この数年間、新型コロナウイルスの流行により苦戦を強いられた外食産業。業績悪化から倒産を余儀なくされた飲食店も少なくない。そんな中、堅調に売上を維持して時代の危機を乗り越えた企業も存在する。
飲食フランチャイズ事業を展開する株式会社プライムウィル。「ミスタードーナツ」「いきなり!ステーキ」「コメダ珈琲店」など、人気ブランド飲食店を幅広く運営する外食ベンチャーだ。
同社をけん引する加藤道信氏は、株式会社ダスキン在籍中に企業オーナーとしてプライムウィルを起業し、ダスキン退社後に代表取締役に専従した異色の経歴の持ち主。
その歩みには、プライムウィルの社名の通り“最上級の意志”があった。
意図せず始まった外食産業の道
――社長は大学卒業後ダスキンに就職なさっていますが、やはりその頃から外食産業に関心をお持ちだったのでしょうか。
加藤道信:
実は、特に外食産業を志していたわけではありません。学生時代にダスキン2代目社長の著書を読んで「この会社で自分を磨いてみよう」と考えて入社しました。
志望していたのは、ダスキンの本業である清掃用品の営業マン。ところが、その当時のダスキンは外食部門に非常に多く投資している時期で、新卒はほとんど外食部門に配属されたのです。
志とは異なる道でしたが、実際に仕事をしていくうちに外食産業の面白さややりがいを感じるようになりましたね。
自分も経営者になれるという気付き
――会社員時代、どのようなきっかけで起業を考えられたのでしょうか。
加藤道信:
ダスキンはフランチャイズ事業の会社ですから、加盟企業さんとの接点はありました。
でも当時の私は、企業経営者になるような人は「銀のスプーンを咥えて生まれてきた特別な人」だと捉えていて、自分がその方向に進むことはないだろうと思っていたんです。
ところが30歳で結婚し、その結婚相手(現在の専務)が加盟企業の娘だったことが契機となり、いろいろな方との付き合いが広がる中で、「経営者になる人は特別な人たちではない」と気が付きました。
その頃から「プロセスや取り組み方によっては自分も経営者になれる」ということを考えるようになり、40歳の頃には小さいながらも起業しようと決めていました。
妻と二人三脚で苦労した8年間
――ダスキン在籍中に会社の承認を得た上で、奥様は代表、ご自身は後見役として、プライムウィルを創業されたとのことですが、そこから苦労はあったのでしょうか。
加藤道信:
創業から10年余りは苦労の繰り返しでした。軌道に乗るまで長い時間がかかりました。飲食店はオープン景気はあっても、1年か1年半経つと低迷してしまう。店舗数は増えても、それでも赤字。
私の収入から社員の賞与を払ったりと、大変な時期がありました。夫婦で赤字の店を毎週訪れて、外回りの支援をしたり、掃除をしたり。振り返ると涙ぐんでしまうような、苦しい数年間もありました。
赤字が黒字転換した発端は、「いきなり!ステーキ」に参入したこと。飲食店って繁盛店でも月間売上がだいたい800万から1000万円くらいなんですけど、創業期のいきなりステーキは2,000~3,000万円の売上規模を持っていました。
それで「会社が苦しいので直営店を1店舗譲ってください」と社長にお願いして、購入させていただいた。それをスタートに複数のいきなりステーキを出店することで会社が黒字化していきました。
前職の責務を果たしプライムウィルへ
ーー起業後も長くダスキンに在籍されていますが、特別な理由があったのでしょうか。
加藤道信:
起業した会社が黒字化に向かった頃、今度はダスキンの「ミスタードーナツ」事業の売上が悪化したのです。
コンビニエンスストア各社がドーナツ事業に参入したことなどが最も大きな要因でした。その際、商品開発部門の責任者を再度拝命して立て直しに尽力することになったのです。
コンビニとの“ドーナツ戦争”を「ミスドミーツ戦略※1」と「新型店舗※2の開発」で戦いました。そして、V字回復の軌道が見え始めたことでダスキンを退職し、プライムウィルに専従したんです。
現在、プライムウィルでもミスタードーナツショップを6店舗経営しているのですが、出身母体であるダスキン在籍中の貴重な経験が自分自身の礎であり、思想の原点になっているものと感謝しています。
※1 2017年より開始した祗園辻利や鎧塚シェフとのコラボ開発
※2 V21型店舗という店舗タイプと食事メニューを導入した店舗
新たな体験型ビジネスに挑戦
――現在、新しく取り組まれている事業はありますか。また、今後の展望もお聞かせください。
加藤道信:
今取り組んでいるのは、海外旅行者向けの自前の事業。京都の町家一棟を使った海外旅行者向けの体験型ビジネスで、茶道や書道といった日本文化の体験を提供するプロジェクトの準備です。
それから近い将来、会社の成長のタイミングを見てホールディングス化しようと考えています。そうすると傘下企業ごとに社長が生まれることになるので、ネクストリーダーの育成にも全力で取り組んでいます。
境遇や環境に恵まれなくても、能力と努力によっては社長になれる、そのチャンスがあるということを若い人たちに伝えていきたいと思っています。
編集後記
大企業での責務を全うしながら起業を実現し、事業を軌道に乗せた加藤社長。その成功までの道程は決して平坦なものではなかった。
「プライムウィルというのは“最上級の意志”。起業したときに、一旦漕ぎ出した船からは絶対に降りないと決めてスタートしたので、困難なときでも希望を持って前向きに事業展開に挑戦することができた」と語る。
パンデミックや気候変動、円安、資材高など時勢の影響を直に受ける外食ビジネスだが、その分チャンスも大きいのかもしれない。時流や市況の変動を捉え、成長を続ける株式会社プライムウィルの快進撃に期待したい。
加藤道信(かとう・みちのぶ)/1962年大阪府茨木市生まれ。摂南大学卒業後、1986年株式会社ダスキン入社、同年ミスタードーナツ事業本部配属。現場勤務を経て主に商品開発部部門で勤務し、商品開発部責任者に就任後、ポン・デ・リングや飲茶商品の開発を担当する。2003年プライムウィル創業、2018年代表取締役に就任。