※本ページ内の情報は2024年6月時点のものです。

2015年に設立された株式会社ガーデン。経営不振の店を生まれ変わらせる形で成長し、家系ラーメン・創作讃岐うどんを中心にブランドを展開している。創業の経緯や今後の展望について、代表取締役社長の川島賢氏に話をうかがった。

きっかけは赤字カラオケ店の再生

ーー起業の経緯をお聞かせください。

川島賢:
仕事を手伝っていた知人から「不採算のカラオケ店を再建しないか」と誘われ、無料で店舗を譲ってもらったことが起業のきっかけです。フリーターだった私が店長になり、コストを削減して翌月には黒字化に成功しました。カラオケ店の設備投資にかかる経費が浮いたため、価格の面で大手と差別化できたことが奏功したのだと思います。

ーーどのように貴社の創業につながったのでしょうか?

川島賢:
その後、カラオケ店の事業再生を多数手がけたことから、外部からも依頼をいただけるようになり、銀行からの依頼で飲食事業にも参入しました。事業再生を依頼してくるお店の従業員はモチベーションが非常に低いことが多いため、まずはモチベーションを上げることから取り組みます。

売上が上がったら、ボーナスを2倍にするなどして、報酬でしっかりと返すとやる気を取り戻してくれると感じています。次々に再生を繰り返す中でM&Aが成長戦略となり、ラーメン屋とうどん屋が経営の柱になった次第です。

ーー貴社の強みを教えてください。

川島賢:
強みは「立地の良さ」です。駅前の一等地にある飲食店を買収して「壱角家」をオープンしたのは、家系ラーメンが流行り始めたタイミングでした。大手より早く駅前を押さえて、ブルーオーシャンに滑り込んだことが成功の要因だといえます。良い立地に出店するために、当時は運動も兼ねて自ら自転車で都内をめぐっていました。テナント募集の張り紙を見たら、そのまま飛び込むので話が早く進むのです。

従業員への思い「自分を大切に、ポジティブに行動してほしい」

ーー貴社の社風や社訓について教えてください。

川島賢:
一般的な外食企業では「利益を出すためにお客様を大事にしなさい」と教えますが、弊社は「まず自分を大切にしましょう」と伝えています。自分がハッピーでなければ、お客様を幸せにすることもできません。また、信用できない人には仕事を任せることができませんので、「社内ルールを守り、細かい信用を積み上げていこう」という話もしています。

日頃から感謝の心と前向きな気持ちを持っていれば、やる気は後からついてくるでしょう。「楽しくやったもん勝ち」と考え、行動するうちに悩みも解決するはずです。私は仕事があることに感謝して何事もポジティブに考えるため、ここ数年は悩んだことがありません。

ーーご自身の考えを大切にするようになった経緯を教えてください

川島賢:
30代を超えた頃、自分と他人を比較して、悩み続けた時期がありました。経営はうまくいく一方で目的のない仕事が面白くなくなり、「もっと成長できるはずだ」と思い、社員に不満を持つようになったのです。それを理由に会社を設立してから10年間のうち、進化が停滞し、経営状態が悪化した時期もありました。

40代後半に会長から社長に戻る決意をしたものの、「何のために戻ってきたのか」「プロ経営者を雇うべきでは」と言われることもありました。従業員からの信頼は、朝礼で目標を伝えることや約束を実現する形で取り戻していったのです。仕事への考え方が変わってからは、「2030年に外食業界でNo.1になる」という明確な目的を持てるようになりました。

日本の外食史にインパクトを――世界を視野に入れた目標

――「外食業界No.1」とは売上の目標ですか?

川島賢:
売上の話だけではなく、労働環境もNo.1にして「日本の歴史上こんな外食企業は見たことがない」と言われる会社にしたいと思っています。「外食産業はブラック」というイメージを払拭すれば人手不足が解消するかもしれません。労働環境の改善には多大な利益が必要だと考え、利益を上げる目的がはっきりしてから仕事に飽きることもなくなりました。

利益率については、日本の上場外食チェーンの中で弊社はすでにトップクラスです。今後は他を圧倒する1位を目指し、上場することで会社のブランド力・信用力を築きたいと思います。いずれは「海外に通用する日本発の飲食ブランド」をつくる構想もあります。「面白いことをやっていこう」というスタンスであれば、1位を目指すプレッシャーもなく、仕事を楽しめるのではないでしょうか。

編集後記

離職率の高さに困っている企業が多い外食業界。この根深い問題は、「従業員たちの幸せ」を最優先にすることで改善していくのかもしれない。会社を支える人たちにしっかりと利益を還元するガーデンの姿勢に、日本の外食産業の明るい未来が感じられた。

川島賢/1971年、東京都生まれ。1989年、東京都立芝商業高等学校を卒業。2000年に、有限会社マックの代表取締役に就任。社名を株式会社マックに変更。2015年、株式会社ガーデンを設立。2018年、グループ企業12社を吸収合併し、現在に至る。