
多様な働き方が当たり前のものとなり、クリエイターとして生計を立てている人々がさらに増加傾向にある現代。この潮流の中で、20年以上にわたりクリエイター専門の人材マネジメントサービスを牽引しているのが株式会社フェローズだ。日本のクリエイティブ産業のさらなる発展を目指し、全国16拠点、さらには海外へとネットワークを広げ、クリエイターと企業をつなぐことで双方の成長を導く同社。設立24年目を迎え、売上高100億円を突破した今、代表取締役社長である野儀健太郎氏に、創業の原点からクリエイターの生涯に寄り添う壮大な未来構想まで、その熱き思いを聞いた。
原体験から紐解く 大手企業から独立までの軌跡
ーーまずは、クリエイティブ業界に興味を持った原体験を教えてください。
野儀健太郎:
原体験は、小学生の頃にまで遡ります。私の叔母がメイクアップアーティストをしており、当時話題だった『俺たちの旅』や『ゆうひが丘の総理大臣』といった名作ドラマの現場に何度も連れて行ってくれたのです。撮影現場で大人の人たちが「よーい、スタート!」の掛け声とともに、一つの作品をつくり上げるために情熱的に生き生きと働く姿を目の当たりにし、子供ながら強い憧れを抱きました。
その後、中高生時代には父の影響で黒澤明監督の映画に没頭しました。就職を考えた際も、メディアや映像を通じて人々に何かを伝え、影響を与えるクリエイティブなコンテンツに関わりたいという思いが、常に私の根底にありました。
ーーそうした思いを胸に、社会人としてのキャリアはどのようにスタートしましたか。
野儀健太郎:
大学卒業後、当時は従業員が7000人規模だった株式会社リクルートに新卒入社しました。就職活動を通して、当時のリクルートが打ち出していた「常に新しいものを生み出していこう!」というエネルギーに満ちた思想に強く惹かれたからです。当時の同社は、求人媒体だけでなく、『じゃらん』や『ゼクシィ』といった情報誌を次々と創刊し、メディアとして世の中に新しい価値を提示し始めていた時期でした。会う人すべてがエネルギッシュで、世の中を良くしようという気風にあふれており、私も前のめりにエネルギーを出して働ける場所として迷わず入社を決めました。
その後、社会人3年目で、わずか7人規模のベンチャー企業であった株式会社クリーク・アンド・リバー社へ転職しました。この決断は、自分自身のキャリアにおいて大きな勝負だったと感じています。
ーークリーク・アンド・リバー社での業務と、独立を決意した背景を教えてください。
野儀健太郎:
クリーク・アンド・リバー社では、フリーのクリエイターを映像系のクライアントに紹介するという、当時としては全く新しいビジネスモデルの立ち上げに参画しました。かつては不可能といわれていた「人材会社を通したクリエイター紹介ビジネス」という文化を根付かせ、幹部として10年間、最前線でクリエイティブ産業を支える仕組みづくりに没頭しました。
しかし、長く業界に携わる中で、クリエイターの扱いについてある葛藤が生まれました。会社の成長とともに、当時の経営陣の考え方と、現場でクリエイター一人ひとりと向き合う私の思いとの間に乖離が生じていったのです。「本当にクリエイターを大切にする会社を、自分の手でゼロから作りたい」。その一心で、34歳の時に独立を決意しました。今も変わらず、クリエイターとクリエイティブ産業を心から尊重し、支援し続けることを経営の核に据えています。
世界を舞台にするマネジメントサービスと「DSA」の強み

ーー貴社の事業にはどのような特徴があるのでしょうか。
野儀健太郎:
フェローズは、クリエイティブ業界に特化した人材マネジメント会社です。今年で設立24年目を迎え、前期の決算で売上高100億円の大台を突破しました。初期は5人で立ち上げましたが、現在は約170人の社員がいます。
最大の特徴は、一人のエージェントがクリエイターとクライアントの双方を直接担当する「ダブルサイド・エージェント(DSA)システム」を導入している点です。一般的な人材会社では営業とコーディネーターが分かれていますが、それでは情報の解像度が落ち、スピード感も損なわれます。弊社では一人のエージェントが双方のニーズを深く理解するため、精度の高いマッチングと、契約後のきめ細やかなフォローが可能です。
さらに、稼働中のスタッフを無料でご招待する「感謝の会」という謝恩会を各地で開催したり、エージェントがスタッフとランチや会食をする費用を会社で負担したりと、徹底してクリエイターに寄り添う姿勢を貫いています。
ーー全国へ拠点を拡大し続ける理由は何ですか。
野儀健太郎:
2009年の大阪支社設立を皮切りに、国内では福岡、名古屋、仙台、札幌に順次拠点を立ち上げ、現在は国内16、海外2拠点にまで拡大しています。地方へリサーチに行くと、「東京へ行ったクリエイターを呼び戻してほしい」「良い人がいれば頼みたい」という切実なニーズを耳にします。
そんな潜在的なニーズを掘り起こし、地方でもクリエイターが輝ける場をつくっていくことは、私たちの重要な使命です。現在では、東京から地元へ戻る前に仕事を決めておく「Uターン支援」も整っており、地方での稼働が増え、喜ばれていることに大きなやりがいを感じています。
ーー組織が拡大する中で直面している課題を教えてください。
野儀健太郎:
組織が大きくなるにつれ、私自身の熱量を全社員に直接届けることが物理的に難しくなってきました。そこで今、最も注力しているのがミドルマネジメントの育成です。
今の時代、若手に優しく接するのは簡単ですが、プロとして成長させるためには「正しい厳しさ」も大切です。しかし、リーダー陣に厳しさを求めることは非常に難しくなっています。とはいえ、それを避けていては本物の営業力は身につきません。結果にこだわる「強さ」と、クリエイターを思いやる「優しさ」。この一見矛盾する要素を高い次元で両立できるリーダーをいかに育てるか。そこが、フェローズがさらなる高みへ行くための鍵だと思っています。
教育・研修事業が新たな柱に AI時代への対応
ーー現在、新たに注力されている事業はありますか。
野儀健太郎:
昨年、企業研修を専門に扱う「HRD(ヒューマンリソースディベロップメント)」グループを正式に立ち上げました。以前から行っていたセミナー事業から切り分け、より企業の課題解決に特化した体制にしています。
最近では、生成AIを活用したクリエイティブ研修の引き合いが爆発的に増えており、全体の約7割がAI関連の相談です。私たちの強みは、実務経験豊富な現役のプロクリエイターが講師を務めることです。最新の現場を知るプロが教えるからこそ、単なる理論ではない、明日から使える実践的なスキルが身につくと、大手企業からも高い評価をいただいています。
ーー採用と教育をセットで提供する狙いはどこにあるのでしょうか。
野儀健太郎:
企業にとっては「採用して終わり」ではなく、その後の育成こそが本質的な課題です。一方でクリエイターにとっても、技術の進歩に合わせてスキルをアップデートし続ける必要があります。
私たちは10年以上にわたり、個人向けセミナー事業「フェローズクリエイティブアカデミー」を運営してきました。そのノウハウを企業研修に転換することで、「クリエイターの採用と教育はフェローズ」と認識していただくことを目指しています。クリエイターと企業双方の成長に寄与することが、私たちの提供価値です。
社会貢献と次世代育成 「サードプレイス」としての活動
ーー社会貢献活動として、どのような取り組みを行っていますか。
野儀健太郎:
「 学生短編映画祭FFF-S 」というイベントを主催しています。この活動は今年で9回目を迎えます。最近では応募者の低年齢化が進み、小学5年生の男の子が制作したホラー映画がプロの審査員を驚かせ、ニュースで大きく取り上げられるというエピソードも生まれています。
また、2023年からスタートした「FELLOWS仲間・子どもミュージカル」も、私たちの活動の大きな柱です。小学3年生から高校3年生までの子どもたちが、半年にわたる厳しい稽古を経て本格的な舞台を作り上げます。ここで大切にしているのは表現教育のみならず、「人間教育」です。
ーー子どもたちを対象とした活動に力を入れる意義は何ですか。
野儀健太郎:
子どもの情操教育のため、そして次世代クリエイターの誕生に貢献すべく立ち上げました。
(文部科学省の2024年度の調査によると)現在、小中学生の不登校者が全国で35万人近くに達していますが、彼らは学校でも家でもない、「サードプレイス(第三の居場所)」を求めています。ミュージカルを通して、表現する楽しさはもちろん、一緒に舞台を創り、感動を共有する楽しさを体験して欲しいと願っています。稽古を通じて子どもたちが成長し、千秋楽で涙を流して抱き合う姿には大いに感動させられますし、保護者の方々からも多くの感謝の声をいただいています。この活動は沖縄や熊本など地方でも展開しており、全国の子どもたちに機会を提供することで、業界の活性化と日本を元気にしたいと思っています。
切り拓く未来 「クリエイターズライフ」という一生の伴走者へ
ーー今後の展望と、野儀社長が描く最終的な夢をお聞かせください。
野儀健太郎:
私たちが掲げるコンセプトは「Creator’s Life with FELLOWS!」です。これは、クリエイターとしての生涯を一貫してサポートし続けるという誓いになります。現在、私たちの接点は、ミュージカルに参加する7歳の子どもから、現役で活躍し続ける77歳のベテランクリエイターまで、人生70年という幅にまで広がっています。
今後は単なる仕事紹介にとどまらず、子ども向けクリエイターコンテストの拡充や、演劇・ダンスなどのスクール事業化など、次世代の可能性を育む基盤としての役割をさらに強化していく構想を持っています。クリエイティブに関わるなら常にフェローズがそばにいるインフラのような存在になることが、私の目指すところです。
ーー世界市場に向けては、どのような構想をお持ちですか。
野儀健太郎:
視線は常に世界へと向いています。海外拠点として、2020年にシンガポール、2022年にハワイに進出しました。日本のゲームやアニメ、デザインなどのクリエイティブ産業は、世界中で愛される強力なコンテンツです。「Creative Power for the World」という言葉の通り、世界を豊かにするクリエイティブ産業と、そこに関わるクリエイターの人たちがもっと発展できるよう、全力でサポートしていきたいと考えています。
編集後記
就職活動時からクリエイティブ業界への熱い思いを持ち続けてきた野儀社長。100億円という売上規模を達成してもなお、その眼差しは現場の一人ひとりのクリエイター、そして未来を担う子どもたちの成長に向けられている。単なる人材紹介の枠を超え、教育や文化醸成までをも自社のミッションと捉える同社の姿勢は、まさに業界と社会をつなぐ希望の存在だ。クリエイターの生涯に寄り添い、日本から世界へ、新たな価値を発信し続ける株式会社フェローズ。その飽くなき挑戦から、今後も目が離せない。

野儀健太郎/1968年、東京生まれ。明治大学卒業。1991年、株式会社リクルートに入社。約2年間の在籍期間中は求人広告営業を担当。その後、クリエイティブ人材会社に創業メンバーとして参画し、執行役員など幹部職を10年間にわたって務める。2003年に独立してクリエイターのためのマネジメントサービスを行う、株式会社フェローズを設立。現在、国内・海外18拠点で展開。学生のための映画祭や、子どもミュージカル、映画制作も手掛ける。