「レモンサワー50円」「ハイボール99円」「生ビール299円」と、圧倒的な低価格サービスを提供し、その結果大きな成功を収めた株式会社鶏ヤロー。埼玉の獨協大学前店から始まったこの激安価格は、学生街に的を絞った綿密なターゲットマーケティングによるものだ。
厳しい仕事内容や低給料が一般的なイメージの居酒屋業界で、研修や社内制度を整備して変革を図る和田社長。居酒屋経営の険しい道のりと、今後を担う人材育成などについて話をうかがった。
アルバイト先の店長との出会いが運命を変える
ーー居酒屋を経営するに至った経緯をお聞かせください。
和田成司:
僕は貧乏な家庭に生まれ、早くに亡くなった母からは「父のようにはなるな、男なら金持ちになれ」と言われて育ちました。高校から焼肉屋でアルバイトを始めたのですが、そこの店長がカリスマ的な方で、“金髪ロン毛にピアスが50個”といった風貌に、「大人はつまらない」というイメージが一気に払拭されたのです。仕事でもプライベートでも多くの経験を積ませていただきお世話になりました。
やがて店長への憧れから「飲食店の店長になりたい」という夢を抱くようになり、調理師の専門学校を卒業後、20歳で「七輪焼肉鳴尾」に就職。27歳までに370万円の貯金ができ、自己資金を元手に千葉県柏駅前に焼肉屋を開業したことが飲食店経営の始まりです。
独立後は焼肉屋を2店、居酒屋を1店経営していたのですが、次第に資金を使い果たし、お店も回らなくなっていきました。何よりも辛かったことは、独立時に集まり手伝ってくれていた後輩や仲間たちが離れて行ってしまったことです。経営者として、社員の給料や生活、働き方について何も考えていなかった自分の愚かさを反省し、社員の幸せを念頭に置いた新たな店舗の開業に望みをかけました。
起死回生の望みをかけた「鶏ヤロー」のオープン
ーーそこで現在の鶏ヤローが生まれたのですね?
和田成司:
そうです。4店舗目の飲食店として「鶏ヤロー」を埼玉の獨協大学前にオープンしました。これが最後のチャンスだと思い、プライドを捨てて取り組みました。
一番の売りは、インパクトのある価格設定です。「生ビール299円、ハイボール50円、サワー・カクテル・焼酎99円」と店の前にでかでかと看板を掲げました。それが店舗のスタイルとして現在でも続いています。
ターゲットを学生街に絞り店舗拡大に挑む
ーーその後の店舗拡大はどのような戦略で進められたのでしょうか?
和田成司:
当時鶏ヤローの目の前には、居酒屋チェーン店「鳥貴族」があり、埼玉県の鳥貴族の中で売上1位の店舗だと分かりました。理由を聞くと、約3万人の学生が通う大学の最寄り駅前店舗だからということでした。
そこで、日本全国の大学に近い駅と学生数を調べました。学生数が多く土地の単価が安い場所として目を付けたのが、5万人の学生が通う千葉大学近くの西千葉駅です。その後も同様のマーケティングをおこない、主に学生街へと店舗を増やしていきました。
ーー安さへのこだわりについてお聞かせ願えますか。
和田成司:
格安居酒屋というと、他の経営者からは「上手くいかない」とばかにされることも多いのですが、僕は至って真面目に価格設定をしています。QSC(品質・接客・清潔さ)を徹底してコンセプトもしっかりとつくっています。
「安い」というのは下に見られがちな価値観ですが、より選択肢の幅を広げてくれるものだと思っています。車に例えると、低価格のカローラにしか乗れないのと、ベンツにも乗れるけれどあえてカローラを選ぶのとでは、幸福度の高さが違います。選択の枠をより広げてくれる安さというのは、素晴らしい価値観なのです。
目指すは100店舗達成、日本のトップ20へ
ーー今後のビジョンを教えてください。
和田成司:
現在店舗数が50店舗ほどあり、今期の目標として66店舗出店を目指しています。単一業態で100店舗出店しているのは日本で20社しかありません。仲間たちにもトップ20に入るところを見せてあげたいので、3年以内には100店舗達成を目指しています。
ーー店舗が拡大するにつれ、企業理念や社長の思いが行き渡りにくいこともあるかと思います。伝え方にどのような工夫をされていますか?
和田成司:
入社前の理念研修から始まり、アルバイトを含めた月1回の研修、広い会場を借りた社外研修など、研修制度を数多く設けています。そこで企業理念であるWINWINの関係について社員に落とし込みます。居酒屋業界に根付いてしまった「きつい・危険・給料が安い」というイメージを、関わる人全てがWINWINの関係になることで「カッコイイ・稼げる・叶う」に変革していこうと伝えています。
従業員とのWINWINの関係を築くためのカラクリ
ーーWINWINの関係とは、具体的にどのようなものでしょうか?
和田成司:
居酒屋は特に、夜間忙しなく働いても平均年収は450万円程度と低く、従業員とのWINWINの関係が築けていません。1番多い理由としては開業時の初期投資が高過ぎることです。店舗をつくる際、テナントの内装設備を全て取り除いた「スケルトン工事」をすると5000万円ほどかかります。従業員が懸命に働いたところで店の営業利益は出ず、給料も上がりません。
その点、弊社は元の設備を利用した「居抜き工事」に徹し、利益を従業員に還元しています。店長は年収800万円を超え、賞与も今期は3回ありました。居酒屋業界にこうした従業員とのWINWINの関係構築が広がれば、「カッコイイ・稼げる・叶う」店長も増え、イメージを一新することにつながると思います。
ーー社内の人材育成についてはどのような取り組みをされていますか?
和田成司:
先ほど社内研修を数多く開催しているとお話ししましたが、それと合わせて経営を担う立場の人間を、きちんと評価することが大切です。全国の店長・副店長について、QSCの達成度や社内アンケートからランキングを作成し、毎月発表することで自分の現在地を把握させ、モチベーションアップにつなげています。誰でもランキングを見られるようにすることで各店舗のワンマン経営を防ぎ、良い部分は社員同士で共有することが可能になりました。
編集後記
安さにこだわり利益を求めるだけでなく、顧客・従業員・社会に対してWINWINの関係を築くことで飲食業界全体のイメージアップを図る和田社長。
「尊敬する社長が言っていた“人は楽しいところに集まる”という言葉が真理だと思っています。常に見られている意識を持ち、とにかく楽しい場所をつくっていきたい」と笑顔で語った。和田社長がつくりあげる飲食業界の未来は明るいだろう。
和田成司(わだ・せいじ)/1982年12月生まれ。千葉県野田市出身。高校生時代3年間焼肉店でアルバイトをしたことがきっかけで飲食業に進むことを目指す。調理師専門学校に行き20歳でエスフーズ子会社「焼肉鳴尾」に就職。店長、マネージャーを経験した後、6年後の27歳で起業。