IT業界の仕事環境は、業務内容の大変さや残業の多さから身体的にも精神的にも過酷だと言われている。そのような環境を改善し、技術者が本来の力を発揮できる会社を目指しているのが、株式会社アード・ソシヨである。
同社は、さまざまな業界の企業向けソフトウェアを受託開発する会社だ。社員は30名ほどと少ないながらも、2007年に設立以来、売上はコロナ禍をのぞき連続で増加し成長し続けている。
今回は代表取締役の安田晋氏に、創業のきっかけとなった思いや社内での取り組み、今後の展望などについてうかがった。
思いもしなかった就職先で感じた「一体だれが得しているんだろう」
ーーIT業界に進んだきっかけを教えてください。
安田晋:
学生時代はIT業界の技術者を志していたわけではありませんでした。機械工学に興味があったのですが、部活動に熱中し過ぎてしまい、大学を中退しました。その後、「大学中退者のみ募集」という珍しい会社に出会い、興味を持ったことから同社に入社します。コンピューターを基礎から学び、技術の進歩に合わせてスキルを磨き続けてきました。
ーー創業するにあたっては、どのような経緯があったのでしょうか。
安田晋:
きっかけは、あるプロジェクトに取り組み、残業だけで月200時間を経験したことです。ほとんど現場に泊まり込む日々でしたが、何度試してもうまくいかず、疲れ果てて品質が下がり、スケジュールが遅れてさらに稼働が厳しくなるという悪循環に陥りました。
その時、「この状態で一体誰が得しているんだろう?」と感じたのです。品質低下と納期延長でお客様は損をし、社員への残業代で会社も損をし、技術者は疲弊している。20年間勤めてきた技術者として、「良いものを作りたい」という思いがある一方で、「技術者が幸せになれる会社はないのだろうか」と疑問を抱いていました。当時の会社を内部から変えようと努力しましたが、途中で会社自体がなくなってしまったのです。
その後、新しい道を模索する中で、「自分で理想の会社をつくるしかない」と思うようになりました。それまでは社長になるなどと考えたこともなく、非常に悩みましたが、「起業するかしないか」ではなく、「どうしたら起業できるか」ということばかりを考えている自分に気付き、会社を立ち上げることを決意しました。
ーーどのような会社にしたいと思って起業したのですか。
安田晋:
私は、「技術と品質を追求してお客様から喜ばれつつ、社員も休みをしっかりと取ることができ、適切な給料がもらえる会社を作りたい」と思いました。起業して自分の存在感を示したり、自分がより多くの収入を得ることよりも、「社員がたくさん給料を得られる会社にしたい」という思いでした。
最初は食べていくために必死だったので残業ばかりでしたが、現在は残業時間も抑えられて、品質面でもお客様から非常に高い評価をいただけるようになり、当初に目指していた理想に近づいてきたなと思っています。
仕事への誇りと責任感、そこから生まれるやりがいと楽しさ
ーー社員が幸せになるためには、何が大切だと思いますか。
安田晋:
労働時間や給料の問題だけではなく、技術や技術者としてのプライドや誇りを教えてもらえて、それを実感できる環境が非常に大切だと思います。技術者は「ものをつくり出しているすごい仕事」をしています。仕事に誇りと責任感を持てば、品質もついてきますし、一生懸命に向き合うからこそ、面白さや達成感を感じることができるのです。
「良いものをつくることに誇りを持つ」ということを教わっていないと、現場に入っても単なる作業になり、仕事への責任感も薄くなります。そうなると、「ラクをしたい」と考えるようになり、技術者としての質が下がっていきます。弊社は誇りと責任感を伝えていく企業文化を作っていきたいですね。
ーー企業文化を作っていく上で、どのようなことに取り組んでいますか。
安田晋:
会社への帰属意識や社員同士のつながりは非常に重要だと思っています。何か困ったときに相談できる先輩や上司の存在は大切ですよね。そのつながりを築くために、弊社では年2回のイベントを開催しています。社員間の連携を高めることを目的としており、休日を出勤日にして、給料や休日手当、交通費も支給する形で行っています。
ーー仕事の一環としてのイベントなのですね。
安田晋:
「個人の思いを尊重しなければならない」という、全体主義を批判する風潮はありますが、私は、その考えと会社全体でイベントを開催するということは別の話だと思っています。イベントを開けば、イベントの中でも個人の考えを尊重できますよね。
たとえば、飲み会を開催する場合も、「全員お酒を飲まないといけない」などと決めずに、お酒が嫌いな人は飲まなければ良いのです。みんなで1つのことを共有して、その中で個人が楽しめることが大切ですね。
幸せを感じられる社員をひとりでも多く
ーー今後、会社をどのように発展させたいですか。
安田晋:
2020年に「2030年計画」を立てました。10年後には100人体制にし、社員全員の給料を1.5倍にすることを目標にしています。今後は弊社も営業を強化して、2次請けの仕事ではなく、主導権を持って取り組める仕事をいくつか獲得したいですね。
ーー100人規模にするために、採用活動は今後どのように行っていきますか。
安田晋:
現在はキャリア採用が基本です。今の社員の8割の方は私が直接スカウトしました。単なる募集ではなく、「あなたに来てほしい」と一人ひとりに気持ちを込めてメッセージを送っており、「だからこそ、伝わるものがある」と考えています。100人体制にするために、今後は新卒採用も併用して増やしていきたいと思っています。
ーーどのような人材に入社してほしいですか。
安田晋:
転職する人は、上昇志向の人と、現在の環境が苦しくてつらくて脱出したい人の2つのタイプに分かれていると思います。弊社は、後者の方に来てほしいですね。この業界の仕事は、目指す人が多い憧れの対象です。その仕事を、環境が悪いという理由だけで辞めてほしくないですからね。
編集後記
「技術者が幸せを感じられる会社」にこだわって取り組んできた安田社長。その優しさや温かさを非常に強く感じた。取材中、安田社長は「弊社だけではなく、周りの会社の人たちも巻き込んで、いい会社にできる活動をしたい。アード・ソシヨに関わる人たちには幸せになってほしい」と語る。
今後は、株式会社アード・ソシヨのように過酷な労働環境を改善し、仕事に誇りと責任感、楽しさとやりがいを感じられる企業が求められていくのだろう。
安田晋/1962年、兵庫県生まれ。鳥取大学中退。ソフトウェア開発会社に中途入社し、20年間、第一線の技術者として活躍。2007年、同社の解散を機に株式会社アード・ソシヨを創立。技術者時代からのテーマを実現すべく、日々社員とともに歩んでいる。