※本ページ内の情報は2024年9月時点のものです。

高齢化社会の医療費増大を背景に、政府の薬価引き下げが続いている。国内の創薬業界は厳しい局面に立たされ、新薬開発には手詰まり感すら漂う中、業界に風穴をあけるべく、株式上場した企業がある。

mRNA(タンパク質の設計図であるメッセンジャーRNA)を標的にした低分子創薬を手がけるバイオテク企業の株式会社Veritas In Silicoは、2004年2月、東証グロース市場への上場を果たし、初値は公開価格の2倍以上をつけた。

代表取締役社長の中村慎吾氏は、研究者から製薬メーカーに転じ、さらに投資ファンドでの経験も持つ異色の存在だ。mRNA標的低分子創薬により創薬の可能性を切り拓き、革新的な薬を患者さまに届けることを目指す。そんな中村社長に話をうかがった。

投資家の目線で創薬プロジェクトの面白さに気づき創業

ーーVeritas In Silicoを創業するまでの経緯を聞かせてください。

中村慎吾:
私がイェール大学でRNA分子細胞生物学の研究をしていた当時、父親ががんにかかりました。このことをきっかけに「求められる薬を社会に届ける」ことを志して大手製薬会社に入社しました。

2004年にはmRNAを標的とした低分子創薬の社内プロジェクトを立ち上げたのですが、会社の方針転換があり、プロジェクトが中断されたことで退社を決意。その後は米国大手の化学メーカーの営業マネージャー、世界最大級の医薬品製造委託会社の事業開発責任者を経て、投資ファンドのベンチャーキャピタリストになりました。

ベンチャーキャピタリストとして数多の投資案件に関わってゆくなかで、かつて大手製薬会社で取り組んだmRNAを標的とした低分子創薬のビジネスこそ、爆発的に発展する可能性のある面白い事業であることに気づきました。そこで、2016年にVeritas In Silicoを設立し、ベンチャーキャピタルや事業会社より出資やさまざまなご支援をいただきながら、創業当初より上場を志向した会社づくりを進めました。

今まで治療薬がなかった疾患に安価で手の届きやすい低分子薬を

ーー「mRNAを標的とする低分子創薬」とはどういうものですか?

中村慎吾:
私たちは、これまでとは異なるアプローチの仕方で創薬に取り組んでいます。mRNAは、リボ核酸の中でもタンパク質の情報を含んだもの、いわばタンパク質の設計図です。私たちは、この設計図にあたるmRNAを制御して、疾患原因であるタンパク質の生成をストップさせることによって疾患を治療できる薬をつくろうとしています。

これまでの薬は、疾患原因であるタンパク質に作用し、その機能を直接止めることにより疾患を抑えるのが一般的でした。しかし、薬が標的にできる疾患原因のタンパク質は少数派で、それ以外の大多数のタンパク質は標的にすることができませんでした。

そこで、疾患原因のタンパク質ではなく、そのタンパク質の設計図にあたるmRNAを標的とすることで、これまで有効な治療薬が見つからなかった疾患に対しても有効となる新しい薬を生み出せる可能性が出てきたのです。

低分子創薬には近年あまり脚光が当たっていないように見えますが、実は現在も、そしておそらく10年後も、医薬品市場の主流は低分子薬であると考えています。

その理由は、低分子薬は安価で保存しやすく、患者さまにとって手が届きやすいものだからです。mRNAを標的とする技術と、低分子創薬の技術を組み合わせることによって、これまで有効な治療薬が見つからなかったさまざまな疾患の患者さまに薬を届けることも可能になると考えています。それは私たちの経営理念である「希望に満ちたあたたかい社会の実現」にもつながります。

ーープラットフォーム型ビジネスのメリットを教えてください。

中村慎吾:
弊社のプラットフォーム型ビジネスは、私たちが持つmRNA標的向けの創薬技術を製薬会社に提供し、共同創薬研究を通じて低分子薬をつくり出すBtoBビジネスです。私たちのような小さな会社が独自に一つひとつの創薬研究に取り組むよりも、多くの製薬会社と連携して知見を集約しながら進めるプラットフォーム型ビジネスの方が、患者さまに迅速により多くの薬を届けることが可能となります。

上場の目的は、「ハイブリッド型ビジネス」に向けた人材獲得

ーー今後の目標は何ですか?

中村慎吾:
現在、複数の大手製薬会社と共同創薬プロジェクトを並行して進めていますが、将来的には、mRNA関連の創薬を主軸としつつ、薬の製造や販売の機能を備えた製薬会社(スペシャリティファーマ)となり、責任をもって患者さまに薬を届けたいと考えています。

スペシャリティファーマへ成長してゆく過程では、プラットフォーム型ビジネス(大手製薬会社との共同創薬)と自社で新しい医薬品の候補(パイプライン)を創出するパイプライン型ビジネスを各々(おのおの)推進するハイブリッド型のビジネス展開を計画しています。

ーー人材採用を強化しているとうかがいました。

中村慎吾:
弊社が上場した最大の目的は、優れた人材の獲得です。今後、ビジネスを拡大し成長してゆくなかで、社内組織の新設や増強などの体制整備を進める必要があり、組織づくりをデザインしてゆくなかで、優秀な人材の獲得はとりわけ重要な課題であると考えています。

先進的な科学に興味のある方や、プラットフォーマーからスペシャリティファーマへと進化を遂げるバイオテク企業として他に類を見ない「異次元の成長過程」を一緒に体験したい方に、ぜひご参加いただきたいですね。

また私たちは、お互いの専門性を理解し合い、リスペクトし合う風土をつくり、役員および社員全員がワンチームとなって成長していくことを重視しています。

ーー今後の事業展開についての考えをお聞かせください。

中村慎吾:
低分子薬の市場規模は現在50兆円ぐらいと言われています。mRNA標的低分子創薬が本格化すると、将来的には、これと同じくらいの規模の市場が新たにできる可能性があると考えています。このように、私たちは中長期的な目線で「爆発的な発展が期待できる事業」を進めており、まさに今、その爆発が始まろうとしていると感じています。

10年後には、現在進めている共同創薬研究のなかから画期的な低分子薬が完成している可能性があり、この分野はますます花盛りになるものと期待しています。私たちもスペシャリティファーマへの「異次元の成長」を目指し全力でまい進してゆきます。

編集後記

中村氏は、mRNA標的低分子創薬が世界的に認知される以前の早い段階、すなわち2000年代半ば頃には大手製薬会社でmRNA標的低分子創薬の社内プロジェクトを推進しており、在職中にこの分野では世界初となるビジネスモデル特許を出願している。

また、紆余曲折を経た現在もなお、「多くの人を救う薬を届ける」との信念は変わっていない。ユニークかつ卓抜した発想により、高い成長のみならず、東証上場まで実現させたVeritas In Silicoは、独自の創薬プラットフォームを活かしつつこの分野でのリーダーを目指し、創薬のあり方を変えようとしている。

中村慎吾/1972年生まれ。2000年、名古屋大学大学院工学研究科有機化学分野で博士号を取得した後、イェール大学にて博士研究員として核酸の分子細胞生物学について研究。2003年に武田薬品工業株式会社に入社後、mRNAに対する低分子創薬プロジェクトを7年間運営。その後、Dow Chemicalにて営業部マネージャー、Catalent Pharma Solutionsにて事業開発ディレクター、株式会社産業革新機構(現株式会社産業革新投資機構)で戦略投資ディレクターを務める。2016年11月に株式会社Veritas In Silicoを設立し、代表取締役社長に就任。