飲食業界は、2020年以降、新型コロナウイルスの影響を大きく受け、2021年の業界市場はコロナ前の2019年と比較して28.2%にまで落ち込んだ。
さらに、大人数の宴会や二次会以降の需要が低迷しているため、2023年に新型コロナウイルスの位置づけが「5類感染症」へ移行した後も、パブや居酒屋では鈍い回復に留まっている。ただし、『TDB REPORT』によれば、外食業売上高の伸び率は全業態で前年を上回り、2019年比では全体が初めてプラスになったそうだ。
一方、働く人に注目すると、2022年で入職率が最も高いのは「宿泊業,飲食サービス業」で34.6%だが、同様に離職率でも26.8%と高く、飲食業界に人員が定着していないことがわかる(厚生労働省の令和4年度「雇用動向調査(産業別)」より一部抜粋)。
個人宅や飲食店とシェフをマッチングし、料理を提供する株式会社シェアダインの共同代表・井出有希氏は、「お店を持つことにこだわらず、自分のスキルを発揮できるフリーランスのような働き方がシェフにもあって良いのではないか」と飲食業界の新しい働き方を提案する。
金融エリートからシェフマッチング事業のパイオニアへ
ーー大学卒業後から創業までの経歴を教えてください。
井出有希:
2000年に大学を卒業後、ゴールドマン・サックス証券株式会社やアライアンス・バーンスタイン株式会社で12年ほど、証券アナリストとして企業や業界を対象として経済状況の調査・分析を担当したり、資産運用を担当してきました。
結婚を機に、妊娠・出産や子育てなどの将来を見据えて、金融とは異なる業界で働きたいと思い、ボストン コンサルティング グループ(以下、BCG)に転職しました。そこで、現・共同代表の飯田陽狩氏に出会いました。
当時は、私も飯田氏もBCGでの仕事に充実感を得ており、起業することはまったく考えていませんでした。しかし、お互いに出産を経験し、仕事と家庭のバランスや子どもの食事の悩みなどを話しているうちに、徐々に起業の選択肢が生まれてきたのです。
具体的には、飯田氏の子どもは食が細いために風邪を引きやすく、私の子どもは好き嫌いが多くて毎日同じようなメニューばかり食べているなどの悩みを抱えていました。そこで、「子どもの食に関する悩みを解決してくれる料理を作ってくれる人はいないか」と私たちが考えたことが、創業のきっかけですね。
子育て世代の悩みを解決する新しい食のスタイル
ーー子どもたちがおいしく食べられる料理を提供することが起点なのですね。
井出有希:
当初は、子どもが「食べない」「好き嫌いが多い」など、子育て世代の悩みを解決するためにスタートした事業でしたが、シェフが家庭に出張して料理を作るサービスについては、年配の方や糖尿病などの持病をお持ちの方からも、お問い合わせをいただきました。
幸い弊社には、もともと病院に勤めていた栄養士などもシェフとして在籍していたので、お客様のニーズに応じた事業展開が可能でした。今では、「離乳食」「ダイエット」「生活習慣病」など、お客様一人ひとりの悩みに寄り添ったプランの提案をさせていただいております。
お客様からも「特定のものしか食べなかった子どもが、シェフが作った料理に興味を示し、さまざまな食材を食べるようになった」「4日分の料理を作り置きしてもらったことで、時間に余裕ができた」など、嬉しいお声をいただいています。
ーーベビーシッターを利用したときのような割引制度はありますか?
井出有希:
家事支援サービスには、今までそのような制度はありませんでした。しかし、現在、経済産業省が家事支援サービスに関してもベビーシッター同様の割引を検討しており、そのための実証事業を行っております。弊社もこの実証事業に採択され、株式会社ポーラなど、複数の企業の福利厚生サービスとして導入されています。
また、東京都にて妊娠・出産された方には、東京都から経済的補助として東京都出産・子育て応援事業の「赤ちゃんファースト」が支給され、本券を弊社でもご利用いただけます。
飲食業界の新たな味方。革新的スポットシェフサービス
ーー個人宅向けだけでなく、飲食店にもシェフをマッチングしているのですか?
井出有希:
2023年7月より、飲食店で繁忙期や人員が不足した時にだけ、スポットでシェフが手配できるサービスを始めました。コロナ禍をきっかけに、飲食店から「即戦力となるシェフを派遣してもらえないか」と相談を受けたことがきっかけです。現在では個人宅への出張料理よりも、この「スポットシェフ」の売上が大きくなっています。
「スポットシェフ」は飲食店のみならず、給食施設や学生食堂、老人ホームや保育園などでも利用されています。弊社に登録しているシェフは、事前にどのような料理を得意としているのかがわかるため、その点でも高く評価いただいています。
料理人の新たなキャリアを創造する、シェフの次世代キャリアプラットフォーム
ーー改めて貴社の強みは何ですか?
井出有希:
シェフのキャリア支援ができることです。従来は、シェフは働いたお店でキャリアを築いても、次に活かすことが難しい職種でした。また、イタリアンならイタリアン、日本食なら日本食など、料理の種類の壁もありました。しかし、弊社に登録していただくことで、個人宅や店舗など、さまざまなシチュエーションで料理を作る機会が得られるのです。
ーー将来の展望について聞かせてください。
井出有希:
何よりもまず、料理に携わる方たちのキャリアプラットフォームを提供したいと考えています。たとえば、料理人を目指して勉強を始めた段階や、料理人として働き始めた段階でシェアダインに登録していただくことで、実践や副業として個人宅や飲食店にてキャリアを積むことができます。
また、海外での活動に挑戦したいシェフの、グローバル展開も支援しています。実際、日本の企業が海外に出店する際に、現地での採用は難しいと言われています。そのため、日本からシェフを連れていくことが想定されますが、シェアダインに登録されたシェフから選んでいただければ、事前にシェフの得意分野などがわかり、マッチングがしやすくなります。
最後に、シェフの方でもキャリアを諦めないで欲しいと思っています。特に、女性のシェフが妊娠や子育てをしながら、長時間労働や立ち仕事もある職場はキャリアを継続させることが難しいのが現状ですよね。
コラム執筆や栄養計算など在宅でできるお仕事をされる方もいらっしゃるようですが、シェアダインの出張料理は1回3時間〜ですので、小さなお子様がいても活動しやすいと思います。シェアダインに登録いただき、料理の仕事を行うことで、その後のキャリアの選択肢の幅を広げていってほしいですね。
編集後記
食は、すべての人にとって毎日、欠かせない営みだ。その食に関する各家庭の悩みを少しでも減らしたいと願う、株式会社シェアダイン共同代表の井出有希氏。彼女は当初、手がけた家事代行サービスの枠を超えて、現在では飲食業界で働くシェフのことを本気で考え、業界を変えていきたいと考えている。このビジネスモデルは、超高齢化社会となり、労働人口が減っていくことが予想される日本で、定着していくのではないだろうか。
井出有希/2000年、東京大学を卒業後、ゴールドマン・サックス証券株式会社にて9年間、アライアンス・バーンスタイン株式会社にて3年間、株式アナリストとして働く。2012年にチームの解散を経験。ボストン コンサルティング グループを経て、子どもの食事作りに悩んだことを機に2017年、同僚とともに株式会社シェアダインを設立。