バブル経済期の1991年に3兆円を記録した宝飾業界の市場規模は、景気の悪化や志向変化に伴って縮小傾向にあり、現在では3分の1となる1兆円前後となっている。
再浮上のための再編が進んでいく中、東京貴宝株式会社(1960年設立、東京都台東区)は、全国の宝飾小売店やデパートへの卸売りを主軸にしつつ、独自戦略として展示会を開催し、直接消費者に販売することで全国各地に多くのユーザーを獲得してきた大手企業だ。
そんな同社も2010年代終盤に大きな困難に直面した際、脱却のために大胆な経営刷新を行ったことで、周囲の信頼を急回復させた経験がある。
創業者の孫であり、現在は代表取締役社長として事業を引き継いでいる政木喜仁氏に、社長就任までのエピソードや経験についてインタビューを行った。
展示販売を行うことで真のニーズを発掘
ーー貴社の事業内容と差別化ポイントについて教えてください。
政木喜仁:
私たちの事業の主軸は宝飾品の卸売業ですが、デパートや宝飾店への卸売機能だけでは現代の消費者のニーズを十分に満たすことは難しいと感じています。そのため、最近では展示会での販売にも力を入れて営業活動を展開しています。
展示会を開催することでエンドユーザーと直接コンタクトを取りながら販売できることは、大きなメリットです。
バイヤーさんとだけ取引するスタイルもありますが、それだとバイヤーさんが気に入るものを用意して売ることになります。それでは真のニーズ発掘になりません。
当社は商流としてはあくまで卸売りのBtoBですが、実質はその先のBtoBtoCです。展示会で直接お客様の顔を見てお好みに合わせて仕入れをし、販売することができる。これが私たちの最大の強みです。
「青天の霹靂」そして株式非上場化という攻めの勇退
ーー入社後の経験や社長に就任した経緯をお聞かせください。
政木喜仁:
大卒後に入社して営業部や経理部、管理部とさまざまな業務を担当しました。その頃は社長になる意識はあまりなく、不確実性の高いものと思っていました。
ところが予想もしなかった出来事によって、社長就任が現実味を帯びることになりました。
2018年上場企業としては不適切と判断される取引が発覚し、これに関連した役員が退任する事態となりました。そのため、銀行をはじめ取引先の信頼回復が急務となり、当然、社長交代が不可避となりました。
そこで、業界でよく知られた当社会長の孫である私に白羽の矢が立ったのです。
会長自身の「上場企業で世襲はいかがなものか」という意見もありましたが、周囲の猛プッシュを受けて、政木の血縁である私が社長に就任することになりました。
私のような新人社長をお得意様はとても温かく見守り、「頑張って」と優しく励ましてくださいました。本当に感謝の言葉もありません。
ーー社長になって取り組んだのはどんなことでしょうか?
政木喜仁:
社長交代から徐々に会社は落ち着きを取り戻し、順調に進んでいたところに立ちはだかったのが新型コロナウィルスです。
私たちは対面となる催事や展示会販売を展開していますから、商機を奪われる形になり、結果として2021年度は赤字を記録するほどの大打撃を受けました。
そうした中で、コストのかかる上場維持を見直す動きが社内で起こりました。以前は会社にとって上場は夢であり、ステータスだと考えていました。コンプライアンスの徹底やガバナンス体制の構築など、メリットもありました。
その一方で、業績を回復させるためにも、大胆な経営の転換が必要になり、決断したのが上場の廃止です。
これにより、決断がスピーディーに行えるようになりました。これまでは何か決まれば逐一、適時開示する必要があり、外部に知られることが足かせとなる場合もありました。
非上場化することで、逆に企業として自由に動けるようになったことは大きな第一歩といえます。
実現度の高い自由なアイデアを育む下地づくり
ーー人事面の方針、また採用したい人物像を教えてください。
政木喜仁:
やりがいと自由な発想を生むため、それぞれの仕事に責任を持って担当することがとても大切だと考えます。
私は強いリーダーシップを発揮する経営スタイルより、ボトムアップで社員のアイデアを吸収することを重視しています。そのため、上がってきた提案はほとんど実現しますし、社内のあらゆる業務において自由度は高いと思います。
ジュエリーの販売は、特に人間関係が重要な商売です。お客様は、会話やその空間を含めて好きになってくれます。お買い求めの際に「あの人から買いたい」と人にゆだねるため、宝石を買う方はリピート率が高い傾向です。
接客好きで、お客様の心を満足させたい意欲のある方であれば、他の仕事ではなかなか得られない喜びを感じ取っていただけるでしょう。
編集後記
政木社長は「取引先の皆さまにきちんと説明責任を果たすことで、それまで以上に強固なつながりを築けたと感じています」と、慌ただしい船出となった社長就任当時のことを振り返っている。
失敗や挫折のあとに、以前にも増してサポートが得られるのは、社内外からの信頼度が高い証拠だろう。
コロナショックの影響で2021年に一度赤字を記録したが、2022年には早くも黒字に復帰したと聞くと、高い経営手腕にこの先の伸びしろをイメージせずにいられない。
政木喜仁(まさき・よしひと)/1984年2月18日生まれ、2006年日本大学卒。2008年4月入社後、営業部・経理部・管理部の実務経験を経て、2015年取締役に就任。その後2018年、代表取締役社長に就任。現在、日本ジュエリー協会理事として業界全体の活動にも尽力している。