
奈良トヨタ株式会社は、1942年の設立以来、奈良の地でモビリティ社会の発展を支え続けてきた歴史ある企業だ。現在は、トヨタ車全車種の販売に加え、フォルクスワーゲン、ダイハツといった多岐にわたるブランドを取り扱っている。さらには産業車両やレンタリース事業も手がけ、地域の人々の移動を総合的にサポートする体制も整えている。
同社は「健康経営優良法人ホワイト500」に通算8回認定されるなど、先進的な働き方改革でも知られる存在だ。近年では、往年の名車を修復する「レストア事業」の立ち上げや、全店舗のリブランディングといった、伝統を守りながらも大胆な改革を次々と実行している。今回は代表取締役社長の菊池攻氏に、社長就任するまでの道のりから、独自のブランディング戦略、そして次世代を見据えた組織づくりについて、話をうかがった。
奈良県特化の老舗自動車販売企業の代表取締役社長に就任するまで
ーーまずは、貴社の代表取締役社長に就任するまでの経緯を教えてください。
菊池攻:
弊社は祖父が創業した三代にわたるオーナー企業です。創業者の活動はTBSドラマ「リーダーズⅡ」で大泉洋さんが演じてくれました。大学卒業後に弊社へ入社しましたが、まずは修業としてメーカーであるトヨタ自動車株式会社へ出向しました。そこで国内営業関係の様々な部署を3年間経験した後、さらに研鑽を積むべく、当時から高い顧客信頼を誇っていた岐阜トヨタ自動車株式会社へ移ることになりました。
岐阜トヨタでの日々は、私にとって非常に刺激的なものでした。営業スタッフ一人ひとりが担当地域を明確に定め、そのエリア内で密着して活動を行うテリトリー制を推進していたからです。奈良の環境とは異なる、厳しいながらも合理的な営業スタイルを肌で感じたことは、他社の優れた文化を学ぶ絶好の機会となりました。
当初、岐阜トヨタには2年ほど在籍する予定でしたが、先代が体調を崩されたため、期間を1年半に短縮して急遽呼び戻されました。社長就任に向けた準備を早急に進める必要があったため、企画部長として帰任し、その後取締役を経て、1992年に代表取締役社長に就任しました。
ーー急遽バトンを引き継ぐ形となりましたが、その後の苦難はどのようにして乗り越えられたのでしょうか。
菊池攻:
先代が66歳でお亡くなりになり、予定よりも早く経営の舵取りを担うことになりましたが、当時はまだ33歳と若く、経営者としての経験も不足していました。周囲を納得させ、会社を率いていくためには、まずは私自身が社長にふさわしい「器の大きい人間」へと成長しなければならないと考えました。
そこで私は、自らの知見を深め、人間力を磨くために、積極的に社外へ飛び出し人脈を広げることに努めました。特に奈良には、全国的に知名度が高く、深い歴史を持つ神社仏閣が数多く存在します。そこにおられる高僧の方々は、非常に高い見識と全国規模の広範な人脈を持っておられます。私はそうした方々と交流を重ねることで、経営のヒントや人間としての在り方を学びたいと考えました。
実際、僧侶の方と海外巡礼に同行した際には、世界各地の多様な価値観に触れ、自分の視野が劇的に広がるのを感じました。この経験が、「社員一人ひとりの多様な価値観を尊重する」という現在の私の教育方針の原点となっています。外部での学びを通じて己を磨き、多角的な視点を持てたからこそ、世代交代や環境変化という大きな壁も乗り越えることができたのだと確信しています。
レストア事業への挑戦による唯一無二の独自ブランドの確立
ーー近年、特に注力されている「レストア事業」の歩みについて教えてください。
菊池攻:
往年の名車を修復・再生する「レストア事業」に力を入れています。きっかけは2014年、全国のトヨタ店誕生70周年の記念プロジェクトで「クラウン」をレストアしたことでした。全国50社のトヨタ販売店が、トヨタのシンボルである「クラウン」をレストアしてパレードを行うプロジェクトに参加したのです。
その後もチャネルの周年行事に合わせて「カローラ」のレストアなどを継続していきました。すると、次第に現場のエンジニアたちから「自分たちの技術を活かし、ぜひレストアを事業の柱として展開していきたい」という声が上がりはじめたのです。
エンジニアは普段、どちらかといえば「黒子」としてお客様を支える立場ですが、彼らが主役となり、その熟練技を披露できる「城」をつくりたい。そうした思いから、2022年にレストア車両の展示施設「まほろばミュージアム」をオープンさせました。歴史と文化の街である奈良に、工業製品の美を伝える新たな発信拠点を設けることで、エンジニアの育成と地域貢献を同時に実現することを目指しています。
ーーオープン以来、反響はいかがですか。
菊池攻:
特に話題になったのが、高市早苗内閣総理大臣の愛車「スープラ」のレストアです。高市総理が30年ほど大切にされていた「スープラ」が老朽化して困っておられると聞き、弊社で承ることになりました。修復後はミュージアムで展示を行い、全国から大変な反響をいただきました。現在は、高市総理がかつて選挙カーとして使用された「ヴィーナス号」も並べて展示しています。
こうした取り組みは、単なる懐古趣味ではありません。昨今の旧車ブームもあり、本格的な設備と技術を求めて、九州のお客様から「『映画 バック・トゥ・ザ・フューチャー』に登場する未来の車のような仕様にしたい」といった特殊なご要望をいただくなど、全国から依頼が舞い込むようになりました。
自動車メーカーの博物館ではなく、一販売店がこれほど大掛かりにレストア事業を行うのは全国でも稀なケースです。オープンから3年強で来場者数は2万3000人を超え、今では他社にはない弊社の強みとなっています。

ーー整備士の採用や育成にも影響はありますか。
菊池攻:
非常に大きな効果があります。現代の車はEVやハイブリッドが中心で、整備作業もパソコンをつないでの診断などデジタルな要素が強くなっています。一方でレストアは、エンジンの分解や部品の修復など、車本来の構造に触れるアナログな技術が必要です。
若いエンジニアがベテランと共に旧車を整備することで、自動車の原点を知り、技術を継承することができます。デジタルとアナログ、双方の技術を学べる環境は、エンジニアとしての成長意欲を刺激し、採用面でも大きな魅力になっています。
時代の変化に合わせた組織改革とリブランディング
ーー2020年に自動車販売業界を大きく揺るがした全国トヨタディーラーの「全車種併売化」に際し、貴社ではどのような対応をされたのでしょうか。
菊池攻:
全社のリブランディングを実行しました。かつてのトヨタ車販売は、高級車を扱う「トヨタ店」や大衆車中心の「カローラ店」といった、販売チャネルごとに専売車種が決まっている「チャネル制」が主流でした。しかし、2020年の全車種併売化により、どこの販売店でも同じ車が買えるようになったのです。他社との差別化が急務となりました。
そこで私たちは、トヨタ店の伝統色であった「ワインレッド」から、奈良トヨタ独自のコーポレートカラーである「若草グリーン」へとイメージカラーを一新しました。
奈良の豊かな自然や歴史と共生するという強いメッセージを込め、奈良県内にある約30の全店舗の外装・内装をすべてリノベーションしました。これほど大規模な一斉リニューアルを行った販売店は全国的にも珍しいでしょう。この改革によって、車種の差ではなく「奈良トヨタ」という地域ブランドそのものがお客様に浸透してきたと実感しています。
ーー社名の変更や、新たなモビリティ事業についても教えてください。
菊池攻:
2021年、トヨタカローラ奈良株式会社との合併を機に、社名から「自動車」を外し、「奈良トヨタ株式会社」としました。これは、単に車を販売するだけでなく、「移動(モビリティ)」全体を担う企業へと進化する決意の表れです。
その一環として、天理市やタクシー会社、バス会社といった地元の交通事業者と連携し、AIデマンドバス「チョイソコてんり」の運行を開始しました。バス路線が廃止された地域の移動手段を確保するなど、地域課題の解決に向けた新しい事業モデルの構築に取り組んでいます。
社員が輝く職場環境の整備と持続可能な地域密着経営

ーー働きやすい環境づくりのために、どのような取り組みをされていますか。
菊池攻:
全国のトヨタの販売店の中でいち早く取り組んできたのが「健康経営」です。2017年から開始し、おかげさまで「健康経営優良法人ホワイト500」に通算8回認定されています。大企業を含む上位500社の中の1社に選ばれ続けていることは、とても光栄で有難いことです。また、環境省が策定した環境マネジメントシステム「エコアクション21」の認証を全店舗で取得しています。この「健康経営」と「環境保全」という2つの社会的責任を高いレベルで両立させている自動車販売会社は、全国的にも極めて稀な存在であると自負しています。
また、ハード面の改善も徹底しており、特に工場のリニューアルには注力しました。お客様の目に触れる場所だけでなく、社員が働くバックヤードこそ快適であるべきだという考えのもと、全工場の作業ブースにエアコンを完備し、休憩室やトイレも一新しました。さらに、営業とサービスのスタッフをワンフロアに統合して連携を深めるなど、働きやすさと業務効率の両立を図っています。
ーー人材の育成については、どのような方針で取り組まれていますか。
菊池攻:
三重県の賢島や長野県の蓼科高原に自社の研修施設を整備し、全社員を対象とした宿泊研修を定期的に実施しています。研修では、業務に必要な座学はもちろん、「ホワイト500」認定企業として、高い倫理観を養うためのコンプライアンス教育などにも重点を置いています。しかし、最大の目的は、社員同士の人間関係を円滑にして、日々の仕事をより良い環境で行えるようにすることにあります。今後は世代交代が必要となってくるので、社員一人ひとりのスキルやパフォーマンス向上につなげられる施策を数多く行っていきたいと考えております。
また、弊社では多様なブランドを扱っているからこそ、個人の適性に合わせた配置が可能です。たとえば「レクサス」であれば、メカニズムに精通した知識欲の高いお客様への対応力が求められますし、「ダイハツ」であればファミリー層に向けた家族と車を楽しむ提案が求められます。部門ごとに得られる知見や求められるスキルが異なるからこそ、個々の個性を活かしながら、自分に最適なフィールドで成長していくことができるのです。
ーー採用面では、どのようなことに注力されていますか。
菊池攻:
新卒採用に注力するのはもちろんのこと、既存の社員から知人を紹介してもらう「リファラル採用」も積極的に取り入れています。また、業界全体の課題である整備士不足の対策として、ネパールやミャンマーからの外国人材の受け入れも本年度より本格化させます。
あわせて、「整備士になりたいけれど資格がない」という方のために、入社後に整備学校へ通う学費を全額会社がサポートする奨学金制度も設けました。一定期間勤務すれば返済も免除されるため、未経験からでも安心してプロを目指せる環境が整っています。
また、若手だけでなくベテラン社員の活用にも力を入れています。定年を迎えたベテラン社員に対しても、スキルに応じて「シニアプロフェッショナル」「シニアマイスター」といった処遇を用意し、長く活躍できる制度を整えています。国籍や年齢、経験を問わず、多様な人材がそれぞれの強みを活かせる組織づくりを目指しています。
現地現物の精神を継承し不透明な時代を拓くリーダーの育成
ーー今後の展望について教えてください。
菊池攻:
人口減少社会を見据え、単に店舗数を追うのではなく、既存店舗の価値を最大化させることに注力します。具体的には、トヨタ車・ダイハツ車・産業車両(フォークリフト)・レンタカーなどを1箇所で扱う「複合店舗化」を進め、お客様のニーズに一拠点で応えるワンストップサービスの質を高めていく方針です。イオンの敷地内にも出店しました。
そうした事業基盤の上で、創業以来大切にしてきた物語や歴史を大切にしつつ、次世代に向けて会社を進化させていく必要があります。その一環として、20〜40代の若手・中堅社員を中心とした「2035委員会」を発足させました。10年後の2035年に奈良トヨタがどうあるべきかを若い世代自らが描き、経営やプランニングに積極的に参加できる風土を醸成したいと考えています。
また、次世代リーダーの育成においては、効率的なデジタル活用を推進する一方で、あえて「現場第一主義」という姿勢を重視しています。これは、情報に頼るだけでなく、自ら現場へ足を運び、自分の目で事実(現物)を確かめるというトヨタグループが大切にしてきた指針です。不透明な時代だからこそ、二次情報に惑わされず、現場で起きている真実を掴み、人と人とのアナログな対話を通じて信頼関係を築く。その「自ら動く力」こそが、これからのリーダーには不可欠だと確信しています。
ーー最後に読者の若手人材に向けてメッセージをお願いします。
菊池攻:
たくさん経験を積んで、自分の世界を広げていってほしいと思います。自分が思っている以上に世界は広く、知らないことばかりでしょう。未知の世界に対して一生懸命下調べすることももちろん大切ですが、まずは自分で経験してみることですね。
今の時代、多くの情報が溢れ、調べればすぐに必要な情報は手に入りますが、自分で経験してそのときに得た感動や知恵は、今後の変化の激しい時代を生き抜いていくために必要不可欠なものだと思っています。多くのリアルな体験を積むことにより、自分のかけがえのない人生を切り開いてください。
編集後記
「伝統を守る」とは、過去の形を維持することではなく、自ら変わり続けることにほかならない。高い視座から常に時代の先を読み、既存の枠組みに捉われず変化を厭わない菊池氏の姿勢が、若手に十年後の未来を託すという決断に繋がっている。リブランディングや新たな人事制度の根底にあるのは、何よりも「人」を大切にする温かな眼差しだ。歴史ある組織でありながら、世代や国籍を超えて多様な個性が混ざり合う。奈良の地に根ざし、しなやかに進化を続けるこの会社には、一歩先をゆく面白さとワクワクするような未来が詰まっている。

菊池攻/1982年上智大学文学部を卒業後、奈良トヨタ自動車株式会社(現・奈良トヨタ株式会社)に入社。取締役、常務取締役、副社長を経て、1992年同社代表取締役社長に就任。奈良県経済倶楽部会長、奈良商工会議所副会頭ほか多数の公職を務める。2007年10月には県最年少で奈良県公安委員長に就任。また薪御能保存会会長、県内各社寺の役員などを務める。2000年末にはアフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂、2005年7月には大峯奥駆修行満行。2019年藍綬褒章、2025年日本ボーイスカウト連盟「たか章」受賞。