不動産のライフサイクルは用地取得から設計・施工、運営管理までと、事業期間が長く、多様なステークホルダーが存在する。そのため、必要なデータが1カ所に蓄積されづらく、デジタル化が遅れているレガシーな業界だ。そのような不動産業界でAIを活用し、変革を牽引する株式会社THIRDは、さまざまな企業から信頼され続けている会社だ。今回は代表取締役の井上惇氏に、新事業の取り組みや成功のきっかけ、企業ポリシー、今後の展望などについてうかがった。
THIRDが持つ技術の可能性に魅せられ事業を継承
ーー代表取締役に就任するまでの経緯を教えてください。
井上惇:
ITエンジニア、金融商品開発を経て、大手不動産デベロッパーの経営コンサルタントをしている際に、THIRDと出会いました。THIRDは2015年にゼネコン出身の工事現場監督が建築工事の技術コンサル会社として創業し、大型商業施設、ホテル、タワーマンション、工場など、数々のプロジェクトで科学的根拠に基づいたコスト削減のコンサルティングを施主に提供していました。
とある案件で自分がコンサルティングに入ってもなかなか下げることができなかった建築コストが、THIRDがサポートを始めてから10%も20%も下がっていく様子を目の当たりにし、THIRDが持つ技術に関心を持ったのです。
代表取締役の就任は、高齢で後継者を探していたTHIRDの創業社長から事業継承を依頼されたことがきっかけです。THIRDのコンストラクションマネジメントチームが持っている技術力と、私が持っている経営コンサルティングや金融業界での経験をかけ合わせれば、成功の可能性を見出せると考え、引き受けました。
ーー事業の強みと、具体的な取り組みについてお聞かせいただけますか。
井上惇:
弊社の強みは、膨大な建物データの蓄積と、それを活用する高度な技術力です。不動産や建築業界向けにAI技術を基盤とした事業を展開しています。具体的には、不動産・建築会社向けのAI SaaS事業、デベロッパーやゼネコン向けにAIの受託開発を行うAIソリューション事業、そして不動産・建築以外の業界向けにAIを活用したAIデータソリューション事業の3つがあります。
これらの事業の基盤には、AIブーム以前からAIを実装してきた弊社の先行者利益と、AIが組み込まれたSaaSサービスが利用されるたびに蓄積される建物データと、それを学習し、より精度の高いサービスへと進化させる機械学習機能があります。
弊社の不動産管理の労働生産性を改善するAI-SaaSソフトウェア「管理ロイド」を使用しているコンビニエンスストアを例にあげると、日本全国の店舗のうち約11,000店舗に導入されており、ユーザー数も約6万人以上に達します。
弊社のクライアントにはこのような大規模なエンタープライズ(企業・事業)のお客様が非常に多く存在します。企業ごとにさまざまな特色があるため、導入前にはクライアントとともに経営課題を共有して、プロダクトの改善を検討・実証してからスタートします。そのため、認識のずれが生じることなく、安心して導入できると好評をいただいています。
建物ビッグデータを活用し、新たな領域を開発
ーー今後の課題と、その対応策についての考えを教えてください。
井上惇:
現在、円安や低金利、相対的に割安の不動産価格を受けて、海外の投資家が日本の不動産に投資するケースが増加しています。海外投資家は物件の資産価値向上のために建物に関する様々な情報を求める場合があります。そのためには、建物データの収集が不可欠ですが、日本国内の建物管理は依然として紙ベースで行われているなどの理由によって、建物データの蓄積が進んでいないのが現状です。
しかしながら、弊社の「管理ロイド」はスマホアプリで建物管理を行うため、日々の管理で得られた情報がシステム上にデータとして大量に蓄積される仕組みとなっており、データドリブンな不動産管理の実現に貢献しています。現在は、蓄積したデータをもとに、AIによる予知保全システムの開発に取り組んでいます。
また、不動産業界に向けたサービスだけでなく、建物に関連する業界へ横展開もしており、大手保険会社をはじめとする金融業界や製造業向けのサービスも開始しました。レガシー産業と言われる業界に大きな変革を仕掛けられるチャンスがあるだけでなく、そこから新しい価値を生み出せるのは、弊社ならではの業務です。
ーー今後の展望や、社員への期待についてお聞かせください。
井上惇:
私たちは、日本で最も建物データを集めている会社です。この建物データを活用して、不動産業界に限らず、バリューチェーン(価値連鎖)の観点から、多くの業界に新たな価値を創造することを目標としています。この目標の実現を担っているのは、何と言っても弊社の社員です。
世界中の約40万人のAIエンジニアが腕を競い合う「AtCoder(アットコーダー)」という大会があるのですが、弊社にはその大会で世界2位のエンジニアをはじめ、世界トップ30位以内にランクインしているエンジニアが多数在籍しています。(※2024年7月時点)
今後も新しい挑戦を続けるにあたって、業界変革を仕掛けたいというアグレッシブなマインドを持つ仲間を、さらに増やしていきたいと考えています。
弊社は大手企業と比較して意思決定のスピードが何倍も速く、通常1年かかるプロセスを四半期ごとに体感することができます。スピード感を持って成長したいという方には、良い環境を提供できると思います。能動的に課題を解決していきたいという強い意欲を持った方をお待ちしています。
編集後記
業界トップの建物データの蓄積と高度なAI技術を強みとして、不動産建築業界に革新をもたらすTHIRD。今後は、この建物ビッグデータを活用し、不動産業界にとどまらず、幅広い分野への価値提供を目指すという戦略に、熱い思いを感じた。世界トップクラスのAIエンジニアを擁し、レガシー産業に変革を起こす挑戦を続ける同社。スピード感ある成長と業界変革への強い意志を持つ、同社の今後の展開に注目したい。
井上惇/1982年生まれ。大学在学中に米国にて、NPO法人CVS Leadership Instituteを創業。新卒で日本オラクル株式会社に入社し、その後、外資系投資銀行でデリバティブの設計・マーケティングに従事。eワラント證券株式会社(現・カイカ証券株式会社)の創業メンバーとしてデジタルマーケティングを担当。株式会社リヴァンプで不動産業界の経営コンサルティングに携わり、大手不動産デベロッパーのプロジェクトを多数手掛ける。2017年、株式会社THIRDの代表取締役に就任。