ITでつくる業界の新常識~

Vol.1 将来の成功を掴むために打った一手

株式会社GENOVA 代表取締役社長 平瀬 智樹 (2018年12月取材)

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【ナレーター】

テクノロジーの進化によって、到来が現実味を帯びている「人生100年」時代。生活の質を高める健康寿命を伸ばすため、医療機関に求められる要素は増え続けている。

そんな中、医療機関に特化したウェブマーケティングを展開し、成長を続ける企業がある。株式会社GENOVAだ。

2018年12月時点で、7,000にものぼる医療法人のウェブマーケティングを手がけ、作成したウェブサイトの数は15,000件以上。ドクターが監修する医療情報メディアの運営や、お薬手帳や診察券のアプリ開発といったスマートヘルスケア事業にも注力し、患者と医療機関とをつなぐ様々な取り組みを行っている。

10代のうちに進学ではなく社会に出ることを選び、成功を掴み取った創業者の軌跡に迫る。

―将来の成功を掴むために打った一手―

【ナレーター】

中学時代にバブル崩壊の影響を目の当たりにした平瀬は、漠然と社会に出ることを意識し始めた。

その想いは高校に進学後も変わらず、将来の成功を掴むために、平瀬はある決断をすることとなる。

【平瀬】

僕はバスケ部に所属していまして、ちょうど2年間バスケをしていました。その顧問の先生が厳しい先生で、「目的がないのに学校に来てもしょうがない」と言っていて、そこで自分は「確かに僕は、高校に目的もなく来ている」ということに気づきました。

その時は周りが高校に進学するからという理由で、合っているかどうかもわからず進学したのですが、本当にこのまま高校を経て大学に行ってもいいのかどうかもわからないという状況の中で、そういう先生に出会い、「これは早く辞めよう」と。

大学は大人になってからでも入れるということも調べたらわかったので、辞めて、工場で働きました。

【ナレーター】

単純作業の工場勤務を続けても、自分が描いていた未来像にはたどり着けないと思った平瀬は、成果が直接給与に結びつく営業職へ転職。

当時10代だった平瀬が意識していたこととは。

【平瀬】

当時19歳でした。ベンチャーといっても、新人でも22、3歳くらいの人が多かったので、3、4年くらい続ければ、同い年になるときには自分はいける、と思いました。

月を追うごとに自分の成績がどんどん良くなっていき、2つほどメイン事業があったのですが、数ヶ月でそのメイン事業においてトップセールスになりました。当時の営業の時に気を付けていたのは、とにかく人より営業するという、それだけですね。数をこなすということです。

断られてもすぐ諦めないで、一言くらいは「もうちょっとなんとかならないですか」とか、そういう押しの営業みたいなこともしていました。

社長プロフィール

President's profile
氏名 平瀬 智樹
役職 代表取締役社長
生年月日 1978/2/5
座右の銘 友情・努力・勝利
愛読書 スラムダンク

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