自動車のホイール製品の企画・卸販売事業を展開する株式会社共豊コーポレーションは、人材の採用と育成を核として成長し続けてきた。発展の根底にある経営哲学と、今後の事業拡大の展望を代表取締役社長の中嶋敬一郎氏にうかがった。
情熱と負けん気から会社を再建
ーー入社までの経緯を教えてください。
中嶋敬一郎:
航海士を目指して、東京商船大学(現・東京海洋大学)への入学を希望していました。しかし、70年代頃は有名な船会社が次々と倒産していった時代です。船の世界への気持ちが少し薄れた頃、父の知人から共豊コーポレーションを紹介されました。
面接に行ってみると、当時の常務が自動車業界の勢いについての話を聞かせてくれました。ホイールの会社で80人で80億円を売り上げるというのです。面接中も、事務所の電話が鳴りやまず、業界の活気を肌で感じました。そのご縁から、共豊コーポレーションに入社し、東京営業所に配属されました。
ーーそこから出世街道を歩んできたのですね?
中嶋敬一郎:
当初は、車の免許を持ってはいたものの、自動車自体に強い興味があったわけではありませんでした。入社してすぐにけがをしたので、フロントで電話対応をしていました。一つひとつ、商品アイテムを覚えて対応できるようになるうちに、だんだんと仕事の楽しさを覚えました。負けず嫌いな性格が幸いしたと思います。
やめるのは簡単ですが、馬鹿にされないようになんとか勉強して仕事を続けました。
営業職になってからも「負けたくない」という思いで、ネガティブな言動や態度で接してくる上司がいれば、その上にいこうと奮闘しました。
その頃、東京営業所の所長が優秀な営業マンたちを連れて独立したため、所長の後任に抜擢されたのが転機となりました。営業所は人が少なく、なかなか優秀な人が採用できず、2〜3年間は本当に苦労しました。
そこで、株式会社リクルート(現・株式会社リクルートホールディングス)に協力いただき、会社説明会などを東京で行って採用活動に力を入れました。すると、東京営業所も少しずつ活気づき、営業所対抗の販売キャンペーンでは1週間で2億円を売り上げることに成功しました。
ーー社長就任後も多くの課題を解決していますね。
中嶋敬一郎:
弊社の事業は問屋とメーカーの両輪で成立していますが、3代目の社長は問屋事業の縮小を続けていたため、業績が悪化していました。そのタイミングで、前社長からバトンタッチされて2007年、社長就任に至ります。そこからは事業再建にむけて奔走する日々でした。経費の全項目を洗い出し、会社で契約していた新聞ひとつから要不要を検討して、コストを削減しました。
また、私自身の給与を削減し、役員も10人から3人に減らしました。名古屋の本社ビルや地方の営業所など、不要な不動産はすべて売却しました。
今振り返ると、あらゆるピンチを切り抜けられたのは、会社のメンバーが良かったからだと思っています。役員人事を刷新した時も、あえて自分とは正反対の、慎重で前例踏襲主義の方を残しました。「その方を残したからこそ、会社の危機を乗り越えられた」と今では思っています。
やりがいあふれる環境を整え、若手や女性の活躍を後押し
ーー営業マンに求められる資質とはどのようなものだと考えますか?
中嶋敬一郎:
ホイールという商品は見せた瞬間に良さがわかります。特別なテクニックは必要なく、話し方がうまいかどうかも関係ありません。だからこそ、個々の営業マンの人間性を磨かなければならないと思っています。
仕事内容は周りがいくらでも手助けできますが、人間性だけはカバーできないからです。もともと、弊社の採用は新卒がメインで、「採用した人材を社内で大切に育てていく」という考え方です。入社後の研修は毎年内容を工夫しながら、人が定着するように試行錯誤しています。営業マンが一人立ちするまでには6か月の期間を要します。
ーー自由闊達で、若手や女性も活躍できる雰囲気だと感じましたが、実際にはいかがですか?
中嶋敬一郎:
風通しが良く、役員と社員の距離は遠くないと思います。私も全社員との個人面談を年2回実施しています。働きがい、やりがいが生まれるようなフィールドをつくりたいと思っています。
女性の活躍も積極的に後押ししています。運転免許保有者数はおよそ男女半々なので、商品を購入する半数が女性のはずです。男性がつくる女性向けのホイールはまず売れません。たとえば、女性客は微妙なニュアンスの色合いのものを好んで購入しますが、そういった繊細な商品開発は男性には難しい分野です。弊社では以前から女性目線で商品開発を行うプロジェクトを推進しています。
成長のカギを握る新たな展開と社長の信念
ーー今後はどのように事業を拡大する計画ですか?
中嶋敬一郎:
「日本製のホイールは世界一だ」と自負しているので、今後は海外の代理店に対して日本製をメインに販売していきたいと考えています。日本は免許離れといわれていますが、特に新興国はまだまだこれからの市場です。展示会やモーターショーのタイミングで海外事業部の社員を派遣しています。海外志向のある方にとっては非常にやりがいがあり、弊社にとっても海外進出は今後の成長のカギを握ると思っています。
ーー新卒学生や若いビジネスパーソンに向けて一言お願いします。
中嶋敬一郎:
何かにチャレンジしようと思ったら、いろいろな問題が出てくると思います。しかし、その課題をクリアすることで、どんどん強くなっていけます。私自身がそうでした。あえて大変な世界へ飛び込む必要はないのですが、言われたことだけをやるのではなく、自分自身で工夫していくことが大切だと思います。
失敗することもありますが、その時はやり直せば良いのです。必ず自分の成長につながるので、新しいことに挑戦する気持ちをもってほしいと思います。
編集後記
代表取締役社長の中嶋敬一郎氏は「営業力は人間力」を体現したような存在だ。無理な売上拡大やコスト削減によって利益を追求するのではなく、社員を大切にし、品質に誇りを持って挑戦を続ける姿勢に感銘を受けた。その経営哲学があるからこそ、会社の営業力が強化され、安定的な成長につながっているのだろう。
中嶋敬一郎/1957年熊本県生まれ、東京都立武蔵丘高等学校卒業。1980年株式会社共豊コーポレーション入社。2000年取締役、2007年代表取締役社長となり、現在に至る。昨年より一般社団法人日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会(NAPAC)の会長となる。