※本ページ内の情報は2024年4月時点のものです。

「コンピュータビジョン」。一見聞き慣れない言葉だが、その実態はスマートフォン(以下スマホ)の手ブレ補正機能や、車に搭載されたカメラ認識機能など、私たちの生活に非常に密接している。

株式会社モルフォは業界内で知らない者はおらず、この領域でトップを走るIT企業だ。

コンピュータビジョン分野の第一線で活躍する代表取締役社長の平賀督基氏に、現在の事業と今後の展望について話を聞いた。

幼少期の映像体験が今の自分を作っている

ーー学生時代はどのような研究をされていましたか。

平賀督基:
「コンピュータビジョン」と呼ばれる領域を研究していました。

コンピュータビジョンは、「カメラなどで撮影した画像や映像から世界をどう認識するか」という画像認識分野です。情報科学の中でも、そのような画像・映像に関わる技術の勉強をしていました。

ーーコンピュータビジョンに興味を持ったきっかけを教えてください。

平賀督基:
コンピューターに興味を持ったのは小学生の頃です。当時はファミコンが出始めたばかりで、とても流行っていました。親に「買ってほしい」と頼んだら、ある日突然「マイコン」と呼ばれる当時のコンピューターが家にやってきました。

当時、「マイコンBASICマガジン」という、読者が開発した自作ゲームのソースコードが載っている雑誌があり、その雑誌を買って投稿作品のソースコードを打ち込んだのが、コンピューターに触れた初めての経験です。それがきっかけでコンピューターに興味を持ちました。

その後、高校1年生の時に大阪で開催された万博で、富士通提供のCGを使ったサイエンス映像作品を見ました。その映像はプラネタリウムのスクリーン上に写され、当時としては画期的な、メガネをかけて見る3D映像作品でした。当時はフルカラーの3D映像がまだない時代だったので、かなり衝撃を受けて「自分でもやってみたい」と思って画像・映像関係の仕事に進みました。

起業の思いは「自らの技術で世の中を変えること」

ーー起業を意識したきっかけは何でしたか。

平賀督基:
日本MITエンタープライズフォーラム(現:MITベンチャーフォーラム)のビジネスプラン・コンテストに出場して、優秀賞を受賞した経験が1つのきっかけになっています。「テクノロジーが世の中を変革する」という確信があったので、それに挑戦してみたい気持ちがありました。

私の尊敬する経営者の1人に、ピクサーの創業者であるエドウィン・キャットマルという方がいます。彼は有名なCGの研究者でした。研究者でありながら、映像コンテンツをつくるピクサーという会社を立ち上げ、そのコンテンツをつくるための技術も彼ら自身で開発しています。技術を使って世の中を変えていく人を見て感化されました。

日常生活で当たり前のように使われている画像・映像技術

ーー貴社の技術はどのような場面で使用されているのでしょうか。

平賀督基:
画像・映像に関することは幅広くやっています。携帯電話やスマホに組み込む高度な画像処理や画像認識に関しては、世界に先駆けて実用化した自負があります。最初の製品が静止画の手ブレを補正するソフトウェアでしたが、それが世に出たのは18年ほど前の2006年でした。当時は、手ブレ補正ソフトウェアが、小さな携帯電話の中で有効に機能するとは誰も思っていなかったので、大きな衝撃を持って迎えられました。

私たちの技術は、携帯電話やスマホから始まったこともあり、ノートPC、車載カメラ、監視カメラなど、あまり計算リソースが多くないデバイス内で、高度な画像処理や画像認識を実装できます。

最近だと、ディープラーニングといういわゆるAIの技術を活用することが、1つの大きな特徴になっています。通常、ディープラーニングは、クラウドやサーバー上でかなりの計算資源を使って実現するものですが、弊社では限られた計算資源の中で高度な処理を実現しています。

また、そうしたAIを活用した画像補正技術なども手掛けています。弊社技術の採用例としては、手ブレ補正機能、パノラマ撮影機能、カメラのズームで撮影した画像をキレイにする機能等を、アプリとして提供するのではなく、スマホのカメラの基本機能として、スマホメーカーに採用していただいています。

PCメーカーには、主にビデオ会議向けとして、背景をぼかす技術や、「オートフレーミング」という動画内の人物が常にズームされるように自動調整する技術も提供しています。

車載カメラでは、前を走っている車が急ブレーキなどで接近することをカメラが認識する技術や、道路標識を認識する技術を開発しています。

NHKの報道局でも弊社の技術が使用されています。たとえば、事件があった時に、夜だと暗くてわかりにくい監視カメラの映像を弊社の技術を使って見やすくしてから放映したり、記者会見の時のフラッシュを、映像から低減する処理にも弊社のソフトが使われています。

大切なのは変化への敏感力と対応力

ーー組織として大切にしていることを教えてください。

平賀督基:
新しいことに取り組むチャレンジ精神を大切にしています。

その他は、「変化に対応していくこと」「変化を楽しんでいくこと」も重要です。世の中のテクノロジーの情報や事業環境も日々大きく変わっているので、そこにきちんと耳を傾けるようにしています。私たちが会社を始めた2000年代初めは、まだスマホもなく携帯電話の世界では日本のメーカーが世界のトップを走っていましたが、Apple社のiPhoneが出てスマホが主流になってからガラリと変わってしまいました。

自動車でも同じようなことが起こり得ると思っています。現在トヨタをはじめとした日本のメーカーが非常に強いのですが、EVが出てきて事業環境が変わりつつあるので、「その変化にどう対応していくのか」が重要だと思っています。

優秀な人材は多い。それをどう世の中に活かしていくか

ーー求める人物像について教えてください。

平賀督基:
新しいことが好きな人、チャレンジ精神がある人です。ソフトウェア開発は1人で行うケースもあれば、チームで行うケースもあります。当然、お客様がいれば一緒に開発することもあるので、チームワークを大事にしてもらいたいと思っています。

ーー若者へのメッセージはありますか。

平賀督基:
「最近の若者は高い目標を持たない」と言われていますが、私が見る限り、優秀さでいえば私たちの世代よりも上だと感じます。「その優秀さをどのように世の中に活かしていくか」だと思います。

私もそうでしたが、若いうちは興味があるところにエネルギーを注いだ方が良いと思っています。興味がない部分も勉強しなくてはならない時期がいずれ来ますが、まずは自分が興味を持てるものを見つけて、そこにエネルギーを注ぐことに時間を費やしてほしいですね。

編集後記

今年20周年を迎えるモルフォ株式会社。その社名は大きな翼を持つ「モルフォ蝶」に由来している。2024年度から始まる第二創業期は「蝶にかけて、より一層世界に羽ばたける企業にして行きたい」と語る平賀氏。

これから同社は世の中にどんどん新たな技術をもたらしていくだろう。今後の活躍に期待したい。

平賀督基(ひらが・まさき)/1974年東京都生まれ、2002年東京大学大学院(理学博士)修了。「研究で培った専門知識や経験を実世界に役立てたい」という思いのもと、2004年株式会社モルフォを設立。代表取締役社長を務めながら、2011年にCTO室室長、2017年に技術部門管掌 兼 内部監査室室長に就任。