※本ページ内の情報は2024年8月時点のものです。

LocationMind株式会社は、空間情報科学(※1)の研究をする、東京大学の柴崎亮介研究室発のベンチャー企業だ。同社は位置情報データを活用して人流データ(※2)を解析し、社会や企業の意思決定に必要なデータを提供している。

ベンチャーキャピタル創業者・エンジェル投資家から経営者になった経緯や、新型コロナウイルスによる事業の影響、今後の目標などについて、創業者の桐谷直毅氏にうかがった。

(※1)空間情報科学:自然、社会、経済、文化などにおいて、空間的な位置や領域が明示された属性データ(空間データ)を構築、管理、分析、総合、伝達する方法を研究する学問。

(※2)人流データ:人がいつ、どこに、どのくらい滞留しているか、どこからどこへ向かったかなどの移動に関する情報。

ベンチャーキャピタル創業者・エンジェル投資家から経営者へ。コロナ禍で注目された人流データの価値

ーーLocationMindを起業した経緯とご経歴を教えてください。

桐谷直毅:
大学で学んだコーポレートファイナンス(※3)の知識を活かすため、新卒ではゴールドマン・サックス証券の投資銀行部門で企業のM&Aや株式上場の支援業務に従事しました。その後、ベンチャーキャピタルを創業。

大企業にだけ提供されてきた高度なコーポレートファイナンスのサービスをベンチャー業界にも提供できることが今後の社会に重要だと考え、大学に眠る高度技術シーズ(種)が創業するような、ベンチャーの最もアーリーな段階から、事業化・知財戦略、資金調達などを支援してきました。

特に、会社を作って間もない段階から支援する際、日本ではまとまった資金が投下されません。ディープテックと呼ばれる領域ではまとまった資金が必要なことがほとんどで、数千万円などの資金ではほとんど役に立たず会社が立ち上がりません。一方で、破壊的なイノベーションが起きうる魅力的な領域でもあり、この社会のミスマッチに向き合うことはとても面白い挑戦だと思っています。

そんなときに空間情報科学の研究をしていた、東京大学の柴崎教授に出会いました。私自身は経済学部出身ですが、ディープテックのなかでもAIや宇宙をずっと研究していたことから、教授から創業を手伝ってほしいという依頼を受けました。ベンチャーキャピタリストとして話す中で教授から「桐谷くん、もうこの会社の社長にならないか?」と提案されたのです。

柴崎研究室は東京大学のなかでも名門であり、位置情報ビッグデータの分析や、位置情報ビッグデータの偽装対策の人工衛星技術を手掛ける世界トップランナー集団です。当然ながら、私にとって興味深い分野であり、同時に相当の資金ニーズや大企業との大型リレーションシップを構築する必要があるなか、経験が活かせると思い、引き受けました。それから経営者として人流データの分析サービスを手がけるようになったのです。

(※3)コーポレートファイナンス:企業価値を最大化することを目的として、資金を調達して事業に投資し、調達元に資金の返済や還元をしていく活動のこと。

ーー事業内容を教えてください。

桐谷直毅:
位置情報から得られる人の移動情報を核とした、空間情報解析サービスを提供しています。スマートフォン・自動車・船など日々いろいろな動き方をするようなビッグデータ(定常的に取得されている位置情報)や、衛星画像・地図・購買などさまざまな断面的なデータ(イベントがあるときだけ取られる位置情報)がありますが、こうしたあらゆるデータを扱える会社がLocationMindであり、グローバルでも珍しい技術力の会社です。

今は世界の80カ国でこうしたデータを扱っています。

空間情報分析というのは面白くて、好きな空間を分析できます。たとえば、「店舗」というのも空間ですし、「道路」や「市区町村・都道府県」も空間です。「店舗」をチェーンとして分析してもいいし、「ファストフード業界」や「ホテル業界」のように束ねて分析することもできます。

こういった空間にどれだけ人がいるのかを私たちは分析するわけです。ほとんどの企業や国が、人の活動に対して、何かしらのサービスを提供することをミッションとして掲げるなかで、こうした人の活動の情報を提供できることは、時代や団体を選ばない普遍的なニーズだと思っています。

ーー外出規制が行われたコロナ禍では、事業にどのような影響がありましたか。

桐谷直毅:
創業してすぐコロナ禍になり、「外出する人がいなければ、人流データを提供するサービスは需要がないのではないか」と不安でしたが、結果として人流データの認知度を高める大きな転換点となりました。人の流れを分析することで新型コロナの感染拡大がどのように推移するかを予測することができたからです。そのデータを通してステイホームを呼びかけ、東京都知事から表彰されました。

他にもアフリカの複数国でコロナ対策を支援しました。社会全体をすぐに大規模に分析できる企業は世界でもあまり多くなく、私たちの創業意義を再確認できる機会となりました。

また、コロナ禍で社会が大きく変化して、人の流れを把握したいというニーズが高まったと感じています。たとえばリモートワークが普及したことで鉄道の利用者は減少しました。その結果、自社ビルからシェアオフィスへ切り替える企業もあり、私たちの生活リズムの変化が求められました。

コロナ禍以前と比べて人の動きが相当変わっています。そのため、「ドローンや、空飛ぶクルマや、新しいモビリティサービスをどこに設置しようか。やったことがないので需要地を知りたい」などのお話しもいただくようになりました。

これは世界的にも言えることで、多くの国々で分析の引き合いが増えています。日本と同じような悩みを持っている国もあれば、日本には無いような分析をさせていただくこともあります。新しい都市をつくる、都市の混雑の解消、貧困層の分析、女性の社会進出、戦争の爪痕からの復興、先端宇宙技術を活用した分析など、さまざまなテーマがあります。

難しいテーマも多く、そういう引き合いを相当数、あらゆる業界からいただいています。反面、「どこにお店をオープンしようかな、どこにマーケティングしようかな」というような、皆様に馴染みが深いテーマもとても多くあります。究極的には、人の分析を介してほとんどの方々とお仕事ができるのではと思っています。

GPSのセキュリティ対策サービスとは。ニッチな領域ゆえの苦労

ーー位置情報の不正利用対策サービス(信号認証)について詳しくお聞かせください。

桐谷直毅:
ここに来ていただく際も、地図アプリのルート案内機能やタクシーアプリなどを使われたかもしれません。GPSに代表されるような測位衛星(GNSS ※4)はもはや使わない日がないほど、私たちの日常になくてはならないものです。しかしこの位置情報は、偽装されたり攻撃されたりする危険性があり、世界で大きな問題になっています。

位置情報のほとんどは測位衛星を使って得られています。正確に言えば測位衛星は位置と時刻を教えてくれています。皆様のスマートフォンを確認していただくと、相当数のアプリに位置情報が提供されているはずです。また、時刻に関しては5Gなどの先進的な通信に使われています。こういうものが潜在的な攻撃対象、不正対象になります。

GPSが1日機能不全を起こすだけで数千億円の被害に及ぶという調査もあります。こうした脅威に対応するため、GNSSに電子署名を付与し、不正利用できないようなサービスを開発しています。

具体的には、弊社の特許技術を使って内閣府の準天頂衛星などから新しい信号を送信しています。これにより位置情報の改ざんや不正のさなかでも、正しい位置を把握できます。今の世の中では位置情報は言ったもの勝ちになっているため、不正利用されてからの対症療法になってしまいます。

つまり、精巧な攻撃を仕掛けられるとそれに気付けないという怖い状況なのです。スマートフォン・自動車・船・携帯基地局などの精密機器など含め、世界で毎年販売される25億台ものGNSS受信機がこういった被害にあう可能性があります。これらを使って私たちは通信したり、移動したり、遊んだりと、さまざまなことをしているはずで、各家庭に平均何台かGNSS受信機があるはずです。

情報の基盤となる位置情報が誤っていると、さまざまなところに支障をきたします。そこで私たちはデータの信ぴょう性を証明し、正しい情報を提供できる世界を目指し、位置情報の最も根幹から対応しています。

(※4)GNSS:Global Navigation Satellite Systemの略称。アメリカのGPSや日本の準天頂衛星など世界中で展開されている衛星測位システムの総称。

ーーニッチなジャンルだからこそ苦労も多かったのではないでしょうか。

桐谷直毅:
位置情報のAIも、信号認証も、世の中の少し先を行く技術です。世の多くの方々にはまだあまり馴染みのないものかもしれません。

位置情報AIはいわばGoogle Analyticsのリアル版のような世界観をイメージしています。Google Analyticsが「どれだけ検索している潜在顧客がいるかがわかるサービス」だとしたら、位置情報AIは「どれだけリアル世界に潜在顧客がいるか」がわかるサービスなのだと思います。勘でビジネスが行われることが多いなか、スマートフォン・自動車・船のデータを分析して皆様の関心のある人間活動を分析します。

信号認証は位置情報の信頼を高める「公証役場」のような世界観をイメージしています。会社をつくる際に、衛星コンステレーション(多数の衛星を連携させて一体運用するシステム)、人・自動車・船・などのトラッキング、道路課金システムなどに活用されることを想定し、そのほとんどを実現させてきました。

ウェブサイトがHTTPからHTTPSになっていったように、いずれ位置情報も信号認証されているかされていないかで信頼性を評価されるようなデファクト(世界標準)技術を目指したいと思っています。

これまでも「私たちのサービスが世の中から必要とされる日が必ず来る」という起業家精神で、逆境を乗り越えてきました。

「情報の銀行」として位置情報データを集め、企業の発展に貢献

ーー新規事業についてはどのようにお考えですか。

桐谷直毅:
位置情報データを扱う「情報の銀行」というコンセプトで、積極的に事業を展開したいと考えています。自動車や携帯電話の位置情報などに始まり、実は「いつ・どこで」という地理空間的なデータは大手企業に多く蓄積されているものの、あまり活用されてきませんでした。

たとえば、「昨日銀行でお金を借りた」「いまカフェでお茶している」「明日病院に行く」というのも全て位置情報です。物理的世界に生きている限り、私たちは常に位置情報を創出していると言えます。

弊社は複数の企業のデータを組み合わせ、高度に分析できる会社としてさまざまな引き合いをいただく珍しい会社です。立地戦略、物流、観光、災害対策、都市計画、道路交通、ヘルスケア、カーボンオフセット、経済安全保障などをはじめとして非常に幅広い領域で仕事をさせていただいています。

世の中を良くするためにデータを提供してもらい、さまざまな産業・社会のポジティブな成長につながることを期待しています。

ーー最後に5年後、10年後の展望を教えてください。

桐谷直毅:
5年後の目標は、空間情報科学の領域でNo.1の企業になることです。そのために80カ国以上のデータを活用した事業を展開しており、いずれ世界全体を分析できる会社になりたいと投資を行っています。日本と同様のニーズとその国ならではのニーズを探り、海外進出を進めていく予定です。

10年後は弊社の強みである衛星データと私の金融知識を活かし、新たな事業を手がけてみたいですね。たとえば飲食業、モビリティ、不動産など、人流データの活用価値が高い分野に進出できたら面白そうだと思っています。

編集後記

人流データやGPSのセキュリティ対策など、前例のない事業だからこそ周囲の理解を得るのに苦労したという桐谷社長。それでも「絶対に世の中の役に立つ」と信じたからこそ、今の活躍がある。LocationMind株式会社は、位置情報を活用した事業を通じ、企業の発展や社会の課題解決など世界に貢献する企業として羽ばたいていくことだろう。

桐谷直毅/東京大学経済学部卒業後、ゴールドマン・サックス証券株式会社の投資銀行部門にて大型のIPOやクロスボーダーM&Aのアドバイザリーに従事。独立後、大学発ベンチャーの支援に注力するベンチャー投資企業Angel Bridge株式会社など複数の起業を行うベンチャーキャピタル創業者・エンジェル投資家・シリアルアントレプレナー。