乾麺業界の調べによると、2022年の乾麺生産量(そば粉含む)は19万5558トンとなり、前年比の96.1%に減少した。大きな下落こそないが、高齢化や人手不足、原料・エネルギー費の高騰といった相次ぐ課題が操業環境を難しくしている。
そうした中、1200年の歴史を誇る三輪そうめんの担い手である株式会社池利(1850年創業、奈良県桜井市)は、贈答品をはじめとした国内を代表するそうめんメーカーとして170年以上の長きにわたって活躍を続けている。
製造する手延べそうめんは、好評ゆえに天皇家にご嘉納したこともあるほどだが、それにあぐらをかくことはない。
「将来に向けて開発に注力する」と意気込む代表取締役社長の池田利秀氏に、経営スタンスや今後の展開について話を聞いた。
厳しくも温かい上司に鍛えられた修行時代
ーー家業を継ぐことはいつから自覚されていましたか?
池田利秀:
幼稚園児の頃から家業を継ぐように言われていましたが、あまり嬉しく思っていなかったのが正直なところですね。選択の自由がなく、運命を決められていることに抵抗を感じていました。
ですが、生まれつきそうめんは大好きでしたから、大きくなるにしたがって「家を手伝いたい」と前向きな気持ちに変化していきました。
ーー社長就任までのご経験についてお聞かせください。
池田利秀:
大学を出て惣菜小売り大手のロック・フィールド社で修行を積みましたが、こちらでは上司に恵まれましたね。
仕事の報告書をうまく書けなかったため何回もやり直しを命じられて辛かったのですが、できるまで見守って待ってくれていましたから。私が修行のために来ていることも理解してもらいましたし、あの時に鍛えてもらったことは会社経営にも大いに生きていますね。
昨年社長に就任しましたが、10年前から同じような業務を行っていましたので、とくに不都合は感じませんでした。
しかし私は天才肌ではなく叱ってもらって学ぶタイプですから、入社してずっと人に助けられることの連続です。
1人の力では限界があるし、みんなの力を結集しなければという気持ちがより強く、社員にも仕事を押し付けるような方針はとっていません。それぞれの得意、不得意部分をかみ合わせて、社員一丸となって会社を盛り上げていきたいと考えています。
食感のバランスが肝!生産へのこだわりについて
ーー貴社の特長と製品へのこだわりについて教えてください。
池田利秀:
製品へのこだわりは最も配慮するところです。
そうめんの美味しさとは、コシとツルツル食感のバランスだと思っています。コシのあるものをつくっても、ツルツルした食感が得られないと、硬いだけで美味しくないですから。この絶妙なバランスを求めて製造しています。
そして世間の期待を裏切らない優れた商品をつくるために、長い時間培ってきた職人技が欠かせません。それは時代の変化に応じてアレンジを加えながら上質なものに仕上げる技術の結晶でもあります。
通販の商品「色撫子」には社名を入れていませんが、名前を入れなくてもこの商品は売れるんです。この辺の考え方が弊社のすべてを表しています。
この商品が、たとえばヘアサロン5周年の記念品になったり、手土産になったり、お客さんが好きなように姿を変えてくれるんです。面白いものをつくれば商品はお客様の想像をかきたて、お客様にいろんな使い方をしていただけます。
一方、伝統産業の世界でも高齢化が進んでいて、つくり手不足に悩まされていますが、伝統食品とされるそうめんも例外ではありません。
冷たい水で食べるこのそうめんは、水質のいい日本ならではのものです。この日本特有の伝統食文化を守るためにも、技術の継承を喫緊の課題として取り組んでいきます。
会社繁栄のために新商品開発の手は緩めない
ーー商品の開発や販路開拓について教えてください。
池田利秀:
私たちはそうめんメーカーとして基本的にすべてのものを備えています。
自社工場とセットアップする作業場、営業部隊にネット通販のセクション。フィードバックしながら新製品を開発するために十分な環境といえるでしょう。
弊社はかつて色付きのそうめんを業界で先陣を切って発売したように、新製品の開発には並々ならぬ強い意識があります。
修行したロック・フィールド社の社長はよく「背後に危機がある」と発言されていましたが、まったく同様に感じています。会社は常に進化し続けなければ存続することは困難です。そのため環境変化に合わせて開発し続けるのがメーカーの使命と捉えています。
販路についても、ECチャネルの拡充を進めながらも、単なるルートの開拓にとどまるつもりはありません。
例えば「にゅうめん」という商品。これは以前から存在し中身はそうめんと同じですが、つくり方が違います。
にゅうめん専用のダシをつくり、具材も合うものを用意してセット化しました。「家で簡単に美味しいにゅうめんが食べられる」というメッセージを前面に押し出し、メニュー提案型で販売したところ、意外なほど売れ行きが良かったのです。
お客様ニーズにお応えして形や色を変えながら開発するのはもちろん、技術だけでなく販売チャネルや売り方にも工夫を凝らして多角的に進化を続けていきたいと思います。
編集後記
池利では、そうめんに手を触れることを通して食べ物の大切さを理解してもらおうと、子供の手延べ体験教室を積極的に受け入れている。
「小麦粉を引っぱる工程を任せると、みんな競うように喜んで引っぱってくれる」と嬉しそうに語った社長。
伝統食品をつくる会社ゆえの葛藤の中で、次世代に向けてチャレンジする姿をいつまでも見続けたい。
池田利秀(いけだ・としひで)/1972年奈良県生まれ、芦屋大学卒。1995年株式会社ロック・フィールドに入社。3年の修業期間を経て、1998年に家業である株式会社池利に入社。2022年に同社代表取締役社長に就任。業務部を主体に会社全般の円滑な活動に尽力。