※本ページ内の情報は2023年11月時点のものです。

捺染機メーカーとして1937年に創業した東伸工業株式会社。「捺染」とは糊に染料を溶かした色糊で布に模様を描く染色技術のことをいう。これまで職人の手作業であった捺染をデジタル化し、スクリーン捺染などのさまざまな関連機器を開発した東伸工業の捺染機は「ICHINOSE」ブランドとして世界各国でシェアを拡大している。
同社を率いる代表取締役社長の一ノ瀬孝一氏に、これまでの軌跡や今後の展望、若い社員へ期待することなどを聞いた。

世界から注目される一ノ瀬ブランドの強みとは

——捺染機メーカーとして国内シェアだけでなく、世界にもマーケットを拡大されていますが、貴社の強みはどういったところにありますか。

一ノ瀬孝一:
東伸工業は、捺染機を発明した歴史を持つ会社であり、提供する製品は高精度のものです。有名ブランドのスカーフにも弊社の捺染機が採用されています。捺染機は欧州にも優れたメーカーがありますが、弊社はユーザーの要望に丁寧に応え続け、信頼を勝ち得てきました。創業者は発明家で、新しいアイデアや改良を提案するうちにICHINOSEブランドとして世界でも名が知られていきました。創業者の発明家精神が社員にもマインドとして引き継がれ、世界有数のメーカーとして成長できたのでしょう。

強行突破のマインドで事業立ち上げ

——4代目社長として就任されるまでの苦労したエピソードや、失敗したエピソードがあれば教えてください。

一ノ瀬孝一:
失敗だらけですよ。結果的に成功したというだけです。父親である先代社長には、僕がやりたいことはすべて反対されてきました。親心でしょうか、子どもには失敗させたくないと思うのでしょうね。企画書を作って説得すると一応は納得してくれるものの「いまはやめておこう」と拒否されるばかり。結局は、黙って始めて強行突破し、好きにやってきました。
賛同してくれる社員たちと中国に行って、300万円のお金で事業を始めたこともあります。当時の日本人の中には中国人と仕事をすることに対して偏見の目で見る人もいましたが、僕はアメリカでの留学経験もあって、そういう海外への偏見はいっさいありませんでした。

——アメリカの留学でどのような経験をされたのですか。

一ノ瀬孝一:
留学先のニューヨークはとても国際的な街でした。人種や国境を超えての交流が視野を広げる助けになったかと思います。
中国人の社員が入社したときも、僕の中では何の偏見もない。むしろ、中国では自己実現のために一日中働く人がいます。教えられていないことまで積極的にやってくれました。最初は部品を置くだけだったところから、部品の補填などのサービスを提供して拡大することができました。彼らのおかげで中国の工場は成功したといえます。

——先代社長には、その功績は認められたのですか。

一ノ瀬孝一:
途中からは先代の耳にも入っていたと思います。その後、数千万円の規模で工場をつくることになったので、認められたということでしょうか。でも、僕の功績ではなく一生懸命働いてくれた社員のおかげだし、先代の功績だと思っています。僕なりに一生懸命やったけれども、成功した実感はないですね。失敗もたくさんしましたから。

社員には「チャレンジャー」であってほしい

——作業服の背に「チャレンジャー」と書かれているのが印象的です。これはどのような思いが込められているのですか。

一ノ瀬孝一:
社員には、僕の指示を待たなくていいと常々言っており、どんどんチャレンジしてほしい。仕事は「待ち」の姿勢ではだめだと僕は思います。失敗を恐れる必要はないし、やらなかったら成功も失敗もないですから。
ただ、失敗を恐れるなといっても、やはり失敗はしたくないものです。恥ずかしいし、自分の行動を否定されたような気持ちになりますよね。でも、恥ずかしがらずにどんどんチャレンジしてほしいという思いを込めて、作業服に「チャレンジャー」とプリントしています。

——社長自身の体験から、チャレンジを推奨されているのですね。何か他にも取り組みをされていますか。

一ノ瀬孝一:
「失敗コンテスト」というものを実施しています。年2回、2人以上のチームでの失敗を発表してもらい、失敗すればするほどボーナスが増える仕組みです。2人以上としているのは、チームでの失敗なら仲間が支えてくれるから。1人だと気持ちが折れてしまいますからね。

若い世代へのメッセージ

——若い世代へ向けて、メッセージをお願いします。

一ノ瀬孝一:
チャレンジ精神を大切にして、強行突破する姿勢で挑んでほしいですね。結果が出なかったら周囲には非難されるかもしれませんが、高みを目指して海外で生き残るなら、失敗しても立ち上がりチャレンジを続けてほしい。
約束を守ることも大切です。自分でやると決めたらやり通す。そうでなければ信頼は得られませんから。年齢は関係なく、弊社では定年前の社員でも積極的にチャレンジを続けています。

編集後記

「失敗は恥ずかしいと思うかもしれないが、それが人生を面白くする要因の一つ」と一ノ瀬社長は語る。社長自らが周囲の反対を押し切ってでも挑戦し、成功を勝ち得てきたからこそ、そのマインドが社員にも引き継がれているのだろう。
世界トップシェアを誇る東伸工業のICHINOSEブランドは、今後もユーザーの要望に応えながら成長を続けていくに違いない。

一ノ瀬孝一(いちのせ・こういち)/1966年兵庫県生まれ。米国留学を経て、1991年に東伸工業株式会社へ入社。2013年代表取締役に就任。