※本ページ内の情報は2024年1月時点のものです。

日本は農業従事者の減少や高齢化が進んでおり、担い手不足が深刻な問題となっている。

そんな中、食の領域で生産者と消費者をつなげる活動をしているのが、「イシイのおべんとクンミートボール」で知られる、石井食品株式会社だ。同社は一貫して、製造過程において無添加調理(※)にこだわっており、安心・安全・便利な商品を提供している。

戦後に「佃煮」の製造販売からスタートし、現在第4創業期を迎えた同社は「ライフスタイルフードカンパニー」を2030年に向けたVISIONに掲げ、生産者と消費者をつなぎ、日本の食生活の改善活動に力を入れている。

IT業界から食品業界へと転身し、子どもたちに食の楽しさを知ってもらおうと奔走する代表取締役社長執行役員の石井智康氏の想いを聞いた。

(※)無添加調理とは:
素材本来の味を生かすため、製造過程において食品添加物を使用しない製造方法

家業は継がないと決めていた石井社長が石井食品に入社するまで

ーー石井食品に入社される前はITエンジニアとして働かれていたそうですが、当時は家業を継ぐことは意識されてなかったのですか。

石井智康:
小さい頃から「石井家に生まれたのだから将来会社を継ぐのではないか」というプレッシャーがありました。

しかし、反骨精神が強い私は、家業を継ぐことを親に依存することと考えていた時期がありました。なので、今思えば家業とはかかわらずにいようと過度に意識していましたね。

ーー石井食品に入社される以前のご経歴についてお聞かせいただけますか。

石井智康:
もともと数学と世界史、物理が好きだったので、すべての学部の授業を一般教養で取れるという理由で早稲田大学の文学部に入学し、アメリカの大学(St.Mary's College of California)へ留学もしました。

それから就職活動をするにあたって、日本とアメリカの大学で学んでいたプログラミングを極めたいと思い、当時アクセンチュア株式会社の姉妹会社だった、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ株式会社(現アクセンチュア株式会社)に入社しました。

こうしてプログラマーになったものの、次第にプロジェクトのマネジメントやお客様との折衝がメインになり、当初自分がやりたかった開発や設計の仕事からは遠ざかっていきました。

そこでプログラミング開発に専念するため、スマートフォン向けアプリやウェブアプリの開発を行うベンチャー企業に転職しました。

このベンチャー企業でも楽しく仕事をしていたのですが、限られた予算でできることには限界があると感じていたことと、既存のシステム開発のやり方ではなく、アジャイル開発に関わりたいという気持ちが強くなっていきました。

従来のシステム開発の場合は、エンドユーザーとクライアントにとって便利なソフトウェアを作るため、はじめにシステム開発の目的を決めてから設計し、最終的に開発テストを行います。しかし、2〜3年かけて完成したころには、そのシステムが時代遅れになる場合も少なくありません。

一方、アジャイル開発は、まずは小さく作ってテストをしながら開発を進めるため、その都度顧客の要望も取り入れられますし、追加の作業が少なくなるためスピーディーに開発できるのです。

私はこのアジャイル開発に魅力を感じ、個人で活動しようと思いフリーランスのエンジニアに転身し、エンジニアたちとチームをつくって開発に携わるようになりました。

ーーそれから家業を引き継ぐまでにはどういった経緯があったのでしょうか。

石井智康:
システムを開発するにあたって人事評価や予算の組み方など、ビジネスの根幹に関わるようになったことで、徐々に「会社を経営する」ということが身近に感じるようになっていきました。

そして今後のキャリアを考えたときに、このままフリーランスを継続するか、企業へ就職し会社員になるか、あるいは起業するのかと、様々な選択肢が浮かび上がりました。

そのような中、当時田植えを手伝う機会があったこと、妻の病気が見つかったことがきっかけで、食や農業への関心が高まったタイミングだったこともあり、食に関するビジネスを始めようと考え始めました。

そのときに家業である石井食品は、自分がやりたいと考えていた無添加調理(※)にこだわり、すでに工場を持ち商品を世の中に届ける環境が整っていることに気づいたんです。

それから当時会長であった父と話し合いをし、石井食品に入社することになりました。

ーーその頃には家業を継ぐことへの考え方は変わっていたのでしょうか。

石井智康:
フリーランスになって、自分の力でビジネスをできるという自信がついたことが大きかったですね。

また、ベンチャー企業の創業者の方々の社会を良くしようとするエネルギーを感じたことで、経営者への見方が変わり、家業をフラットな視点で見られるようになりました。

就任時の思いや事業承継の厳しさを感じた出来事

ーー石井食品に入社されてからはいかがでしたか。

石井智康:
フリーランス時代にたくさんのベンチャー企業の創業者の方々とお会いするうちに、自分でビジネスを起こし、社会に影響を与えようとする強いエネルギーを感じたんですね。こうした経験を経て、家業である石井食品についてもフラットに見られるようになりました。

また、前会長である父は時代にあわせた常に新しいことを突き進める人だったので、向上心を持ち前向きなマインドを持つ社員が多い社風であったため、異業種出身の私を快く迎え入れてくれました。

社員については足の引っ張り合いなどはせず、とにかく目の前のことをこつこつ頑張る、真面目でいい人ばかりだなと感じましたね。

その他にもすべての製品に品質保証番号を付け、原材料や原産地、加工日、アレルギー対象原料などを調べられるようにし、商品情報をすべてオープンにしているのも弊社ならではのこだわりだと感じました。

ーー入社後1年で社長に就任されていますが、どのような事業改革をされてきたのでしょうか。

石井智康:
私が入社してはじめに取り組んだのは、既存の赤字経営の改善や、不要な経費の整理でした。事業を減らしたので売り上げは多少落ちたものの、営業利益率の向上を目指し、徐々に黒字化に成功しました。

私はこれまで数々のスタートアップ企業を見てきたため、何もないところから事業を立ち上げることに比べれば、すでにリソースやノウハウのある老舗企業の事業を引き継ぐことは本当にありがたいことだと思います。

けれど、スタートアップはゼロからつくっていく楽しさがある一方で、事業を引き継ぐ場合は余分なものを捨てるところから始めなければならず、決して楽ではないなと実感しました。

ーー業務改革を行う際、ITツールではなくホワイトボードを使ったというエピソードが印象的でした。

石井智康:
エンジニアはITツールを多用するイメージがあるかと思いますが、キーボードを叩いて入力するよりも、付箋に書いて貼った方が意見が出やすく、アナログの方が役立つ場合が多くあります。

また、手書きであれば乱暴に書いてあるのか、力強く書いてあるのか、小さく書いてあるのかによって、性格やその場の雰囲気、書いたときの気持ちも表れますよね。

特に弊社の場合はアナログなやり方で業務を進めていたこともあり、いきなりITツールを導入してしまうと業務が滞ってしまうと考え、ホワイトボードの設置を行いました。そして私が全部署を回って会社の長所や強み、解決すべき課題について社員のみなさんに書き出してもらい、今後も大切にすべきこと、改善すべきことについて話し合いました。

石井食品の注力テーマ・求める人物像について

ーー今後、貴社が目指す姿について教えていただけますか。

石井智康:
弊社は食品製造の技術や信頼、地域の生産者とのネットワークを軸に、ライフスタイルに変革を与える「ライフスタイルフードカンパニー」を目指しています。

弊社がライフスタイルフードカンパニーを目指す理由は、これから先の未来を担う子どもたちが安心してほんとうにおいしいものを食べてもらいたいとの想いから「子育て」をはじめとする様々な生活シーンを支えライフスタイル変革につながる取り組みを進めるためです。

ただ栄養バランスが良いだけでなく、食事として楽しみながら「美味しくて続けてきたけど、だんだん体の調子が良くなってきたな」と思っていただくのが理想です。

また、みなさんが日々食べているものがどのように作られているのかを知り、食への興味を持ってもらえるよう、地域の生産者様と共にこれからも情報発信をしていきたいですね。

ーー現在は具体的にどのような取り組みをされているのですか。

石井智康:
現在は第四創業期と銘打って「地域と旬」をテーマに、生産者・食品メーカー・小売店・消費者が一歩通行ではなく循環するビジネスモデルづくりに注力しています。

弊社が各地域の旬の食材やその魅力について発信することで、それぞれの地域や食材のファンを増やし、雇用や新規就農者の増加につなげることを目指しています。

今後も地域の生産者の方と共に取り組みを続け、持続可能な農業モデルをつくっていこうと考えています。

ーー今後、注力したいテーマはございますか。

石井智康:
地域にある工場と連携し、採れたての食材を使った商品づくりを実現したいと考えています。

これまで食品メーカーでは、工場を一カ所に集約するのが一般的でした。しかし、東北で育った野菜を関東の工場まで運ぶとなると、どうしても鮮度が落ちてしまいます。

そこで既存の工場を活用し、調達したばかりの食材を現地で調理することで、より新鮮な状態でお客様に提供できればと考えています。

ーーどのような方に仲間として働いてもらいたいと思いますか。

石井智康:
ミートボールをはじめ今ある弊社の商品は引き続き品質を維持しつつ、向上心を持ち失敗から学ぶことで変化を楽しめる方とともに働きたいと考えています。

地域と旬の事業をより強化していくためにも地域活性化の活動を通じて、食や農業を未来の子どもたちのためにつなげていきたいという意志があり、課題を自分事と捉えられる方と一緒に働きたいです。

編集後記

祖父の代から続く会社の跡取りとして、周囲から会社を継ぐことを期待されるのが嫌で仕方なかったという石井社長。それからIT業界でエンジニアとしてさまざまな企業の創業者と接する中で、家業への見方も変わったという。子どもたちに安心して食べさせられる商品を作り、食の楽しさを提供する石井食品株式会社は、これからも日本の食卓に笑顔を届けてくれることだろう。

石井智康(いしい・ともやす)/1981年6月20日生まれ。早稲田大学在学中にSt.Mary's College of Californiaに留学し、2006年に大学を卒業。同年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現:アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年、祖父の創立した石井食品株式会社に参画。2018年6月、代表取締役社長執行役員に就任。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。