※本ページ内の情報は2026年9月時点のものです。

大阪府に本社と工場を置く株式会社ナカウミ(旧:中海鋼業株式会社)は、建築金物として使われるねじを製造するものづくり企業だ。32歳で同社に入社し、2018年から代表取締役を務める谷口佳史氏は、ミュージシャンとしてメジャーデビューを果たした経験も持っているという。同社に入社して以来、工場勤務から始まった谷口氏の挑戦はとどまることを知らず、ベトナム進出を起点に直近では欧州市場への展開で急成長を遂げている。「正しきを正しく、美しきを美しく、変化することを恐れず、ど真ん中を貫いていく。全従業員の、物心両面の幸せの為に。」という経営理念を掲げる同氏のこれまでと、売上高100億円達成に向けた新たな経営戦略について話を聞いた。

メジャーデビューを果たしたバンドマン生活から一転 ものづくりの世界へ

ーーまずは、貴社で働き始めるまでの経緯をお聞かせください。

谷口佳史:
中学生のころにバンドに夢中になったことがきっかけで、当時は音楽で生きていこうと決めていました。そこで、英語が全くわからない状態ながらも、21歳のときにオーストラリアに渡り、行き当たりばったりの演奏旅行をしたんです。それはそれで面白かったのですが、日本人のルーツを反映した日本の音楽で評価されたいという思いがあり、日本でデビューを目指しました。活動を始めたもののなかなかうまくいかず、20代後半でやっとメジャーデビューです。しかし、月給は多くて手取り3万6千円。食べ物すら買えない生活をしていました。

これでは到底やっていけないと思っていた矢先、父が体調を崩してしまい、祖父が立ち上げた弊社に入るしかないと思いました。もともと高校生のころに「働かないか?」と誘われていたのです。当時バンド活動に明け暮れて入社を断った経緯があったため、意を決して私の方から「入りたい」とお願いしに行ったらなんと断られてしまいました。挙句の果てには、弊社の株主である材料屋さんの面接に行っても断られてしまう始末。何とか「工場で働くなら」ということで、ようやく弊社で働くことを認めてもらったのです。

ーーバンドマン時代の経験が仕事に活きている部分はありますか。

谷口佳史:
バンド時代にオーストラリアでツアーを行い、自分の力で世界に挑んだ経験は、現在の欧州進出など海外へ挑戦する原動力になっています。弊社に入った当初も、この周囲を巻き込む力を活かせると考え、「営業なら貢献できる」と手を挙げたのですが、残念ながら「まだ外に出せない」と言われて、もどかしい思いをしたこともありましたね。

「どうせ自分なんて」という諦めムードを自分の力で変えたかった

ーー貴社の事業内容について詳しく教えてください。

谷口佳史:
弊社は建築向けのねじを製造している会社です。50年以上にわたりねじをつくり続けてきましたので、品質の良さはもちろん、特殊なサイズや加工ねじの製造もできるのが強みだといえるでしょう。2017年にはベトナムに法人を設立し、今では日本とベトナムでねじづくりに取り組んでいます。

ーー入社当時はどのような雰囲気の会社だったのですか。

谷口佳史:
私が工場で働き始めたときに感じたのは、職場に漂っていた「どうせ自分なんて」という空気です。芸の世界に身を置いていたからか、たとえ才能が足りなくても努力することで手の届く世界があると実感していました。ものづくりやものを売る世界でもきっと通じるものがあると思い、それなら、「どうせ」と思っている一緒に働く仲間に、頑張れば世界が変わるということを見せたいという思いが沸々と湧いてきたんです。

入社を何度も断られていたような私が、頑張って売上高10数億円から100億円に成長させることができれば、仲間にとっても勇気や希望になるのでは、と考えました。その強い思いが今の原動力ですね。

ーー現在の貴社の強みはどのような点にありますか。

谷口佳史:
弊社の強みは「人」です。現在、複数のグループ会社を抱えていますが、工場での現場経験が豊富な人もいれば、銀行出身の人もいて、多彩な人材がそろっています。バックボーンが違う人たちが同じ目標に向かって邁進するためには、ビジョンが必要です。ですから、経営者である私の仕事は、「面白そうやな」と思わせられるビジョンをつくることだと思っています。

また、「こんなことをやってみたい」という気持ちがある従業員には積極的に挑戦してほしいので、学びの機会やチャンスもできる限り会社として提供していきたいですね。

海外進出を起点に 生産量3倍の急成長を遂げる

ーー海外進出に挑戦することになった経緯を教えてください。

谷口佳史:
入社して10年ほどで工場勤務だけでなく営業や経理などさまざまな業務を経験しました。そんな中で、次第に自分の力で海外に挑戦したいという思いを持つようになっていったんです。

もちろん、それも一筋縄ではいきませんでした。当時の上司に「海外で工場をつくったりしないんですか」と聞くと、「会社の判断としてやらない」という答えです。それなら仕方がないと思ったものの、諦めきれず「ベトナムで工場をつくりたい」と3、4年かけて社内を説得しました。

ーー実際に海外へ進出するにあたり、壁にぶつかることはありませんでしたか。

谷口佳史:
もちろん難しいことはありました。日本のねじ業界は長い歴史があります。商流もほとんど決まっていて、お客さまもみんな知り合いです。商社のような機能を持っているわけでもない弊社が、海外進出するのは大変でした。

たとえば、建築向けの弊社のねじをベトナムでゼネコンに直接アプローチしようと思ってもなかなか突破口がないので、現地のゼネコン会社に直接足を運び、どうすれば良いかを何度も聞きました。私が「ナットをやればいいですか?ワッシャーをつくればいいですか?」と聞くと、「下請けのサブコン(専門工事会社)に行ったらいいよ」という助言があり、ようやくベトナムでの事業をスタートさせることができたのです。

ーー直近で、会社にとってターニングポイントとなるような出来事はありましたか。

谷口佳史:
2025年3月の展示会に出展したことが大きな転機となりました。実はその直前、EUの中国製ファスナーに対するアンチダンピング措置などを背景に、市場環境が大きく変化しました。その影響で世界の需要が大きく動き、私たちのブースは大繁盛したのです。

それを機に、わずか1年3カ月でヨーロッパの11、12カ国と新たな取引が始まりました。結果として生産量は一気に3倍になり、グループ全体の売上高も52〜53億円へと急成長を遂げています。設備も人も追いつかないほどのスピードで、全社一丸となって対応しているのが現状です。

「5年で100億円」へのロードマップと4つの注力テーマ

ーー掲げる「売上高100億円」に向けては、現在どのような計画を描いていますか。

谷口佳史:
欧州での猛進撃を皮切りに、目標達成の時期は大幅に前倒しになりそうです。当初は2032年に売上高100億円という目標を掲げていましたが、今は3〜5年以内の達成を見込んでいます。現在、3年以内にベトナム工場の生産能力を倍の月産3,000トンにするため、現地で新たな土地を取得して計画を進めているところです。これが実現すれば、グループ全体で100億円という目標にも十分に手が届く見込みです。

ーードイツの展示会などにも足を運ばれたそうですが、そこで得た気づきはありましたか。

谷口佳史:
経営の器の違いに圧倒されました。展示会では同業最大手の会社を訪問したのですが、そこはグループ全体で3兆円もの規模を誇っており、福利厚生の充実度や、従業員が会社に持つ強い誇り、そして先を見据えた設備投資のスケール感が全く違ったのです。私は上を見て燃える性質なので、100億円という数字が単なる通過点に過ぎないことを肌で感じられたのは、非常に大きな収穫でしたね。

ーー目標達成に向けて、現在注力されているテーマがあれば教えてください。

谷口佳史:
全部で4つあります。

1つ目は「経営幹部・次世代リーダーの育成」です。会社の規模が3倍に拡大したことに伴い、中間層に求められる質やマインドが大きく変わりました。個人のバイタリティだけでなく、組織全体を中立的に見られる人材へのシフトが急務です。

2つ目は「海外市場への展開」です。欧州に続き、アメリカやオーストラリアなど大きな市場を狙っています。現在は社長直轄で国際部を強化している段階で、貿易知識や海外営業の経験を持つ人材を募集しています。

3つ目は「工場の生産性向上・品質改善」です。ただ機械を増やすだけでなく、レイアウトの変更やライン化、標準化を徹底し、作業動線を最適化して現場での「歩く一歩」の無駄すらも削ぎ落とす工夫を重ねることで、強い組織をつくります。

そして4つ目が「管理部門の体制強化」です。グループ全体を俯瞰して管理できる人材の充実を図っています。

社名変更とホールディングス化 社員に社長へのキャリアを

ーー2026年6月に社名を変更された背景をお聞かせください。

谷口佳史:
理由は2つあります。1つはリクルート面の強化で、「鋼業」という言葉を外すことでより親しみやすくするためです。もう1つは、将来的に鋼にとらわれない事業展開を見据えているからです。

また、現在はすでにホールディングス体制となっております。製造、物流、販売と会社を分けることで、「社長のポジション」を複数用意しているのです。オーナー会社だと「自分は社長になれない」と限界を感じてしまう社員が多いですが、私は社長業が一番面白いと考えています。意欲ある社員にはぜひ社長になってほしいですね。

ーー社長という立場で働く中で、最も楽しさを感じるのはどのような瞬間でしょうか。

谷口佳史:
良くも悪くも、すべてが自分の責任であるところですね。悪い会社になっても自分のせいですが、いい会社になって素晴らしい人が集まっても自分の成果です。だからこそ圧倒的な自由度があります。

トップがしんどそうに働いていたら、誰も憧れませんよね。私が率先して仕事を楽しむ「背中」を見せることで、魅力的な人を惹きつけていきたいと思います。現在の採用でも、スキル以上に「素直な人」を求めています。失敗を経験し、他者の気持ちを理解して素直に吸収できる人が、これからの会社をつくっていくと信じたいですね。

ーー最後に、新たな挑戦へ一歩を踏み出す秘訣を教えてください。

谷口佳史:
完璧を求めず、まずは「打数を打つこと」ですね。たとえば、実際に弊社で「社内に映画館をつくろう」というアイデアが出たことがありました。私自身はその発案はすごくいいと思ったのですが、計画がなかなか前に進みません。「どうしたんや?」と聞いてみると、「人が来なかったらどうしよう」という返答が返ってきたのです。このように、やらない理由はいくらでも探せます。しかし、初期衝動を大切にして、とにかくやってみることが重要です。

失敗を恐れずにまずは行動し、そこから素直に学ぶ。そうした挑戦の積み重ねが、次なる大きな飛躍や、全従業員の物心両面の幸せにつながっていくと信じています。

編集後記

「社長業が一番面白いから、みんなやればいい」。そう語る谷口氏の言葉には、自らが仕事を楽しむという強い信念と、社員の可能性を信じる温かい思いが込められていた。トップが苦悩や重圧を前面に出すのではなく、「すべて自分の責任だからこそ自由で楽しい」と笑って語る姿には、周囲を巻き込んでいく力強い魅力がある。完璧を求めずにまずは行動するという決断力と、組織の枠を取り払う柔軟な発想を持つ同氏。目標の早期達成はもちろん、その先に広がる未知の世界へ向けて、同社の飛躍が楽しみだ。

谷口佳史/1974年、大阪府生まれ。2006年、祖父の会社である中海鋼業株式会社(現:株式会社ナカウミ)に入社。工場や倉庫での仕事、営業、経理財務を経験し、2017年に常務就任し、ベトナム工場を開設。2018年に代表取締役に就任。