上野で創業したキムチのメーカー兼商社である第一物産は、伝統の手法を守り60年以上キムチをつくり続けている。母である先代から会社を継いだ姜社長に、社長就任時のいきさつやキムチへのこだわり、今後の展望について話をうかがった。
異文化に触れることで実感したキムチの素晴らしさ
ーー会社を継ぐまでの経緯を教えてください。
姜恵蘭:
1960年、「同胞に故郷のキムチを食べてもらいたい」という思いから、祖父母が上野に韓国専門店を開業したことが第一物産のはじまりでした。
私が幼い頃の日本は今ほどキムチが知れ渡っておらず、強烈なにおいがするキムチに幼心から恥ずかしさを覚えていました。家業から逃げるようにホテルのビジネス専門学校に通い、ロッテホテルの東京事務所で約2年間働きました。その後イギリスでホテルのフロント業務を5年経験しました。
30歳の頃、先代である母の急逝を告げられ、何も分からないまま会社を継ぐことになったのです。
ーー突然会社を継ぐことになった心境はいかがでしたか?
姜恵蘭:
母との急な別れにはとまどいましたが、会社を継ぐことに関して迷いは一切ありませんでした。小さい頃は敬遠していた家業でしたが、異文化に触れることでキムチの素晴らしさを改めて実感し、異国で働くことで先代や母親が切り開いてきた活路の偉大さを知り、心から誇りに思いました。ずっとそばで見てきた母の苦労に報いるためにも、私が会社を継いで母の夢を叶え、社員たちに恩返しができたらと思ったのです。
ーー会社の立て直しで特に大変だったエピソードはありますか?
姜恵蘭:
一番大変だったのは、社長として何をすれば良いのかが分からなかったことです。先代から経営について学んだことはなく、経営手法を必死で教わり、会社を立て直すまでに10年かかりました。
社員たちにとっては、カリスマ的な先代という大きな軸を突如失い、私が会社を継ぐことになったわけですから、精神的にも実務的にも負担をかけてしまったと思います。社員と通じ合えなかった10年間は、お互いにとってつらい時期でした。
苦節10年、本業である製造と販売に注力するために、事業縮小と撤退を敢行し再スタートを切る
ーー激動の10年間を、どのように乗り越えたのですか?
姜恵蘭:
身も心もボロボロになっていたとき、「すべての原因は自分にある」と考え、何をすべきかをとことん考えました。まずは「事業計画」をもう一度作り直すことから始めました。「社員が第一物産で働くことを幸せに思う」ことを目指しましたが、それには赤字事業の撤退とそれに伴う大幅なリストラという決断をしなくてはならなかったのです。
さらに企業理念を明確にし、個々のプレイヤーで動いていた組織をチームとしてまとめ上げ、理念を軸に全員参画型経営のための改革と、成長のために事業の立て直しを図りました。
そして同時に社員教育にも力を入れ、これまでとは違う「全員でマネージメントする」チームづくりのための社員研修制度を新設しました。これは幹部だけではなく、パート社員含め全員が「絵本」を用いて会社がどうしたらもっと良くなるか、理念を軸にどう行動するかを同じテーブルで対話しながら進めていく研修です。この研修は評価をするための研修ではなく、全員で「いい会社をつくる」「いい仕事をする」ための時間となっています。
そして、独自の幹部研修や次世代リーダー研修も生まれ、今では「私も研修受けたいです」という声がパート社員からも出るほどになりました。
ーー貴社のメイン商材であるキムチの特長を教えてください。
姜恵蘭:
弊社のキムチは、朝鮮半島の食卓で長い間愛されてきた伝統の味です。市販のキムチは野菜をキムチ液に浸けただけの手軽な商品が多く見られますが、弊社ではしっかりと塩漬けをおこない、当社独自の伝統の手法を守ることで素材由来の乳酸菌を生成させた「発酵するキムチ」を提供しています。
乳酸発酵は日ごとに進むため、同じ賞味期限内でも購入した日によって味も変わってきます。特に白菜キムチやカクテキ、オイキムチなどは酸味が生じることもありますが、キムチ自体の味に深みが増し、日ごとに発酵独特の風味をお楽しみいただけます。
お客様に褒められる製品を!未来への展望と若者へのメッセージ
ーーキムチの販売方法として、ECサイトを強化していくとお聞きしました。
姜恵蘭:
実は弊社のキムチは小売に向かない商品です。店舗に並べることでお客様の食卓に届くまでに時間がかかり、その間に発酵が進んで味わいが変わってしまうのです。
そこで冷凍技術に力を入れ、キムチだけでなく惣菜や韓国食品の商品を増やし、ECサイトだけでなく、期間限定の催事を全国開催や、食のイベントに力を入れていこうと考えています。「やっぱり第一物産のキムチが一番だね」と言っていただけるような商品をつくれるよう精進していきます。
ーー採用や人事制度など、会社の内部についても話をお聞かせください。
姜恵蘭:
採用に関しては、先程お話ししたECサイトの強化という点で、企画販促のためにもフレッシュな感性を取り入れ、新しい風を会社に入れたいので、20代の方に多く入社していただきたいと考えています。
人事制度はこれから土台を整えていくところですが、それぞれの強みを活かし、全員が利益を生むという参画型の経営を目指しています。
ーーこのサイトを見ている若い世代の方へ、メッセージをお願いします。
姜恵蘭:
社員たちには、「小さな失敗をたくさんしよう!そしてその基本には真摯さをわすれないこと」と常に伝えています。失敗にはたくさんの気づきや可能性、希望があるからです。ちょっと失敗したからといって躊躇していたら経験という筋肉もついてきません。場数を踏み、様々な経験をして失敗を重ねていくからこそ、視野が広がりクリエイティブな仕事ができるようになります。チャレンジを惜しまず人生を豊かに過ごしてもらえたらと思います。
編集後記
キムチ発祥の国である韓国でも、若者のキムチ離れが深刻だという。社長自ら「恵蘭’s Kitchen」というコミュニティをつくり、料理教室やSNSなどでキムチや発酵食品の素晴らしさを伝えている。
何の知識もないまま、突じょ先代の代わりを務め、立て直しを図った10年間は壮絶なものだったに違いない。姜氏のバイタリティ溢れる人柄が社員を支え、顧客を魅了してきたのだろう。第一物産のさらなる躍進に期待したい。
姜恵蘭/1974年東京生まれ、在日3世。高校をアメリカで過ごし、23歳のときに渡英し留学を経てホテルのフロントで勤務。2005年に株式会社第一物産の代表取締役社長に就任。経営の他に、韓国食文化を広めるキムチ教室などを企画し活動している。