※本ページ内の情報は2023年10月時点のものです。

普通鋼に特殊な元素や熱処理を施し、様々な効果や性質を加えた「特殊鋼」。錆に強いステンレスをはじめとする特殊鋼は、私たちの暮らしや産業に欠かせないものとなっている。しかし、電子化や電動化が進む現代において、存続が危ぶまれる特殊鋼も存在する。その一つが、自動車エンジンなどの内燃機関系の部品だ。

佐久間特殊鋼株式会社は、特殊鋼の材料や加工部品を提案、販売する商社メーカー。商社でありながら部品の開発、設計にも深く関わり、ものづくりの一翼を担っている。取引先は大手自動車部品メーカーを中心に、産業機器、航空、医療と幅広い。2003年にはタイを始めとするアジアに進出するなど、特殊鋼業界の可能性を追求し続けている。

2023年3月末。佐久間崇透社長は、父である佐久間貞介前社長から経営のバトンを受け取った。人付き合いが好きな営業マンから、ベテラン社員を先導する若き社長へ。現在は自社の未来について「融和を基にした価値創造企業」となる事をビジョンに掲げ、各取引先を中心に「融和」の和を広げるべく日本、世界各地を飛び回っている。

会社の強みは「人」だとし、対話の大切さを重んじる佐久間社長。
今日に至るまでの道のりや自社の強み、特殊鋼商社としての生存、持続戦略について伺った。

特殊鋼の業界に入るまでの道のり

――後継者になることは、幼少期から意識されていたのでしょうか?

佐久間 崇透:
私自身にその意識はなく、就職活動も人並みに行っていました。末っ子なので実家のことは考えず、自由にやらせてもらっていました。

理系に進んだからには、当初は機械系の仕事をしたいと思っていたのですが、大学時代の様々な人付き合いを通して人と関わる仕事がしたくなり、営業職に従事できるよう商社を何社も受けました。

最終的に父に相談したところ、「営業をやりたいなら特殊鋼の業界に来ないか」ということで、うちのメイン取引先である大同特殊鋼様に入社しました。今振り返ると経営者への道はそこから既に始まっていたと思います。

――ご入社後の経験で、ご自身の今に活きているものはございますか?

佐久間 崇透:
大同特殊鋼様で学んだことは今でも自分の基礎となっています。大学は理系だったため男性が多く、楽しくやっていました。だからこそ入社後は厳しく、社会人の常識を叩き込まれました。

新入社員のときに、遅刻しかけたことがありまして。電車では間に合わないのでタクシーに飛び乗ったのです。工場のゲートから入り、事務所の横にパッとタクシーをつけてもらった。そこから新入社員が降りてくるわけですから、めちゃくちゃに怒られました。

今思うと、自分が社長でもそんなことはやりません。3年といわれていたのが結果的に5年間。社会常識はもちろん、特殊鋼の基礎、人との関わり方なども勉強させていただきました。

――5年後、佐久間特殊鋼様へご入社されました。社長になる将来は、その頃からイメージなさっていたのでしょうか。

佐久間 崇透:
社長になるタイミングは決まっていなかったので、係長から始まり、課長、部長、役員と大体2、3年のスパンで昇進していきました。社長就任の1年ほど前から「来年ぐらいかな」といった話をして。ずっと営業畑の前線にいたので経営者としての準備はあまりできず、目の前の仕事に一生懸命の日々でした。

就任時期は正直、想定より2年ぐらい遅かったと思っています。うちが今73期目なのですが、70年の節目があったからです。しかし、ちょうど新型コロナウイルスの騒動が落ち着きつつあり、「これから世の中がまた変わっていく」というときに就任に至ったことは、結果的に良かったのかなと思っています。

「会社人」からの脱却

――ご就任後に見えてきた課題はございますか。

佐久間崇透:
うちのメインビジネスは自動車業界への営業です。世界的に、内燃機ビジネスは頭打ちが見えているのですが、うちには50年以上その業界で技術・知識を培ってきた人たちがいる。

ただ、その実態は「社会人」というより「会社人」。仕事のことはよく理解していて、真面目に取り組んでくれます。それゆえに外の情報がシャットダウンされ、スキルや情報面で変化することが非常に難しくなっていました。

なので、「本当の社会人になりましょう」という話をしています。会社だけでなく、社会全体に興味を持ち、自分たちが楽しめる社会課題に取り組む。我々は商社なので、世の中にある技術や会社をつなぎ合わせていく事で新たな価値を創造するプロデューサーのようにもなれるわけです。

しかし、それは好奇心がないと全くできないこと。社内意識をもっと変えていくというのが、10年ぐらい先を見越した自分の一番の仕事で、今年は全社員と面談をするつもりです。

既存のビジネスモデルに加える「佐久間らしさ」

――今後の課題はありつつも、「社員の真面目さ」が貴社の強みの一つかと思いますが、その他の強みについてもお教えいただけますか。

佐久間崇透:
どうしても最後は「人」だと思っています。特殊鋼の問屋だった我々が、お客様のニーズに応える形でサプライヤー様と一緒にものづくりを始めた。その部品を海外にも展開する。こうしたビジネスモデルは、自動車業界で生き残っている企業であればどこでも実践しています。

その中で、なぜ我々が強いかというと、やはり社員たちの人格やお客様に対する姿勢です。お客様から聞いてうれしいのは、「佐久間さんらしいよね」といった声。「佐久間らしい」という評価は強みであり、市場を問わず貫くべきことですね。

――お客様から評価される「佐久間らしさ」には、基準を設けておられるのでしょうか。

佐久間崇透:
約10年前に作ったフィロソフィー(行動指針)が大きな特徴です。前社長の提案で社員10人ほどを集めてブレインストーミングを行い、半年ほどかけて作りました。

「お客様第一主義」「環境整備」「リーダーの心得」など、5つの大項目があり、それらに対して「“佐久間人”だったらどう行動するか」という指標をいくつか具体例を挙げています。役職によってもレベルを分けて、人事考課にも使っていますね。

お客様第一主義でいうと、外からの電話はワンコールで取る「ワンコールでアンコール」というものがありまして。そうした指針を実践できていると、「佐久間らしい」と表現していただけるのかなと思います。

働き方を変える――行動指針にも込めた思いとは

――フィロソフィーを検討された約10年前は、ご入社して数年経った頃だと思います。その必要性を判断された背景や、現象として起きていた課題があったのでしょうか。

佐久間崇透:
私は2006年から社会人になって、毎日じゃないにしろ深夜まで働く日がありました。そんな中、佐久間に入社して1、2年ほど経った頃に祖母が亡くなりまして。会社近くの病院に入院していたのに仕事を優先してしまい、死に目に会えなかったのです。

私は普通の社員じゃなく会社を継ぐ立場だからと、そういう気持ちでお見舞いを後回しにしてしまったのですが後悔しました。「働き方を変えないと」と、周りの空気感も変わっていきました。その頃から「健康経営の指針」についても重要性を感じ始めました。

リーマン・ショックのあとでもあり、それまではとにかく仕事を優先する風潮があった世の中に、2016年頃から「ホワイト500」など健康経営を後押しする制度が出てきましたよね。今は会社としても、「仕事があっても家族を大事にしなさい」と言っています。たとえば、海外に赴任している人がいてもご家族に何かあれば日本に戻します。

――働き方を急に変えるのは難しいことでもありますよね。ご入社されてから、最も苦しかったのはその頃でしょうか。

佐久間崇透:
入社1、2年目が一番大変でしたね。仕事量が毎年増えていく中で人材を採用しきれず、成長しきれずという段階で、成長のスピードと社員の数が合わない。

前社長も言っていますが、あとになって思えば、あのときは「成長」ではなくて「膨張」していたなと思います。キャパシティに合っていない売上の膨張で社員が疲弊しました。ここ10年ぐらいは雇用を増やし、かなり若手が多くなりました。それはそれで大変ですが、これを強みに変えるのが経営者の仕事だと思います。

今後は人や売上を増やすより、仕事の中身(価値)にこだわりたいです。商社として、価値を創造する楽しさに社員全員がワクワク、生き生きと働くことで、結果として利益率が向上する様な好循環を作っていきたいですね。

変化した拡販活動と他分野への挑戦

――仕事の中身(価値)の変化について実感はございますか。従来とは異なる試みもされていたのでしょうか。

佐久間 崇透:
営業の中身でいえば、2013年頃から自動車エンジンの機構が大きく変わりました。「ポート式(ポート噴射)」から「直噴エンジン」が主流となり、ステンレスなど特殊鋼の中では比較的高級な鋼の需要が数倍に増えていったのです。

そこの拡販活動が当社の軸になり、私が入社して今に至るまで注力している部門の一つです。売上規模としては、私が入ったときは300億円以下だったと思うのですが、今は600億円ぐらいです。

ただ、この先も売上が伸びるかというと、当社が取り扱っている特殊鋼の需要は自動車部品がメインなので今までの様な需要が見込めない時代が近いうちにやってきます。そのため、また新たな試みをしていかなければと思っています。

――貴社HPの採用欄にて、「樹脂の開発が出来る方」を募集されているのを拝見しました。

佐久間崇透:
鉄は強くて重くて硬い、樹脂は鉄ほど強くないけれど軽く様々な性能も持ち合わせます。両極端なものではありますが、当社にできるモノづくりの価値を広げるべく新たな商材として開発に取り組んでいいます。

当社が手掛けるのは、リサイクル炭素繊維を活用した樹脂コンポジット材料です。「樹脂の製品を開発しました」というプロダクトアウトから、興味を持っていただいた企業様と現在共同で用途開発をしています。そうすると、「こういうものに使えるんじゃないか」と我々が思いつかない使い方もお客様が考えてくださいました。

ひょんなことから作った樹脂製品ですけれど、そういうやり方もある。世の中には、いいものだけれど「売り方がわからない」というものがありますよね。ものづくり系の商社である我々がそこに目を向けて、つないでいく。「ものづくりプロデューサー」というとおこがましいですが、ものづくりをマネジメントすることができたらと考えています。

採用と教育の多様性

――社員の採用や教育においても、アプローチは変化していきそうでしょうか。

佐久間崇透:
「採用・働き方の多様性」を掲げています。例を挙げると、会社の隣にある保育園はうちが経営していまして、社員のお子さんを預かることで女性社員が定着しました。

有休についても1時間単位で取得できます。多様性にもいろいろな捉え方があると思うのですけれど、様々なハンデを持たれた方も含めて一緒に働ける可能性を追求していきたいです。

教育に関しては、若手にこそ多くの経験をさせたいと考えています。面談をする中で、今までいかに個々のキャリアプランを会社が共有していなかったかがわかりました。その事実を反省した上で、どんな仕事を経験してもらうかを考えていく。そのことが結果的に仕事のやりがいにつながるのではないかと思います。

北米市場でのチャレンジ

――今後の展開について、方針やお考えがあれば教えていただけますか。

佐久間崇透:
北米に進出したのが2018年からなので、そこでなんとか市場を獲得して独り立ちを目指します。アメリカはやはり夢がある大国なので、その中でどれだけ戦っていけるかチャレンジしたい。

売上規模としては、アメリカとメキシコを合わせて10億円ぐらいでして、それを独り立ちといえる3~4倍にしたいと思っています。自動車を中心とした「モビリティ」の領域を中心に新たなビジネスにも積極的にアプローチしていきたいですね。

編集後記

特殊鋼商社としてメインに扱う自動車エンジンは、「頭打ちになることが見えている」と冷静に分析する佐久間社長。事業の拡大は狙いつつも、よその畑に無策で踏み込むことはしない。

「炭素繊維のリサイクル」という環境問題への手助けから生まれた素材を、まだまだ発展途上と言って憚らないことに驚かされた。社会貢献と企業成長の両立を目指し、力強く歩みを進める。

「働きやすさの実現×付加価値アップ」という、“ものづくりプロデューサー”としての難題に苦しむどころか、楽しんで挑戦している。社長の姿勢から学べることは多いだろう。

佐久間 崇透(さくま・たかゆき)/1983年4月27日生まれ。2006年に東京理科大理工学部卒業後、大同特殊鋼へ入社。2011年、父・貞介氏が経営する佐久間特殊鋼へ入社。本社営業グループ長、執行役員、取締役常務を経て2023年3月に社長執行役員就任。「世の中の役に立つ会社」であることを目指し、今年のスローガンとして「笑顔で変革にチャレンジ」を掲げる。