大阪ヒートクール株式会社は、温度による五感のハッキングを目指し、阪大助教である伊庭野氏を中心に大学教員5人でつくられた会社だ。かゆみを緩和するデバイス「ThermoScratch(サーモスクラッチ)」と生理痛VR体験デバイス「Perionoid(ピリオノイド)」を製品に持つ。
今回は代表取締役の伊庭野(いばの)健造氏に、立ち上げの経緯や事業の強み、今後の展望などについて話をうかがった。
大学と会社の2つのフィールドで活躍するメンバーが集まった組織
ーー貴社を立ち上げるまでの経緯を教えてください。
伊庭野健造:
もともと私と菅原の2人で「会社をつくろう」という話をしていました。今まで私たち2人は大学で材料の研究をしてきたので、「材料に限らず、もっと人に応用できる研究をしている人を会社に入れよう」と菅原が言ってくれました。
菅原は研究者というよりも研究ネットワークをつくるのが好きな人なので、顔の広さを活かして集めてくれたのが今の5人の取締役メンバーになります。菅原が「一緒に会社をやらないか」と彼らを誘ったところ、まだ何をするか説明していないにもかかわらず、承諾したそうです。
ーー今でも大学の研究は行っていますか?
伊庭野健造:
私を含め、他のメンバーも全員が大学の研究と会社の仕事を並行して行っています。片方だけに取り組むと視野が狭くなり、浅い知識しか身につかなくなってしまうので、兼業している今の状況は大学にも会社にもメリットが大きいと感じています。
「社会貢献度の高い仕事をしたい」という視点で事業を展開
ーー貴社の事業の成り立ちについて教えてください。
伊庭野健造:
私たちが持っていた「人に刺激を与える技術」を活かした事業を行おうと思い、最初はゲームやVRをつくろうと思っていました。しかし、「せっかく大学教員としてつくるのであれば、もっと世の中に貢献できるものをつくりたい」という考えを持つようになりました。
そして、分野をヘルスケアに決め、痒みの緩和に関わるものをつくることにしました。
人間の感覚の中で一番悩ましいのは痒みだと考えているのですが、この痒みの解決策はあまり多くないからです。
私たちがそこをターゲットにして取り組むことで問題解決につなげられると考えました。
ーー事業を行う上で大切にしている考え方はありますか?
伊庭野健造:
利益追求型の考え方はあまり好きではなく、どれだけ社会に貢献できるかという点を大切にしています。私自身、経済的に会社をどれだけ成長させられるかということよりも、「生きている間にできる限り知識を探求していきたい」という思いが強いのです。
課題解決に柔軟に取り組める技術力の高さと引き出しの多さが強み
ーー貴社の「ThermoScratch(サーモスクラッチ)」※ の魅力について教えてください。
伊庭野健造:
ひっかくことをやめさせられることが魅力です。ユーザーインタビューを行ったところ、痒いことはもちろん嫌だが、それ以上にひっかいてしまうことが嫌だと考えていることがわかりました。
弊社の菅原がペルチェ素子(直流電流により冷却・加熱・温度制御を行うことができる半導体熱電素子の一種)を使った研究をしていたので、私が「それを痒み止めに使おう」と提案したところ、「ThermoScratch」をつくることになりました。
ーー「ThermoScratch」はギフトにもよさそうですね。
伊庭野健造:
大人よりも子どもの方が皮膚の腫れが起きやすいため、お子様むけに良いと考えています。また、自分のために買うのではなく誰かにあげたくなるような商品をつくりたかったので、皮膚に悩みを持つ子どもの親が「ThermoScratch」を子どもに渡すというようなきっかけが作れれば嬉しく思います。
ーー貴社の強みについて教えてください。
伊庭野健造:
弊社は技術的柔軟性の高い会社です。私たちは痒みを緩和する「ThermoScratch」だけでなく、佐藤の研究を活かした生理痛体験の製品もつくっています。
全く違う分野の課題解決ができるほど、技術の引き出しが多いことが強みとなっています。
弊社にはいろんな分野のメンバーがいるため、これからも新しいものを生み出す可能性が高いと感じています。
※ ThermoScratch®(サーモスクラッチ)とは:温冷同時刺激によって生じる錯覚を利用した痛覚刺激や冷却刺激を供給するデバイスで、皮膚を傷つけることなく痒みを緩和できます。無意識化での皮膚のひっかきによって、さらなる痒みが引き起こされる、“痒みの悪循環”の解決を目指した製品です。
国内だけでなく海外にも貢献できるよう、事業を拡大させたい
ーー今後の展望について教えてください。
伊庭野健造:
1つ目は、痒みの原因となる病気を治せる製品をつくることです。「ThermoScratch」はひっかきをとめることはできますが、病気そのものを治すことはできないので、痒みの原因となっている病気を治せる医療機器をつくりたいと思っています。
2つ目は、新しい分野に取り組むことです。私たちは社会的になかなか注目されず、解決されてこなかった課題に取り組んでいきたいと考えています。今は「痒み」と「生理痛」の2つの分野に携わっていますが、次は障がいを持っている子どもをテーマにした製品をつくりたいと思っています。
3つ目は、海外展開です。弊社だけで事業を伸ばさなくても、他の企業と協力しながら拡大していきたいと考えています。日本国内は日本の企業と、海外では海外企業と連携し、世界中に弊社の製品を届けて貢献していきたいですね。
ーー最後に学生や若手人材に向けてメッセージをお願いします。
伊庭野健造:
周りからの評価を気にしながら仕事をするのはとても大変であり、面白くないと思います。
もちろん、昇進などにも関わることなので全く気にしないでいることは難しいかもしれませんが、それよりも「どうすれば価値を出せるか」や「自分は何をやりたいのか」といった視点を大切にして仕事に取り組んでほしいですね。
編集後記
「今まで社会的になかなか解決されてこなかった分野」に着目し、痒みや生理痛の解決につながる製品を提供し、少しずつ事業を大きくしてきた。「利益主義ではなく社会貢献度を重視したい」と語る伊庭野社長は、新たな分野への挑戦や海外展開にも目を向け、動き始めている。
今後もさらなる事業拡大や成長を続ける大阪ヒートクール株式会社の挑戦は終わらない。
伊庭野健造/1985年アメリカ合衆国生まれ。京都大学大学院にて博士号取得後、立命館大学、東京大学で博士研究員を務めた。2014年に大阪大学に助教として着任し、プラズマ・核融合科学に関する研究を実施。同時に、プラズマ研究で培った知識を応用し、熱電半導体の実装技術について菅原と研究を進める。2020年に大阪ヒートクール株式会社を共同創業し、同社代表取締役に就任。