
東京近郊を中心に現在41店舗を展開する新感覚グルメカフェ「高倉町珈琲」。同チェーンを牽引するのは、「ガスト」「バーミヤン」「ジョナサン」といった有名ブランドを抱える、すかいらーくグループ創業者の1人である横川竟氏だ。横川氏は1970年、兄弟4人で東京都府中市に日本初のファミリーレストランとなる「すかいらーく」をオープンさせる。またたく間に人気に火が付き、店舗数を増やし、1980年には都心型の「ジョナサン」を出店した。
2003年には兄弟そろって経営から退くも、傾いたすかいらーくグループの経営の再建を任され再びグループのトップに立つ。しかし、利益を追い求め過ぎる会社の経営方針と、料理や食材の質にこだわる横川氏の戦略は折り合わず、2008年に業績悪化の責任を問われ解任となる。もう一度原点に立ち返り、「お客様にとって『より楽しく、より健康で、より安全なもの』を提供できるレストランをつくろう」と、2013年に75歳で新たな飲食店「高倉町珈琲」をオープンさせた。「当面の目標として、現在の41店舗から100店舗へと店舗数を増やす」と語った横川氏。店舗拡大への道のりや店づくりのこだわり、商売の原点について話をうかがった。
「お客様がやってほしいこと」を形にする圧倒的な価値の追求
ーーまずは、横川会長の商売人としての原点を教えてください。
横川竟:
原点は、17〜20歳までの4年間を過ごした築地の「伊勢龍商店」にあります。当時は勉強が嫌いで、生きるために早く働かなければならない事情もありました。しかし、真っ白な状態で世に出たことが、私にとっては大きなプラスでした。まるで白い紙に文字を書くように、親父さんの教えを頭の中に全て印刷し、記憶していったのです。この4年間で叩き込まれた教えが、今日までの私を支えています。
築地では「お客様を差別しないこと」を徹底的に教わりました。親父さんから「1000円のお客様も、3万円のお客様も、同じ心で同じ高さまで頭を下げられるか」と問われたのです。つまり、お買い上げ金額の大きさで態度を変えてはいけないということです。たとえ少額のお客様であっても、高額のお客様と全く同じ感謝の気持ちを持ち、同じ深さで頭を下げられる人間でなければ、商売をしても失敗してしまいます。
ーー「すかいらーく」の成長も、その教えが活きているのでしょうか。
横川竟:
まさにその通りです。築地で学んだ「お客様を差別せず、誠実に向き合う」という教えを、私たちは「お客様がやってほしいことをやり続ける」という決意に変えていました。創業当時は兄弟4人で、睡眠時間以外はすべてを店のために費やす、今の言葉で言えば「トリプルブラック」とも呼べるほど、心身のすべてを捧げる生活を送っていました。ですが4人が全力投球し、人の2倍以上働けば、10人分以上の力を発揮できます。1人ではできないことも、同じ山に登る仲間がいれば、大きなパワーになるのです。
当時の「すかいらーく」は、富士銀行(現・みずほ銀行)の支店長が新入社員を連れてきて「サービスとはこれだ、銀行もこれを見習いなさい」と研修に使うほど、質の高いものでした。私たちは、ホテルの高級店と同じレベルのサービスを手が届く価格で提供することに全力を注いでいたのです。
価値とは「品質と値段のバランス」です。中身がよければ、高くてもお客様は「安い」と感じてくれます。反対に、中身が伴わなければ100円でも高いのです。儲けを自分だけのものにせず、みんなが幸せになるために努力すること。それこそが商売の基本だと、築地で学んだのです。
「使う身になればいい」という商品開発の極意

ーー商品開発において大切にしていることは何ですか。
横川竟:
「自分が使う身になればいい」、ただそれだけです。物事の裏側には必ず理由と目的があります。誰かのために、あるいは人の助けになるためにやったことは、必ず花が咲くのです。たとえば、今では当たり前となった「中濃ソース」も、現場の困りごとを解決した結果生まれました。営業活動でとんかつ屋を回っていた際、「業務用のソースが固くて瓶から出ない」という相談を受けたのです。そこで、とんかつソースを6割、ウスターソースを4割という比率で独自にブレンドし、「分離しやすいから振ってから使ってください」とアドバイスを添えて持っていきました。これが出のよさと美味しさで評判になり、瞬く間に広がっていったのです。
他にも、アメリカで食べたベイクドポテトを再現するためにアイダホ州に工場をつくったり、ピザに適したデンマークのマリボーチーズを導入したりと、常に「お客様の喜び」を基準に挑戦してきました。商売とは正直であること。その信念は、高倉町珈琲の商品づくりにも脈々と受け継がれています。
ーーお客様の期待に応え信頼を築くために、最も大切にされてきたことは何でしょうか。
横川竟:
商売で最も大切なのは「正直であること」です。正しい心を持ち、相手を裏切らないこと。商売は一回でも裏切ればおしまいですが、裏切らず10年続ければ必ず成功します。
それを象徴するできごとが、1978年の正月にありました。当初はアメリカから輸入したメロンを半分に切り、380円ほどで販売する予定でした。しかし、現地の洪水の影響で、一つも届かなくなってしまったのです。業界では「飛行機が来なかった」で済まされる時代でしたが、私は嘘をつきたくなかった。そこで、1個数千円もする静岡産の高級マスクメロンを買い集め、予定通りの380円で販売しました。そのときの損失は5000〜6000万円にのぼりましたが、私は「正直さ」を貫くことを選んだのです。商売人として自分が売るものに責任を持つ。つくっている現場や工場、調味料室まで自分の目で見に行き、安全を確認する。そうした信頼の積み重ねこそが、本当のブランディングになると考えています。
完璧をやめ、「より」よいものを求めるように
ーー「高倉町珈琲」をスタートする際、どのような意気込みで取りかかりましたか。
横川竟:
すかいらーく時代は、高価であっても安全で健康的な食材を提供し、楽しい店をつくりたかったのですが、会社としてはコストを削って利益を上げていく方向に転換していったのでその願いは叶いませんでした。
「高倉町珈琲」では、高価でもこだわった食材を使おうと意気込んだのですが、価格が高いメニューは消費者から支持を得られませんでした。そこで、完璧を求めず「よりおいしく、より安全で、より健康的な食材で料理をつくろう」というテーマを掲げることにしたのです。「より」ということは、今までよりもおいしく、安全で、そして安くなければなりません。有機野菜などの食材選びには目を光らせつつ、世間のニーズを見極め、求めやすい価格帯で提供し続けています。こうして、お客様の日常に寄り添う「高倉町珈琲」としての進むべき方向性が、明確に定まっていったのです。
ーー消費者の目線で商品づくりをしていくということですね。
横川竟:
そうです。消費者が欲しいものを売ればよいのに、会社が売りたいものを売るからダメになります。よい店と悪い店の違いは、「店が売りたいものを売っているのか、消費者が欲しがるものを売っているのかどうか」です。
店舗をつくる上で大事なことは「商売」と「経営」の2つですが、「商売」とは消費者が求めているものを見つけるだけでよいのです。「経営」とは時代の変化をキャッチして継続して利益を上げ成長させることです。そこに能力や理屈は関係ありません。「売れる仕組み」をつくることなんです。
ーー安全性へのこだわりを追求する中で、価格設定はどのように行っていますか。
横川竟:
商品は常に開発し続けており、「いくらくらいなら買ってもらえるかな」と試行錯誤して金額を出しています。たとえば有機野菜を使ったジュースをつくるとします。よい食材を調達できても売値が1200円になってしまうのなら、私は売りません。ジュースなら200円ぐらいで飲みたいところです。しかし200円だと原価にもならず販売には至りません。では「どの価格帯ならお客さんの懐を痛めることなく買ってもらえるのか」を考えるのです。
現在、メニューにある「JAS有機ほうれん草とキウイスムージー」は619円(現在は800円)に設定しましたが、正直それでも「高い」とは思います。ですが、たとえ今の収入が少なくても、「こだわった食材でつくられたものが飲みたい」という人にはギリギリ出せる金額です。実際、このスムージーを飲むことを楽しみに、月に一度通ってくださるお客様もいます。
100店舗で完成させる「売れる仕組み」と次世代への継承
ーー当面の目標が「100店舗への拡大」とのことですが、これにはどういった理由があるのでしょうか。
横川竟:
よりよいものをつくるには、常に予想を超えていくことが必要です。しかし、終わりなき戦いを続けていては経営が成り立ちません。店舗数を拡大していくにしても、どこかで区切りをつけておきたかったのです。そこで、本来なら日本の10万人規模の都市に1軒ずつ店舗をつくると、150店程になるところを100店の目標に留めることで、よりおいしく、より安全で、より健康なものを提供できる可能性が見えてきました。
100店舗まで拡大し、野菜の消費量が増えてくると、産地との直接契約ができるようになります。かつてジョナサンを経営していたとき、山梨の農家を訪ねて「消毒の回数を半分にしてほしい」と交渉し、減農薬野菜を導入したことがあります。きっかけは、防護服で身を固めて消毒を徹底している農家の方が、「自分たちが食べる分は、裏で別に(無消毒で)つくっている」と口にした現実を目の当たりにしたことでした。その衝撃から、「お客様のためにこそ、真に安全なものをつくろう」と心に決めたのです。現在、私が「高倉町珈琲」で目指している100店舗になれば、そうした安全な食材を安く提供できる売れる仕組みが完成すると考えています。
その土台さえできれば、あとは若い世代が発展させていけるはずです。だからこそ、「仕組みと体質は責任を持って私がつくるので、後は自分たちで成長しなさい」と社員には伝えています。100店舗を達成すれば、ひとまず私の仕事はそこで終わりだと思っています。
ーー100店舗を達成された後は、何をされるご予定ですか。
横川竟:
新社長を含め、スタッフがしっかりと道を歩んでくれたら、元気なときには顔を出しつつ、「ゆっくりゴルフでもやろうか」と思っていました。当初は10周年で上場している予定で、そこを区切りに私は引退を考えていました。しかし、新型コロナウイルスの影響を受け、上場計画は見事に崩れてしまったのです。損益を取り戻すためにさらに3年の月日をかけたことで、トータル6年間分のロスとなってしまいました。今が一番頑張らなければならないときです。
教育とは自分から与えていくもの
ーー人材育成にはどのように取り組まれていますか。
横川竟:
人材育成のために私が会社でやっていることは、教育カリキュラムづくりです。会社の思想を投影するのはもちろんですが、現場の一人ひとりの意見を含んだカリキュラムをつくるように指示しています。会社での教育は自分から与えていくものですので、仕事をただ教えるだけでは事足りません。部下を自分の射程距離にどんどん引き込んでいくような関わり方をしていくことがマネジメントだと思います。
ーー店長の育成に関してはいかがでしょうか。
横川竟:
100店舗つくる上で、ただやみくもに数だけ増やすのでは意味がなく、育った店長の数だけ店舗を構えていきたいと考えています。たとえ社外からスカウトするとしても、優秀かどうかよりも「高倉町珈琲で何かをやってみよう」という思いがあるかどうかが1番重要です。正直、私の会社ではスカウトで入社をしたとしても、以前よりも給料が下がってしまいます。そこで我慢して将来を見通し、当初の思いを持ち続けることができるかどうかが分かれ目です。「いい店をつくって利益が出たら、その分給料は払うから、まずは自分で稼ぎなさい」と店長たちには伝えています。
経営者を育てる「18か月」の期限と「温かさ」
ーー経営陣の人事制度はどのように構築されていますか。
横川竟:
経営陣の育成に関しては、入社1年目の人材の中から、社内の評判が高く、私が「よい」と思った人をまず見に行きます。その後、学歴・能力テスト・周囲の評価・実務経験の4つを組み合わせて選定します。
そして選ばれた人材を商品開発・営業・人事・企画・総務の5つの部署で18か月ごとにローテーションします。たとえ、まだ仕事に慣れていない状態だとしても、18か月経てば異動しなければなりません。何故なら優秀な人は18か月も同じ部署にいると仕事をマスターし、意欲が失せてしまいがちだからです。反対に能力がなければ、同じ期間でも、求めている業務の半分もできない人間がおり、その差が浮き彫りになります。入社後1年経ったときに「経営の仕事をやってみたい」と強く決意した人間は、18か月でも必ず結果を出します。
ーー会社を支える右腕となる人材は、どのように登用していくのでしょうか。
横川竟:
内部で育てていくことが大事だと考えています。社員はトップの思想だけではついてきません。そこに「温かさ」がないとダメです。「人というのは、何もないときにいろいろと手をかけても役に立たない。困ったときに何かをしてあげられるかどうかだ」。これは冒頭で話した築地の親父さんが、いつも厳しかったのに私が病気になったときにとても親切に面倒をみてくれた経験から得た教訓です。
仕事は厳しくても、温かい会社には人が残ります。そのために私が今1番大事にしているのは、健康を害したり、不測の事態が起きたときにきちんと会社が面倒をみることです。たとえば社員の具合が悪かったら休ませますし、子どもを育てている人がいればみんなでフォローします。そうしていると、必ず店は混乱するし、お客さんにも怒られます。でも、よい人材が育っていれば、店の信用はおのずと取り返せるものです。経営ができる人は外部にたくさんいても、商売ができる人はあまりいません。だから社内で育たなければならないのです。
1番のこだわりは綺麗なトイレ

ーー店舗づくりで特に注力されていることはありますか。
横川竟:
店のデザイン、かけている音楽、椅子の柔らかさや素材にはもちろんこだわっています。中でも特に力を入れているのは、トイレです。トイレの設備にはしっかりとお金をかけ、汚れにくい素材を選びました。新しく店をオープンする際には広さ、素材、色など全部チェックしています。
私はどれだけ店舗に投資をしても、トイレを綺麗にできなければ意味がないと考えています。清潔を保つためには、毎日の手入れ、掃除を怠らずにやらなければなりません。衛生的なトイレを提供すれば、顧客は必ず満足してくれるのです。
優しい、厳しいといった伝え方は問題ではなく、どういうことがよくて、どれがいけないかということを言い続けるしかないのです。「毎日掃除をしてください」と、優しく言うだけでもよいです。一番いけないのは、言葉だけ厳しくて、掃除をしていなくても目をつぶってしまうことです。注意する者がいないから、掃除をしなくてもお咎めがない店もあります。わざわざ怒らずとも、上の者が来たときに「掃除ができていないよね」とだけ伝えるだけでも意識は変わるはずです。今でも私はお店に顔を出すときがあれば、必ずトイレを見て回り、声をかけるようにしています。
人のために生きる楽しさを知ってほしい
ーー最後に、これからの社会を担う若い世代に向けてメッセージをいただけますか。
横川竟:
若い人たちには、ぜひ人のためになることの楽しさを知ってほしいです。ただ何気なく過ごすのではなく、自分や親、あるいは仲間のために、とことん一生懸命に生きてください。面白おかしく生きることは一瞬のことですが、死ぬときに「しまった」と思ってほしくありません。
人生は年をとってから「よい人生だった」と思えることが大事です。お金も必要ですが、それ以上に健康、そして仲間が必要です。自分がやってきたことでどれだけ世の中に貢献できたか、それが自分自身の豊かさの中に重要な重みを持ってきます。私は昨年で88歳になりましたが、今でも残り50年あるようなつもりで夢を追いかけています。夢を追わなければ、生きている価値も甲斐もありません。
その夢を実現するために不可欠なのが、人間ならではの「知恵」です。現代はAIが注目されていますが、AIそのものは情報を蓄えるだけの「記憶機械」にすぎません。そこに注ぎ込む「ソフト」、つまり人間がこれまで培ってきた商売の知恵や、人を助けるための仕組みが優れていなければ、AIは本来の価値を発揮できないのです。だからこそ、私は今でも寝室にメモを置き、夜中に気がつけばパッと起きてメモを取っています。映画を見てもテレビを見ても、常に自分の会社をどうよくするかを考えています。
商売に終わりはありません。生きてるうちはやり続けます。
編集後記
外食業界に偉大な功績を残しながら、現在もなお、自らの理想に突き進む横川氏。築地で学んだ正直な商売を核に、「すかいらーく」「ジョナサン」、そして「高倉町珈琲」と、どの時代においても常に「お客様がやってほしいこと」を追求し続けてきた。88歳にして「夢を追わなければ生きている価値がない」と言い切り、夜中に目覚めてはメモを取るその情熱には、圧倒されるばかりだ。「みんなが楽しく過ごせるお店をつくりたい」という願いは、品質と価格の絶妙なバランス、つまり本当の意味での「価値」を問い続ける姿勢によって具現化されている。「高倉町珈琲」が目指す100店舗拡大の道のり。そこには単なる数字の達成ではなく、食を通じた豊かな社会への願いが込められている。今後もその挑戦から目が離せない。

横川竟/1937年長野県生まれ、1955年築地の「伊勢龍商店」で商売を学び、1962年兄弟で会社を設立し食料品店を開業、1970年「すかいらーく」を創業、1980年「ジョナサン」社長、2003年「日本フードサービス協会」会長、2008年すかいらーく社長退任。2013年「高倉町珈琲」を創業し、翌年会社を設立。「食」と「外食」の商売で約70年。食べ物が体をつくるということを、安全でおいしい食事として実践したいと語る。