1954年の創業以来、サークル錠をはじめとする自転車用錠前の開発を続けてきた「株式会社ニッコー」。長年のノウハウを生かしつつも、老舗企業に新しい風を吹かせた代表取締役社長の千種亨氏にこれまでの道のりと今後の展開をうかがった。
私のキャリアジャーニー・経営者になるまでの道のり
ーー経営者になることは、いつ頃からお考えでしたか?
千種亨:
私は父方・母方ともに、親族が何らかの事業を起ち上げている環境で育ちました。そのため、大学を出てから「自分で事業を行いたい」という思いがあったのです。
NHKで放送された「ザ・商社」というテレビドラマを見て、「世界で活躍する日本人」に感銘を受けたこともあります。昔から貿易が盛んな神戸生まれということも大きいでしょう。
海外出張での経験~リスクをチャンスに~
ーー海外での印象的なご経験があればお聞かせください。
千種亨:
新卒で入った貿易会社では非常に良い経験をしました。27、28歳の頃に「海外出張をしたい」と当時の上司に掛けあったところ、オーストラリア出張の機会が与えられました。この出張では、伊丹から成田、さらにシドニーを経由してメルボルンに到着しました。
成田行きの便が大雪でディレイ、シドニーからはストライキで飛行機が飛ばないトラブルがあり、携帯電話がない時代ですから大変でした。やっとメルボルンに着いた矢先、「メーカー代表として会合でスピーチをしてほしい」と頼まれたのです。
簡単な原稿を用意したものの、総勢100名の社長陣を前に頭の中が真っ白になりました。その時、「若いから適当でも許されるのではないか」という考え方を持っていた、自分自身の「甘え」に気付いたのです。
お客様は貴重な時間を使い来てくださったわけで、若さは言い訳になりません。リスクとチャンスは表裏一体です。そこを生かし切る準備をしていかなければ、と勉強になりました。
ーーこれまでのご経験を生かして、組織に対して付加価値を出せた手応えなどはございますか。
千種亨:
そもそも私が最初に貿易業を選んだきっかけは、「海外を相手に仕事をしたい」という思いがあったからです。母親が英語を得意としていた影響で、私も英語が好きになりました。
弊社は中小企業としては早い段階から海外と縁を持っており、1986年にインドと技術援助契約をし、1987年にタイに進出しています。
ものづくりメーカーとしては確かな成果を挙げていましたが、営業的な拡販の部分で「海外でもっと色々なことができる」と感じ、真新しいアイディアを持ち込めたと思います。
自転車を守る鍵から考える本来の「エコ」
ーー貴社は自転車のサークル錠を開発されて、電動アシスト自転車で8割以上のシェアをお持ちです。会社の強みや製品の魅力を改めてお聞かせください。
千種亨:
製品を自社設計・開発している点は非常に強みだと感じています。また、自転車が本当にエコな乗り物なのかという問題を提起しています。円高の時代は安価な自転車が使い捨てされ、環境負荷物質となっていました。自転車泥棒も立派な「窃盗」ですが、統計によれば、青少年の犯罪の入り口とされています。盗まれないように設計し、長く自転車に乗ってもらうことで、初めてエコな効果が得られるのです。
もう一つの弊社の柱である警音器については、高い品質と安定性、耐久性を目指しています。日本ではホーンを鳴らすことが少ないですが、特にオートバイのホーンは車外に付いているため、雨風や埃、気温の影響を受けやすいですが、いざという時に絶対鳴らなければなりません。
製品を通して安心・安全を届けることが弊社の大きな使命であり、実現するための技術力やノウハウを長年の歴史の中で蓄積しています。
ブランドとしての「TAMBAR」の発展を探る
ーー今後、アウトドアやアパレルの分野へ広げていかれるとうかがいました。
千種亨:
「TAMBAR」を鍵のブランドではなく、一つの世界観を持ったブランドに育てていきたいと思っています。
たとえば、NPO法人とタイアップして、丹波篠山で余った間伐材を再利用したラックを作り、そこに商品を並べています。「TAMBAR」の製品を使っていただくことで、エコロジーについて考えていただきたいのです。
人口の減少に伴い自転車市場は縮小していくことが予想されるため、小売店さんでも自転車以外の販売品を拡充していく構想をなさっています。アパレル製品は選択肢の一つであり、「TAMBAR」の世界観にマッチするショップに向けた新製品開発にも積極的に取り組んでいく予定です。
人材採用の強化~求める人物像~
ーー企業の今後のために、どういった人材が必要だとお考えでしょうか。
千種亨:
学歴や性別、若手かキャリア採用かといったものより、部署ごとのニーズで採用活動をしています。人材育成を支援する制度を整えていますが、自発的に一歩前に出て、チャンスを作っていく方はやはり伸びやすいですよ。
人間の能力はそんなに変わらないもので、本人の意思・やる気が決定的な差を作っていくと考えます。弊社の根幹である「技術」を積極的に理解・吸収していける、前向きなマインドを持った方が必要です。熱意があれば、自分で勉強して能力も高まっていくものですから。
編集後記
創業一家に生まれ、海外での活躍や貿易を常に夢見てきた千種社長。インタビューの終わりには、司馬遼太郎『龍馬がゆく』が愛読書の一つだと教えてくださった。暮らしの安全やエコなど身の回りの問題に寄り添える人物だからこそ、今後の活躍に期待だ。
千種亨(ちぐさ・とおる)/1963年8月、兵庫県神戸市生まれ。1986年3月に関西学院大学経済学部を卒業。同年3月、大竹貿易株式会社へ入社。1996年3月に同社を退職後、フリーランスを経て1997年8月に株式会社ジーコムを設立。2008年2月、株式会社ニッコー取締役に就任。2017年12月、同社の代表取締役へ就任。