※本ページ内の情報は2025年10月時点のものです。

「業務スーパー」を展開する株式会社神戸物産のグループとして、秦食品株式会社はサラダや冷凍麺、ドレッシングなどの製造を担っている。高品質・低価格な商品を安定供給し、グループの成長を支える存在だ。同社を率いる代表取締役社長の秦利幸氏は、かつて経営していた会社で自己破産を経験するという壮絶な過去を持つ。そこからいかにして立ち上がり、現在の成功をつかんだのか。創業者との出会いを経て培われた独自の経営観、失敗を恐れず挑戦を続ける組織文化、仲間と共に幸せを目指すその思いの源流に迫る。

45歳での自己破産と人生の再起をかけた決断

ーーこれまでのご経歴と、キャリアにおける転機についてお聞かせください。

秦利幸:
大学卒業後は、父の会社を継ぐことを見据え、修業の場として大手食品会社に入社しました。そこで営業担当として流通の仕組みなどを4年半学び、その後、父が経営していた会社へ入社しました。

2001年に社長へ就任したものの、当時の経営はすでに厳しい状況でした。立て直しに奔走しましたが、在任8年目となる2009年、45歳のときに自己破産という苦渋の決断を下しました。家も財産もすべてを失い、自己破産後、自由財産(※)の現金99万円しか手元に残りませんでした。70歳を超えた親もおり、「これからどうすればいいのか」と、当時は本当に途方に暮れていました。

(※)自由財産:自己破産をしても処分されない財産。

ーー貴社へ入社された経緯について教えてください。

秦利幸:
八方塞がりの状況のなか、転機は突然訪れました。ある日、創業者の沼田会長がふらっと工場に現れました。最初は、商品を買いに来られたお客様かと思いました。ところが、会長からかけられたのは「ビジネスの話をしましょう」という言葉。驚きながらも会社の窮状を正直にお話ししたところ、グループに迎えていただくことになりました。まさに、神様が降りてきたような瞬間でした。あの出会いがなければ、今の私はありません。

創業者からの課題で覆されたものづくりの常識

ーーグループに入られてから、自身の考え方が大きく変わるきっかけはありましたか。

秦利幸:
会長からいただいた数々の課題が、私の常識を根底から覆しました。最も印象に残っているのは、つくった経験が全くないにもかかわらず、「マヨネーズを一からつくりなさい」という指示を受けたことです。それも「卵を使わない豆乳マヨネーズで、コレステロールゼロの他社にはないものをつくる」という内容でした。朝から晩まで試作を繰り返し、数日かけてようやく完成させることができました。

自社でマヨネーズをつくろうとしていたのは、徹底的に原価を安くするためです。会長からは、メーカーにただ「安くしてほしい」と要求するのではなく、原価構造を分解して考える重要性を教わりました。商品の価格の内訳を細かく分析し、相手の原価を下げるための提案をしながら交渉します。この考え方は、私のものづくりの根幹になりました。

競争から共創へ 全工場で学び合う独自の組織文化

ーーグループ全体で成長するための、貴社独自の文化について教えてください。

秦利幸:
神戸物産グループには、工場が全国に27箇所あります。その全工場の月次試算表が、横並びで全員に見られるようになっているのです。すると、労務費やゴミ捨て代など、さまざまな項目の平均点が出ます。自分の工場が平均より高いのか低いのかが一目瞭然なので、悪いところはすぐに改善していく必要があります。他社の工場はライバルではなく、共に学ぶ仲間。「なんでここはこんなにうまくできたの?」と聞き合える関係です。弊工場では年間300件の改善提案も出ており、挑戦を奨励する風土が根付いています。

廃棄物を価値に変える「ゴミゼロ」実現への挑戦

ーー今後の発展のため、特に注力しているテーマは何でしょうか。

秦利幸:
SDGsの観点からも、工場の「ゴミゼロ」に挑戦していきたいと考えています。食品工場から出るゴミをゼロにするだけでなく、それをさらに有効活用できるものに変えていきたい。たとえば、これまで廃棄していた鶏の足からコラーゲンを抽出し、業務スーパーならではの圧倒的な安さで商品化する。資源の有効利用から新しい商品を生み出す、そんなチャレンジができれば理想です。

また、後継者の育成も進めており、2027年末にスムーズな引き継ぎができるよう、体制を整えているところです。後継者には、今のうちから責任ある立場で多くの経験を積ませてあげたいと考えています。

ーー最後に、社長が大切にされている経営哲学をお聞かせください。

秦利幸:
弊社では「感謝・対話・スピード」、この三本柱を大切にしています。仲間に感謝するからこそ対話が生まれ、対話を通じてスピードも向上していきます。そうすると、もっと良くしたいというチャレンジ精神が生まれ、それが最終的にお客様の笑顔につながると信じています。

自分の幸せは一人ではつくれません。周りの人を幸せにすることで、巡り巡って自分が幸せになる。従業員の給料を上げれば、会社の成績も上がると考えています。皆で幸せになることが、お客様の幸せに必ずつながると確信しています。その気持ちを忘れずに、従業員とともにこれからも仕事に取り組んでいきたいです。

編集後記

秦社長の半生は、まさに波瀾万丈という言葉がふさわしい。しかし、その語り口に悲壮感はない。むしろ、自己破産という絶望的な状況を「神様が降りてきた瞬間」への序章として捉え、すべての出会いと学びに感謝する姿勢が印象的だった。仲間と数値を共有し、共に学び、挑戦をたたえる。そして、関わる人すべての幸せを本気で願う。その経営観こそが、過去の失敗を乗り越え、会社を成長させ続ける最大の原動力なのだろう。同社の挑戦は、多くのビジネスパーソンに勇気と希望を与えてくれるに違いない。

秦利幸/1962年京都府生まれ、京都産業大学卒。水産会社にて営業経理を経験し前身の会社に入社。2001年に代表取締役に就任の後、2009年に株式会社神戸物産グループの一員となり2014年より現在の秦食品株式会社の代表取締役に就任。2025年1月より株式会社神戸物産エコグリーン北海道 代表取締役社長を兼任。現在、ごみゼロ工場を目指し廃棄物の削減・有効利用、生産効率改善活動、人財育成に注力している。