私たちの身近には、建築鉄骨や橋梁、包丁や台所の流し台、自動車や航空機、新幹線など、溶接の技術を利用したさまざまな物が溢れている。溶接とは、金属などの材料に熱や圧力を加えて接合する方法だ。
その中でも、高硬度で割れや歪みの少ない製品の販売や、経年で摩耗した部分を再生させる特殊な溶接を行っているのが特殊電極株式会社だ。同社の研究開発部、工事技術部、営業を経験した代表取締役社長の西川誉氏に溶接に対する思いや会社の理念についてうかがった。
物をつくることに夢中になれたからこそ今がある
ーー入社の経緯と、その後の仕事について、お聞かせください。
西川誉:
大学の先生と、弊社の当時の人事担当に接点があり、就職活動時にその人事担当から私が声をかけてもらったのがきっかけです。大学の先輩も特殊電極に入社していたため、その先輩の話を聞いたり、私の出身地が兵庫県で弊社の本社の所在地と同じだったこともあり、入社を決めました。
入社後、約1年間は研究開発部に所属され、溶接の基礎を学びました。その後、7年間は、工事技術部で営業担当者が取ってきた案件の原価見積もりを出したり、実際に現場で物をつくってきました。
次に配属された工事関連営業部では工事技術部での経験を活かし、お客様のニーズを聞くだけではなく、社内で対応できるか否かについて、自分でも検討しました。2021年に代表取締役社長に就任するまで、さまざまなお客様と商談を重ねてきたので、今でも主要なお客様は、ほとんど把握しています。
ーー入社後、印象に残った出来事はありますか?
西川誉:
入社2年目に携わった福岡県糟屋郡篠栗町の、ブロンズ製では世界で1番大きい涅槃像(ねはんぞう)の制作です。全長41m、高さ11mの像をつくるために、何十人もの大世帯で3ヶ月間、山の中で過ごしました。制作に入った当時は何もないところだったので、不便な生活を強いられながらも、今でもブロンズ製では世界一を誇る釈迦涅槃像で、多くの外国人観光客が観光に訪れています。
当時、上司からは「絶対に印象に残る仕事になる」と言われ、今でも施工に携わった人の名前が涅槃像の肘の下に刻まれており、後世に残る仕事となりました。
この涅槃像の制作における弊社の作業は、2mカットのリン青銅(銅を主成分とし、スズを含む青銅)のパネルをつなぎ合わせるために必要な溶接です。溶接性の検査や、その検査前の準備、現場監督のため、当時、私ともう1名が配属されました。自分よりも年上の方が多いこの場所での経験が、現場を知るきっかけとなり、またものづくりの楽しさを知る原点にもなっています。
社長と社員の間でもコミュニケーションを取りやすい社風
ーー貴社の強みは何だとお考えですか?
西川誉:
もともと弊社は、溶接材料の製造メーカーとしてスタートしました。ただ、一般には取り扱われないようなニッチな溶接材料が多く、企業がそれを使って仕事をしようとしても、うまくいかないことがよくあります。そのため、納品先から「工事もお願いできませんか」と頼まれることがあり、次第に工事も請け負うようになりました。
その結果、30年くらい前は溶接材料の販売がメインでしたが、次第に工事の比率が増え、それに伴って売上も増加しています。
弊社の強みは直販をメインとし、お客様から直接ニーズをうかがい、それを基に研究部門や品質保証部門も連携しながら溶接材料の設計から製造、工事まで、一貫して行える点にあると考えています。そのために、各部門の要望や希望を聞きながら各部門を調整するのが、私の大切な仕事です。
ーー西川社長が仕事をする上で、大切にしていることをお聞かせください。
西川誉:
私が初めて所長になったとき、私のもとに新入社員が入社しました。ただし当時、私は仕事に追われ、新人のフォローがほとんどできずにいました。その結果、1年ほど経ったときに「辞めたい」と言われたのです。私が部下の面倒を見られなかったことが原因だと感じ、忙しい中でも他の方法があったのではないかと反省しました。
その頃から、社員の方向性を合わせるために、常日頃から「心理的安全性」の高い職場風土をつくることを強調しています。自分の考えを上司にも自由に言葉にできる組織にしなければ、社員の方向性はバラバラとなり、結果、会社も成長しないと考えるからです。
弊社は「安全はすべてに優先する」という「永年方針」を掲げ、日々の業務に取り組んでいます。この方針を徹底させるためには、社員間のコミュニケーションが何よりも重要です。そのためには、より良い組織風土を醸成し、円滑なコミュニケーションを促進することが不可欠です。今後も、各部門と協力し、良好な人間関係を築きながら「心理的安全性」を大切にしていきます。
特殊な溶接技術だからこそ達成できるSDGs
ーー改めて、特殊電極株式会社の現在の状況と、今後の展望について教えてください。
西川誉:
施工関係の仕事がウェイトを占める中、生産量が減り、昨年は減収減益でした。これには建て替えを行った本社ビルへの投資が大きく影響しており、今年度の業績は上向いています。
設備の延命がSDGsの一環と認識され、「長く使える物をつくりたい」と考える企業が増えてきました。SDGsやカーボンニュートラルなどの観点から、設備投資を検討する企業が増えてきているため、今後も受注数の増加が期待できます。そのような企業に対して、弊社の溶接材料や溶接技術が大いに役立つと考えます。
そのためにも、採用を強化する方針です。特に今、問題となっているのは、溶接技術者の不足です。よく3K(きつい、汚い、危険)と言われる職種の一つですが、弊社にも、なかなか人が集まりません。そこで、今年度からJWES(一般社団法人 日本溶接協会)の溶接技術に関する必要資格を取得したら給料に反映するなど、福利厚生を充実させて、人材不足の問題を解決していきたいと思っています。
編集後記
今回の取材では触れられなかったが、特殊電極株式会社には女性プロバスケットボールの選手が在籍している。TikTokでも、このバスケットボール選手が溶接についてわかりやすく発信する姿が見られる。1933年の創業から90年以上にわたり、金属特殊溶接のパイオニアとして、新しいことを積極的に取り入れ、時代に即した活動を展開している姿が伺える。
そんな特殊電極株式会社だからこそ、西川氏が先頭に立ち、今後も社内のコミュニケーション力を武器に長持ちする建物や自動車などをつくり、様々な成果を生み出していくのだろう。
西川誉/1970年、兵庫県生まれ。1993年に福井工業大学を卒業後、特殊電極株式会社に入社。入社時は、研究開発部に配属され、その後、工事技術部、営業経験を経て、2021年に代表取締役社長に就任。