※本ページ内の情報は2024年3月時点のものです。

東京高圧山崎株式会社は、医療や環境用を含む産業ガスを中心に製造・販売を行い、さらに溶接材料機器や化学品の供給も手掛けている専門メーカーだ。

創業から現在に至るまで、幅広い製品を扱い、お客様の多様なニーズに応えてきた。

2022年に創業50年を迎えた同社の代表取締役会長である前田浩正氏に、会長に就任されるまでの経緯や、苦労したエピソード、今後の展望などについて、話をうかがった。

恩人との出会いにより決意した転職から会長に就任するまで

ーー貴社の会長に就任されるまでの経緯を教えてください。

前田浩正:
法政大学を卒業後、東海カーボン株式会社の子会社である工業計器の製造会社に就職しました。

10年間営業に携わった後、同じ東海カーボンの子会社である東海産業株式会社へ転職する機会をいただき、ここで初めてガスを扱う仕事を経験しました。そして、同社で専務をしていた方との出会いが、私の人生を大きく動かすことになります。

日本鋼管株式会社(現JFEスチール株式会社)を経て、東海産業株式会社の専務として転職されて以来、大変お世話になった方で、今でも恩義を感じています。

当時、その方が独立する話を聞き、自分も一緒に行きたいと願い出ました。それが現在の東京高圧山崎だったわけです。

ディーラーとして充填工場を持つことを目標にしていた

ーー創業時に苦労されたエピソードがあれば教えてください。

前田浩正:
オイルショックが、業績に大きく影響しました。創業直後にオイルショックが発生し、十分な商品数を販売することができなくなってしまったのです。

その打開策として、酸素ガスやアセチレンガスなどを容器の半分まで入れたものを用意し、それでもいいと購入していただけるお客様に販売しました。すると、思いがけずお客様が増え、おかげで危機を乗り越えることができました。

その後も苦労した場面はあったのかもしれませんが、無我夢中で仕事に取り組み続けて社長に就任し、気が付いたら会長になっていたという感覚が強いですね。

ーー最初に埼玉の充填工場に大きな投資をされたのはなぜでしょうか?

前田浩正:
創業当初から、単なるディーラーではなく、自社の充填工場を持つことを目標にしていました。

そこで当時、中小企業金融公庫からお金を借り、ちょうど売りに出ていた埼玉の工業団地を購入して、最初の充填工場をつくりました。

次にその土地を担保に、千葉、栃木、茨城と次々に範囲を広げ、今は関係会社も含め関東圏に7カ所の充填工場を抱えています。

産業ガス以外の分野も成長させていきたい

ーー貴社が求める人物像を教えてください。

前田浩正:
産業ガス周辺の商品や装置の製造は、技術的に難易度が高く、覚えることが多く大変な分野です。

しかし、産業ガス自体は構造がシンプルなので、入社してから覚えていってもらえれば十分です。学習意欲と仕事に対する熱意を持った方に入社してほしいと思っています。

ーー今後の展望を教えてください。

前田浩正:
産業ガス以外の業種を伸ばしていこうと考えています。

近年、産業ガス業界は右肩下がりの傾向が続いているため、現状産業ガスの分野を拡大していくことは難しいところです。他に弊社が扱っている素材にはウレタンがありますが、最近はこのウレタンの断熱材の需要が高まっています。

弊社はウレタンの断熱材を使ったサンドイッチパネルの工場を持ち、アイスボックス、高気密高断熱住宅用パネルなどさまざまなものの企画・開発を進めています。

またガス分野でも新商品開発を進めており、直近では噴射用のガスを開発・販売しました。これは、規制されているフロンガスの代替フロンであるHFOと炭酸ガスを混合させてつくったものです。

多くのニーズに応えるべく、ガスだけでなくウレタン分野にも意欲的に取り組み、売上を伸ばしていけるように努めていきたいと思います。

独自の安定供給で国を支えられる企業を目指して

ーー将来的に貴社をどのような企業にしていきたいですか?

前田浩正:
弊社はインフラ事業の一部であるため、365日24時間休みなく、商品を供給し続けられる体制を整えることを目指しています。

休日を過ごす人がいる一方で、同じ日に仕事をしている人もいるわけですから、毎日供給していかなければなりません。

そして弊社のような産業ガスメーカーは、保安と安定供給という2点で社会的意義も高いため、他の企業がまだやったことがない弊社独自の方法で、安定供給を実現していきたいと思っています。

編集後記

創業後すぐにオイルショックの影響を受けながらも、努力と工夫で危機を乗り越えてきた前田会長。

今後は産業ガス以外の分野も伸ばすことを目標に、新たな挑戦を続けている。さらなる成長と発展を目指す東京高圧山崎株式会社の使命は大きい。

前田浩正(まえだ・ひろまさ)/1936年1月生まれ。法政大学卒業後、東海カーボン株式会社の子会社に就職。その後、同じ東海カーボングループの東海産業株式会社に入社。同社で出会った上司が新たに立ち上げた東京高圧株式会社(現東京高圧山崎株式会社)に移り、代表取締役社長就任を経て現在代表取締役会長。